おしゃべり本屋のお人柄

流音あい

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6、おしゃべり店主のご紹介

 レジに『冷月の城の欲望』が置かれた。持って来たのは、あの肩までの波打つ黒髪をお持ちの彼女だ。以前彼女が『落日の恋の黄昏時』を買ったとき、同じ系統だからと店主が勧めたのがこの本だ。
 店主がこれでもかというほどに頬を緩ませて喜びを溢れさせていると、彼女はじとりと睨んできた。
「何よ」
「いや、前に言ったことを覚えててくれたんだなと思って」
「別に視界に入ったからちょっと買ってみようかと思っただけよ」
 店主は軽やかに会計をする。鼻歌も歌いたい気分だ。
「そういえばこの前、若い女の子が来てね。本で探し物があるときはうちの店に来るといいって噂があるって教えてくれたんだ。おしゃべり本屋と言われていたのは知っていたが、私のおしゃべりが役に立っていたとは嬉しいね」
「別におしゃべりが役立ってるんじゃなくて内容とか客の好みの把握力がってことでしょ。客が求めてなくても勝手に説明されるのは嫌な人だっているわ」
「ああ、そうだね。確かにそうだ。君もその噂を知ってたのかい?」
「この辺の人はみんな知ってるんじゃない」
「そんなに有名だったのか」
 カバーを付ける準備をしながら、つけるかどうか一応尋ねると彼女は頷いた。
「ああそうだ、それから話好きだからって話しかけられるのが嫌な人は出入り禁止って話もあるって言うんだ。そんなこと一度も言ったことはないのに」
「それでもあなたにとってはそれでいいんじゃない。あなたはずっと話していたいみたいだし」
「いやいや、そんなことないんだがね。でも本の話はいつでも大歓迎だ」
「だったらそういう貼り紙でもしておいたら? 外から見たら普通の本屋なのに中に入ったら普通じゃない店主がいるから、みんなびっくりするのよ。最初からどんな店かわかっていれば、みんな誤解なく入れるわ」
 貼り紙か。確かに本の広告やポップは貼ることはあるが、自分を紹介するポスターなどは貼っていない。本屋にそんなのはなくて当然だからだ。みんな本を買いに来るのであって、おしゃべりをしに来るのではない。けれど既にそんな噂があって、それを知らないお客に不快な思いをさせてしまうのであれば、いっそそれを強みとして、紹介ポスターを貼ってしまうのもいいかもしれない。
「そうか、なるほど、確かに。なんていいアイデアだ。ありがとう。早速やってみるよ」
 彼女は面倒そうな顔をしたが、店主は喜びでいっぱいだ。
「いやあ、君にネタバレしちゃったときはどうしようかと思ったが、そのあとも君はこの店に来てくれて、私はとても嬉しいよ。君が来ると私はいつも気が引き締まる思いだ」
「あっそ」
「ああ。またいつでも待ってるよ」
「どーも」
「まいど」
 彼女が去ったあと、店主はさっそくポスターを作った。



『ここは誰でも大歓迎です。ただこの本屋の店主はとてもおしゃべり好きでございます。
 探し物、お勧め本、購入を迷っている本があれば、お気軽にいくらでもご相談ください。店主は当店にある本はすべて把握しており、お客様がお探しのものを雑誌、漫画、図鑑、絵本、初心者向け指南書、専門書、など全種類の中から、見つけるのをお手伝いいたします。どうぞお気軽にお声がけください』

「おじさん、ポスター作ったんだね」
「ああ、常連さんにいいアイデアをもらってね」
 外に大きな手書きのポスターを貼ると、それを見たティーン向け小説をよく買いに来る少女が称賛してくれた。
「すごくいいと思うよ。でもちょっと大雑把過ぎてよくわかんない」
「そうか。大雑把過ぎるか」
「だって本屋として普通じゃん。お客さんに聞かれたこと答えますよ、なんてさ。多少は声かけやすくなるかもだけど。だからもっと具体的に書けばいいと思う」
「具体的に?」
 店主は少女に言われた案を採用し、ポスターに追記した。

『お客様のご希望ジャンルの中から、よりお客様のお好みに合ったものをお探し致します。
例えば恋愛ものならば、青春、やきもち、ラブコメ、ヤンデレ、ヤンキー、お嬢様、西洋の王子&騎士、スパイ、ミステリー、サスペンスといったお好みの要素の詰まった本を、漫画/大人向け小説/ティーン向け小説/雑誌/関連書籍/などの中から、選んでお勧めいたします。

 例、ヤンデレとスパイの大人向け小説
 例、殺人鬼ありきのコメディホラー恋愛小説
 例、誰も死なず、残酷描写のない、ミステリーorサスペンス小説
 例、各ジャンルの大人にもわかりやすい子供向け絵本
 例、初心者と中級者の間の専門書

 など、いろんなお好みの組み合わせが対応可能でございます。
 もちろん、お勧め不要の方もご来店お待ちしております』

 少女からも及第点をもらい、店主は大満足だった。なんだか何も変わっていないはずの店が随分と新しくなった気分だ。心機一転、新しい自分と店の再出発だ。

「あのポスターは見てくれたかな」
「ええ、見たわ。いいんじゃない。ちょっと大きいとは思うけど」
 あの波打つ黒髪の女性にも好評だった。
「でもあれくらいアピールするなら、ちゃんと注意書きも書いたら?」
「注意書き?」
 彼女に言われた内容を、店主はポスターに追記した。

『尚、店主はおしゃべり好きゆえ、勝手に関連書籍や似た系統のものをお勧めする場合もございます。悪しからず。
 ご不要な場合は『結構です』とおしゃっていただくか、わかりやすく睨んでいただければお察しします』



 ポスターを貼っても、暫くの間は来客数にあまり変化はなかった。殆どが地元の人なので大体知っているからだ。けれど店主はなんだか気が楽になっていた。無理におしゃべりを控えなくてもよくなったからだろう。
 そのあと一時期は来客数が減ったが、常連客は相変わらずだったし、新規の客には店主が声をかけてもあまり驚かれなくなっていた。それからは、徐々にポスターの効力が現れてきたのか、店主に声をかける客が少しずつ増えていった。

「あのう、絵の勉強本ってありますか」
「絵の勉強本ね。普通の技術的なものもあるけど、絵描きの思考回路を学びたいなら、ビジネス書にも関連書があるし、漫画家を題材にしたミステリー小説もあるね。お仕事漫画のジャンルで、漫画家の為の漫画もあるよ」

「すみません、ホラーが苦手なんですけど、怖いのが苦手な人でも読める怖い話とかありますか」
「雰囲気が怖いものと、ラストはコメディになる小説と、絵だけが怖いギャグ系漫画とかもあるね。どのタイプが好みかな」

「趣味の本ってあります?」
「あるよ。インドア、アウトドア両方あるけど、まずは趣味の紹介漫画とかの方が入りやすいかもしれないね。それを見てやってみたいと思ったものの関連本を読んでみるのもいい」

 店には抽象的な内容や、よりコアで複雑な要望を言ってくる客も訪れるようになり、店主のおしゃべりにはどんどん磨きがかかっていった。中には冷やかしの客もいたが、大体は店主の知識の豊富さとおしゃべり技術に圧倒されていたし、店主も上手いかわし方が身についていった。
 そのうちなんとなく、入って来た時の雰囲気で、客がどちらの対応を求めているかも掴めるようになっていた。相手が「結構です」を言う前の愛想笑いと苦笑い、それも感じ取れるようになり、しゃべり過ぎて怒られるようなことも減っていった。
 賛否両論だったおしゃべり本屋は、ポスターによって新たな道を歩み始めた。
 客と店主の双方がどちらも快適に過ごせるのは、互いの配慮があってこそだ。苦手なものと得意なものは、当然人によって違う。事前にそれを知っているだけで、触れ合い方をどうするかは自分で判断できる。ポスターはその判断材料として、大いに効果を発揮した。

「そういうのをお探しならこちらの棚だ」
 今日も新たな客に情報と知識を提供し、レジに戻ろうとすると、人が待っているのが見えた。
「待たせてしまったね」
「いいわよ別に」
 あの波打つ黒髪の女性だ。
「大盛況ね」
「おかげさまでね。おお、今回はティーン小説かい?」
「読んだことなかったからね」
「意外だな。ずっと読んできているかと思っていたよ」
「子供の頃はあまり読んでなかったの。それとポスターにある『ヤンデレ』ってのが気になって」
「ああ、私も最近知ったんだけどね。最近ではそういうジャンルもあるらしい」
「そのうちお勧め聞くかも」
「いつでも大歓迎だよ」
「そう。またね」
 そう言った彼女の瞳がふっとやわらいだ。そして微かに、その頬と口許はいつもより緩んでいた。あれは微笑みだ。わかりにくいが確かにあれはそうだった。彼女が初めての笑顔を見せてくれた。
 店主は達成感と感動と、内側から込み上げる高揚感で踊り出したくなった。今までのいろんな苦労や努力が報われたような気がする。
 店主は全身から喜びを溢れさせ、レジに隠れてこっそり小さくステップを踏んでいた。
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