おしゃべり本屋のお人柄

流音あい

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「恋愛小説をお探しかな。定番ものなら最近はひし形文庫のがおすすめで、ラブサスペンスなら台形出版のものが人気だね。ちなみに五角形書房ので本格ミステリーに力を入れているラブストーリーもあるから、どちらの棚に置こうか悩んだことがあってね」
 翌日、さっそく最初の客にぺらぺらとおしゃべりをしてしまい、もう二度と来ないだろう客をまたひとり増やしてしまった。毎日何度も後悔するのに、何故やめられないのだろう。
 その後また数時間は大人しく過ごせるのだが、時間経過とともに口は開きやすくなり、一日無言でいることは出来なかった。
 自分のせいでおしゃべり本屋と言われているのは知っているし、それをあの親子のように喜んでくれる客もいる。
 おしゃべりな店主だからと、新作が入ったかどうかを先に聞いてくる客もいるし、お勧めを聞いてくる客もいる。何人かは喜んで話しかけてくれるし、探している本があるときは声をかけやすくていいと言ってくれる人もいる。
 けれどそれは少数だ。多くの客はやはり静かに買う本を選びたいと思っている。客同士が少し話す程度の騒がしさは良くても、自分が話しかけられては本選びに集中できないのだろう。
 その気持ちもしっかりわかっているというのに、尊重したい気持ちも十分あるのに、何故自分は配慮が出来ないのだろう。
「よお、店主。ビリヤードの本はあるかい」
 落ち込んでいる最中、活気あふれる声で来店したのは、近所の商店街で八百屋を営んでいるお爺さんだ。
「あるよ。新しい趣味かい」
「最近孫に誘われてねえ、ちょっと勉強してみようかと思ってな」
「いいねえ。新しい趣味は活力の素だ。ビリヤードの初心者向けなら、まずは雑誌の方が見やすいかな」
 何冊か見繕って見せてみる。
「とりあえず一冊あればいいからな。来週には飽きてるかもしれないし」
「そうだね。とりあえず何か挑戦してみるのはいいことだ。うちの店にもいろんな趣味の本を揃えておくから、いつでもきてくれ」
「ああ、頼んだよ」
 雑誌を一冊買ったお爺さんが出ていくと、店主はすっかり気が緩んだことに気付いてはっとする。
 いけない、いけない。ああいうおしゃべりが好きなお客さんばかりではないのだ。しっかりとその都度お客さんに合わせた対応をしなければ。
 緩んだ頬と口許にきゅっと力を入れて、真面目な顔を作った店主は、気合を入れて椅子に座る。
 次に来店したのは子供達で、店主の挨拶など無視してさっさと漫画コーナーに向かっていく。店主からするとそんな姿も愛おしかった。好きな本の新刊にはやる気持ちを抑えきれず、他の人になど構っていられない。そんな時期もあるものだ。会計を済ませてやると、彼らは瞳をギンギンにして出てった。きっとこのあとすぐにどこかで読むのだろう。
 次に訪れたのは主婦らしい中年女性。レシピ本や健康関連のコーナーで本を開いている。その女性が二冊を読み比べている間、子供たちが三人ほどやってきて、漫画の新刊を買っていった。中年女性は絵本コーナーでも何冊か見ていた。孫へのプレゼントの品定めだろうか。彼女はこのときは何も買わずに出ていったが、こういうことはよくあるので気にしない。

「すみません、文書作成の入門書みたいなのを探してるんだけど」
 この客は店主がいらっしゃいを言い終わると同時に問うてきた。眼鏡をかけ、黒髪をひとまとめにした、スーツ姿の若い女性だ。
「ああ、それならこっちだ」
 関連の棚へ案内すると、彼女はお礼を言ってその棚を見上げた。
「文書作成というと、お仕事かい?」
「ええ、仕事でその辺の知識が必要になって。でも私まったくの素人でどれから手をつければいいか」
「それならこれがお勧めだ。初心者なら図解もあってわかりやすいものの方がいいだろう。これは基礎知識を丁寧に説明されている。なかには小難しく書かれていて、初心者向けというのにやたら専門用語ばかりのものもあるからね。これは用語の索引もあって、調べるにも読みやすいと思うよ」
「ありがとうございます」
「ああ、そうだ。あとはね」
 店主は彼女を残して関連書を持ってくる。
「こちらは子供向けの絵本だが大人が読んでもわかりやすい。イラストもあるし、こっちの方が視覚的にシステムを捉えやすいかもしれないね。私なんかはホントに素人だから、こういう方がありがたいよ。それからこっちは中級者向けでちょっと難しい説明が多いが、初心者と中級者の線引きは難しいから、どちらもあった方が安心かもしれないね」
 女性が呆然とした様子で固まっているのを見て、はっとする。またやってしまった。いきなりこんな説明をされても困るだろう。
「すまない。いきなりこんな長々と説明をされても困るよね」
「い、いえ。参考になります」
「まあ、わかりやすさは人にもよるし、読みやすさの相性もあるから、気にしないで自由に選んでくれ」
 店主はささっとレジ横に戻った。数分後、彼女は一冊を選んでやってきた。
「これをお願いします」
「さっきはちょっとしゃべり過ぎちゃったようで、うるさくてすまなかったね」
「いいえ、助かりました」
 カバーを付けるか問い、否だったのでお金をもらって会計をする。
「仕事で知識が必要と言ったね」
「ええ」
「……余計なことかもしれないが、ひとつだけ」
「なんです?」
「基礎知識がない状態で新しい何かを勉強するとき、一冊を熟読するのも大事だが、何冊か作者の違う類書を同時に読むのがお勧めなんだ。一冊だと作者の偏った意見をそのまま覚えてしまうことがあるからね。作者が違うと説明の仕方も違うから、その方が概要を掴みやすかったりするんだよ」
 彼女の沈黙と表情は、不必要な助言を迷惑がっているのではなく、理解できる容量を超えていることを雄弁に語っていた。
「いやでも、それはたくさん読書をする人のやり方だよね。時間がある人とか趣味の勉強とか。仕事で忙しいのに何冊も同時に読むなんてのは大変だし、まずは一冊読んでからだよね」
 苦笑いする彼女に、店主も申し訳なさが募ってくる。
「じゃあ、お仕事頑張って」
「ありがとうございます。それじゃ」
 またしゃべり過ぎてしまった。少しは役に立てたかもしれないとは思いつつ、店主はまた今日も少しだけ落ち込んだ。
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