2 / 4
第ニ話
心の内側
しおりを挟む
「深山~。今日ペンとルーズリーフ貸してくれない?」
また、今日も昨日とは別のクラスメイトにペンとルーズリーフを貸さないといけないのか……。些細なことだけど、連日これでは心が磨耗していく。そう考えてしまうと、心は正直なようで体が動かない。
「俺の使いなよ」
右隣から声がした。振り向くと日置悠の声だった。
「おお、さんきゅ」
そう言って、そのクラスメイトは隣の彼からペンとルーズリーフを借りていた。でも結局、そのクラスメイトは、俺じゃなくても良かったらしい。人に物を貸すことでしか、自分が存在価値を見出せないなんて、自分が余計に嫌になる。我慢して人に物を貸していた俺はなんだったんだ。
「なあ、深山。俺、人に頼られるの嬉しいからさ、次から人に物貸してって言われた時、俺を頼れよ?」
「ああ、そうする」
(なんでクラスの一軍男子が、こんな俺にまで優しいんだ……?)
「てか、瑛斗って呼んでも良い?俺のことも悠って呼んで?みんなそう呼んでるし」
「……わかった」
(名前で呼ばれるなんて内心気が気でない。これが人気者ゆえの余裕ってやつか。この自然に距離感のつめてくるの慣れてるやつのやり方じゃん……)
「どうした?」
俺は自分の考えを悟られないように、話題を変えることにした。
「いや、何もない。そろそろ先生来る時間だな」
「そうだな~」
「じゃぁ、授業始めるぞ~」
ガラガラと教室の扉が開かれ。1限目が始まった。数学だった。教卓に先生が立ち、授業が始まる。俺は特に好きな科目もなく、ただ目立ちたくないため怒られないように勉強をしている、ふりをしている。
授業が進むにつれて、悠は眠気に耐えられなくなったのか、机に教科書を立てて寝ている。隠そうと教科書を立ててるのだろうけど、教科書なんか立てて寝るのは確信犯だ。全然隠せていない。
俺もここまで自分に素直になりたい、そんなふうに思ってしまう。勉強をしているふりをしている俺に比べたら自由で羨ましい。
教科書の隙間から見える寝顔までが綺麗で見惚れてしまう。
(寝てる時まで表情管理完璧かよ……)
俺達の席は、後ろから2番目で悠が壁際で俺はその隣の席。だから、壁にもたれることもできるし、目立ちにくく寝るのにはちょうど良い席なのだろう。
「じゃぁ日置、教科書の26ページの問いの答えは?」
(悠、先生に当てられてるじゃん……)
そう思っていると、悠の後ろの席の男子が悠の背中を叩いて起こそうとする。
「……え、何?もう授業終わった?」
「違う。悠が先生に教科書の26ページのところの問題あてられてる」
「ああ……」
眠そうに目を擦ると、重い腰を持ち上げる様にしてのそのそと黒板の前まで歩き、さっきまで寝ていたとは思えないほどスラスラと答えを記入していく。
「正解だ。日置はやればできるんだから、授業態度は改善するようにしろよ」
「は~い」
悠は、気だるそうに返事をして、席に戻った。
やっぱり、悠はすごいな…と思いながら、無意識に悠を見ていたらしい。
視線が交わると、ん?というように首を傾げた後、少年の様にあどけない笑顔をしていた。やっぱり笑顔が眩しいと思った。
授業を終えると、悠の周りにはクラスメイトが集まってすぐに人だかりになる。
人の輪の隙間から覗く、楽しそうな姿が好かれる理由なんだなと思う。
俺は、邪魔になると思って席を外してトイレに行くことにした。
教室にいると、輪に入れないというか、入らないことを選んでる自分もいるんだろうけど、一人でいる時よりも、孤独を感じる。そんなことを考えながら、廊下の景色を眺めながら青すぎる空にとどめを刺されそうになりながらも、教室に戻った。
予想通り。
教室に戻ると、クラスメイトの陽キャに席を取られている。だろうなと思った。はい、想定内~などと、心の中で呟きながらも、自分の席に他の生徒が座っているだけで、自分は居なくても良い存在だとまで考えてしまい、マリアナ海溝にまで突き落とされた気分になる。いや、そんなことを考えてる場合ではない……が、俺は潔癖症なため、他人が自分の席に座るといったよくある些細なことでも、胸の奥はザラザラして気が気ではない。
「そこ、瑛斗の席だから退いてあげてよ~」
悠は、扉近くの黒板あたりに立ち止まっている俺を見て、俺の席に座っている男子に話しかけた。
「あ、そっか。居ないから休みかと思ってたわ」
それを聞いて、その男子は悪びれる様子もなく席を立った。
退いてくれたのは良かったが、とても複雑だった。自分の席なのに、他人が座ったことで、自分の席だけど座りたくないという気持ちが勝って、どうするべきかわからないからだ。
色々な思考が駆け巡り、立ちすくんだまま考えがまとまらない。
予鈴が鳴り始める。
悠の席に集まっていたクラスメイト達は、それぞれの席に戻っていった。俺は予鈴が鳴ったことにも焦っていたし、内心どうしようと思いつつも、席に戻ることにした。自分の座りたくない気持ちのせいで自分の席に着くまでの動きがぎこちなくなる。
俺が席に着こうとした時に、悠は立ち上がり教卓の下の棚にあるビニール袋を手に取って、俺に渡してくれた。
「え?」
「これ使ったら?」
「ありがとう……」
受け取ったビニール袋を袋から1枚取り出して、裏返しにして椅子の上に引き、座ることにした。本当に悠のおかげで助かった。これで安心して座ることができる。でもなんで悠はこんなにも気がついてくれるのだろうか。
いくつかの授業を終えて、放課後。
右隣を見ると早速クラスメイトに囲まれて、賑やかに話していた。さっきのお礼をもう一度言いたかったけど、話せそうにもなかったため、俺は帰ることにした。
校門を出て少し歩いた時に、俺は教室にノートを忘れたことを思い出して、急いで教室に戻ることにした。
学校の生徒もほとんど帰って、静まり返った廊下を歩き教室が見えてきた。
少し開いた扉から、同じクラスメイト数人の声が聞こえてくる。
「なあ、深山って暗くて愛想ないし、この前もペン借りようとしたら貸してくれなかったし、嫌な顔されたし、なんなんだよ、あいつ」
「マジそれな~」
「話しかけてやってるだけでありがたいと思えよ笑」
「しかも、ちゃんと返したのに嫌な顔するし」
「え~、何それ。引くわ~笑」
ああ、やっぱりそうか……。
何か心の中で崩れる音がした。でも諦めがついた。良い様に使われてただけなんだ。遅かれ早かれわかっていた事実。
忘れたノートは取りにくのをやめて、俺は引き返そうとした時のことだった。
「瑛斗のこと、やっぱ何も理解してないよ」
この声って、もしかして悠の声……?
「瑛斗は優しいよ。お前らは物を借りたことぐらいとか、些細なことだって思ってるかもしれないけど、そうじゃない人もいるし、嫌な顔してたってわかっておきながら借りてるのって、お前らの方が良くないだろ。てか、そもそも忘れずに持ってこいよって話だけど」
「え~、悠って深山の肩持つの?」
「そっち側なん?てか、何?下の名前で呼んでるし、もしかしてそっち系なん?見損なったわ~」
「悠ってそんなこと言うと思わなかったわ~」
「みんなの期待に添えなかったみたいで、ごめんね?じゃぁ俺今日は帰るわ」
そう言うと、扉を開けて教室から悠と目が合った。
「あ……」
口を開けたまま俺は動くことができない。
「もしかして、聞こえてた?」
「いや、別に。たまたま通りがかっただけだから。もう帰るし」
「おーい、悠待てって」
教室の中から悠を呼ぶ声がして、さっきまで遥と話していた数人のクラスメイトの足音が近づいてくる。
「とりあえず、一緒に帰ろ!」
そう言って、悠は廊下を走り出して階段を2段飛ばしで降りていく、俺は必死にそれに着いて行った。なんで俺は今走ってるんだよ…そう思いながらも悠の後ろを追いかけていた。普段の運動不足もたたって、ふくらはぎに乳酸が溜まっていくのを感じる。
「おい、悠どこ行くんだよ」
「まあ、ついて来て」
息を切らしながらも2人で校門を出て、悠を追って行くと、近くの小さなカフェバー行き着いた。
店内は、ヴィンテージ風のインテリアやアメリカっぽい雰囲気が漂った店内だった。
「いらっしゃい~♡」
そう言って出迎えられたのは、カフェのマスターらしき人だった。ヒゲを生やして古着を着こなした、お洒落なおじさん(?)さんという感じだった。
「仁さん、久しぶり」
「久しぶりね~、最近来ないから寂しかったわよ~」
「ごめん、まあ忙しくて?笑」
「そうなのね~、でもこうやって来てくれたんだから嬉しいわ♡そこのカウンターの席どうぞ~」
悠は俺に「大丈夫?」とマスターに聞こえない様に聞いてくれて、俺はそれに小さく頷き、自分のハンカチを敷いて座ることにした。
「そういえば、この子は初めて見る顔ね~。悠のお友達なら、2人分サービスしちゃうわ♡」
「マジ?やった。こっちはちなみに俺の友達の瑛斗。あと、このカフェのマスターは仁さん」
(え、今友達って……俺、悠の友達?嬉しいけど……)
「私は、日置仁(ひおきじん)よ~、よろしくね~♡」
(苗字一緒なんだ?悠とどういう関係なんだろう……?)
「深山瑛斗です。よろしくお願いします。それとサービスしてくれるんですか?ありがとうございます」
「ええ、いいわよ~。せっかく来てくれたし♡」
「仁さん、ちょっと先に2人で飲み物買って来ても良い?」
「は~い、いってらっしゃい」
「じゃぁ、瑛斗行こう」
悠は俺を連れて、カフェの近くの自販機に行くことにした。
「何飲む?」
「いや、良いよ。自分で払うから」
「俺が勝手に連れて来たし、さっきも走らせたし、奢らせてよ」
(やっぱり、外見も中身もイケメンすぎる……)
「じゃぁ、お言葉に甘えて……。ファンタグレープが良い」
「ファンタグレープね」
「ありがとう」
「ん」
悠が自販機のボタンを押して、ガコンと自販機の下の取り出し口のところにジュースが落ちて来た。それを取り出すと、隣ではまだ何を選ぶか真剣に悩んでいる悠を見て、思わず笑ってしまう。
「めっちゃ真剣に悩むじゃん笑」
「ええ、そう?悩みすぎ?なんかどれも飲みたくて悩むわ~」
「意外と優柔不断なの?」
「何飲むかとか、何食べるかって結構重要じゃない?誰とどこで何するかみたいに大事じゃんって思ってるんだよね」
「そう?笑」
「そうだって~笑」
俺達は、2人で顔を見合わせて笑い合う。
「でも、悩みすぎたら瑛斗が持ってるジュースぬるくなるよな。急ぐわ、じゃぁジンジャエールにしよ」
悠がまたボタンを押すと、ガコンと音を立てて、自販機からそれを拾い上げる。
「本当はジンジャエールにしようって最初から決めてたんじゃない?」
「どうかな~?まあ瑛斗と話したかったのは本当だけど笑」
「何だよ、それ笑」
「そろそろ店戻ろっか」
「うん」
店内に戻ると、「おかえり~」と仁さんがもう一度出迎えてくれた。
「悠、本当ジンジャエール好きね~笑」
「そうなの?」
俺はそれを仁さんから聞いて、少し首を傾げる様にして悠に聞くと、悠は照れた様に笑った。
「あ、てかそれ飲んだら?」
「うん、ありがとう」
「待って、コップ用意する?」
「いや、大丈夫」
悠が、仁さんにそう答えた。
俺と悠は、ペットボトルのジュースを一口飲み、テーブルに置いた。
「何かおつまみ食べる?」
「うん、じゃぁいつものセットで」
「わかったわ」
そう言うと、運ばれて来たお皿の上には個包装に包まれた、チョコやピーナッツ、おかきが並べてあった。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「瑛斗くん、悠と違ってちゃんと敬語で話せて偉いわね~。でも、普段の話し方でリラックスして話してくれていいわよ~♡悠はずっとこんな感じだし笑」
「だって、叔父さんだし笑」
「こら、悠の叔父さんだけどおじさんではないわよ~!おネエさん♡」
「叔父さんなんだ?」
「そうだよ、俺の父親の弟。だから俺のこと小さい時から知ってて、こんな感じ笑」
「そうなんだ、だから仲良いんだね」
「まあ、仁さん昔はオープンにしてなかったから無口だったし、今ではこんなふうになるとは思わなかったけど笑」
「こら、それ言わないの!笑」
「ごめんって、お姉さん笑」
「そう言われちゃうとね~。良いわよもう~」
「でも、悠が小さい時から仁さんは知ってるから、悠がジンジャエール好きって知ってるんですね」
「まあそうね~、悠が小さい時から面倒見てるからね~。いつもジンジャエール飲んでるの。お子ちゃまよね~。でも今ではこ~んなイケメンちゃんになっちゃって笑♡」
「そんなことないから笑」
「まあ、悠は高校デビューだけどね笑」
「そうなの?」
「それ、バラさなくていいから!笑」
「悠って、中学の時もイケメンなのは変わらないけど、今よりも勉強してたし、大人しかったじゃない。心配してたんだから」
「まあ、それは理由があったんだって」
「知ってるわよ~。でもここに連れてくるってことは大事な友達なんでしょ。知ってもらったほうが良いんじゃない?」
「え~……でも自分のこと話されるのって恥ずいわ」
珍しく焦っている悠を見て、なんか同じ人間だと思って安心した。でも、その理由って何だったんだろう……。
その後も、他愛もない話をして人と関わることが少ない俺にとってはすごく心地のいい時間だった。結局その理由は聞けなかった。
「そろそろ行くわ」
「楽しかったです、仁さんありがとう」
「あら、嬉しいわ♡またいらっしゃいね~」
俺達はそう言って、店を後にした。
「仁さん、良い人だね」
「それなら良かった。それ聞いたら、叔父さんも喜ぶと思う。てか、瑛斗の家ってこの近く?」
「2駅先だけど。悠は?」
「俺の家、駅の近くだから。じゃぁ、もし瑛斗が時間大丈夫ならちょっと駅まで遠回りしていい?」
「ああ、うん」
「ありがとう」
俺達は、駅まで遠回りで歩いて帰ることにした。俺は悠の少し後ろを歩くことにした。
「それと放課後のこと、廊下で話聞いてたよな?嫌なこと聞かせてごめんな~。あいつら友達だけど、あの言い方はさすがに良くないわ」
「いや、俺も孤立すると思って、人に物貸すこと断れなかったところもあるし、でも悠がちゃんと言ってくれたし……嬉しかったなって思った」
「そう?なら良かったけど、瑛斗も次からはちゃんと言えると良いな。断ってどうにかなっても、俺がいるじゃん。心配ないって」
「でも、俺の友達……とか周りに言ったら、悠に迷惑かけるだろ……?」
悠は足を止めて、俺に振り返って真っ直ぐに俺を見つめた。
「え、なんで?それで、周りから当たり強くなったり、俺から離れて行く関係なら、それまでってことじゃん?そもそもなんで俺に迷惑かかってるって思ってるんだよ。迷惑かどうかは俺が決めるし、迷惑じゃない。俺は瑛斗と一緒にいたいから、一緒にいる。それだけ」
悠は柔らかく微笑んだ後、前を向き歩き始めた。
(でもまだ悠の優しさがまだ受け止められない。俺には悠と一緒にいる自信がないから。でもいつかちゃんと受け取りたい……)
段々歩幅が狭くなっていき、悠と俺との距離が開いていく。足音が小さくなる。
「どうした?」
それに気付いた悠は、やっぱり優しくて振り返ってくれる。
「何でもない」
俺は嘘をついた。
「そっか、また次もどこか行こうよ」
「そうだな」
駅に着いた俺達は手を振り合った。
また、今日も昨日とは別のクラスメイトにペンとルーズリーフを貸さないといけないのか……。些細なことだけど、連日これでは心が磨耗していく。そう考えてしまうと、心は正直なようで体が動かない。
「俺の使いなよ」
右隣から声がした。振り向くと日置悠の声だった。
「おお、さんきゅ」
そう言って、そのクラスメイトは隣の彼からペンとルーズリーフを借りていた。でも結局、そのクラスメイトは、俺じゃなくても良かったらしい。人に物を貸すことでしか、自分が存在価値を見出せないなんて、自分が余計に嫌になる。我慢して人に物を貸していた俺はなんだったんだ。
「なあ、深山。俺、人に頼られるの嬉しいからさ、次から人に物貸してって言われた時、俺を頼れよ?」
「ああ、そうする」
(なんでクラスの一軍男子が、こんな俺にまで優しいんだ……?)
「てか、瑛斗って呼んでも良い?俺のことも悠って呼んで?みんなそう呼んでるし」
「……わかった」
(名前で呼ばれるなんて内心気が気でない。これが人気者ゆえの余裕ってやつか。この自然に距離感のつめてくるの慣れてるやつのやり方じゃん……)
「どうした?」
俺は自分の考えを悟られないように、話題を変えることにした。
「いや、何もない。そろそろ先生来る時間だな」
「そうだな~」
「じゃぁ、授業始めるぞ~」
ガラガラと教室の扉が開かれ。1限目が始まった。数学だった。教卓に先生が立ち、授業が始まる。俺は特に好きな科目もなく、ただ目立ちたくないため怒られないように勉強をしている、ふりをしている。
授業が進むにつれて、悠は眠気に耐えられなくなったのか、机に教科書を立てて寝ている。隠そうと教科書を立ててるのだろうけど、教科書なんか立てて寝るのは確信犯だ。全然隠せていない。
俺もここまで自分に素直になりたい、そんなふうに思ってしまう。勉強をしているふりをしている俺に比べたら自由で羨ましい。
教科書の隙間から見える寝顔までが綺麗で見惚れてしまう。
(寝てる時まで表情管理完璧かよ……)
俺達の席は、後ろから2番目で悠が壁際で俺はその隣の席。だから、壁にもたれることもできるし、目立ちにくく寝るのにはちょうど良い席なのだろう。
「じゃぁ日置、教科書の26ページの問いの答えは?」
(悠、先生に当てられてるじゃん……)
そう思っていると、悠の後ろの席の男子が悠の背中を叩いて起こそうとする。
「……え、何?もう授業終わった?」
「違う。悠が先生に教科書の26ページのところの問題あてられてる」
「ああ……」
眠そうに目を擦ると、重い腰を持ち上げる様にしてのそのそと黒板の前まで歩き、さっきまで寝ていたとは思えないほどスラスラと答えを記入していく。
「正解だ。日置はやればできるんだから、授業態度は改善するようにしろよ」
「は~い」
悠は、気だるそうに返事をして、席に戻った。
やっぱり、悠はすごいな…と思いながら、無意識に悠を見ていたらしい。
視線が交わると、ん?というように首を傾げた後、少年の様にあどけない笑顔をしていた。やっぱり笑顔が眩しいと思った。
授業を終えると、悠の周りにはクラスメイトが集まってすぐに人だかりになる。
人の輪の隙間から覗く、楽しそうな姿が好かれる理由なんだなと思う。
俺は、邪魔になると思って席を外してトイレに行くことにした。
教室にいると、輪に入れないというか、入らないことを選んでる自分もいるんだろうけど、一人でいる時よりも、孤独を感じる。そんなことを考えながら、廊下の景色を眺めながら青すぎる空にとどめを刺されそうになりながらも、教室に戻った。
予想通り。
教室に戻ると、クラスメイトの陽キャに席を取られている。だろうなと思った。はい、想定内~などと、心の中で呟きながらも、自分の席に他の生徒が座っているだけで、自分は居なくても良い存在だとまで考えてしまい、マリアナ海溝にまで突き落とされた気分になる。いや、そんなことを考えてる場合ではない……が、俺は潔癖症なため、他人が自分の席に座るといったよくある些細なことでも、胸の奥はザラザラして気が気ではない。
「そこ、瑛斗の席だから退いてあげてよ~」
悠は、扉近くの黒板あたりに立ち止まっている俺を見て、俺の席に座っている男子に話しかけた。
「あ、そっか。居ないから休みかと思ってたわ」
それを聞いて、その男子は悪びれる様子もなく席を立った。
退いてくれたのは良かったが、とても複雑だった。自分の席なのに、他人が座ったことで、自分の席だけど座りたくないという気持ちが勝って、どうするべきかわからないからだ。
色々な思考が駆け巡り、立ちすくんだまま考えがまとまらない。
予鈴が鳴り始める。
悠の席に集まっていたクラスメイト達は、それぞれの席に戻っていった。俺は予鈴が鳴ったことにも焦っていたし、内心どうしようと思いつつも、席に戻ることにした。自分の座りたくない気持ちのせいで自分の席に着くまでの動きがぎこちなくなる。
俺が席に着こうとした時に、悠は立ち上がり教卓の下の棚にあるビニール袋を手に取って、俺に渡してくれた。
「え?」
「これ使ったら?」
「ありがとう……」
受け取ったビニール袋を袋から1枚取り出して、裏返しにして椅子の上に引き、座ることにした。本当に悠のおかげで助かった。これで安心して座ることができる。でもなんで悠はこんなにも気がついてくれるのだろうか。
いくつかの授業を終えて、放課後。
右隣を見ると早速クラスメイトに囲まれて、賑やかに話していた。さっきのお礼をもう一度言いたかったけど、話せそうにもなかったため、俺は帰ることにした。
校門を出て少し歩いた時に、俺は教室にノートを忘れたことを思い出して、急いで教室に戻ることにした。
学校の生徒もほとんど帰って、静まり返った廊下を歩き教室が見えてきた。
少し開いた扉から、同じクラスメイト数人の声が聞こえてくる。
「なあ、深山って暗くて愛想ないし、この前もペン借りようとしたら貸してくれなかったし、嫌な顔されたし、なんなんだよ、あいつ」
「マジそれな~」
「話しかけてやってるだけでありがたいと思えよ笑」
「しかも、ちゃんと返したのに嫌な顔するし」
「え~、何それ。引くわ~笑」
ああ、やっぱりそうか……。
何か心の中で崩れる音がした。でも諦めがついた。良い様に使われてただけなんだ。遅かれ早かれわかっていた事実。
忘れたノートは取りにくのをやめて、俺は引き返そうとした時のことだった。
「瑛斗のこと、やっぱ何も理解してないよ」
この声って、もしかして悠の声……?
「瑛斗は優しいよ。お前らは物を借りたことぐらいとか、些細なことだって思ってるかもしれないけど、そうじゃない人もいるし、嫌な顔してたってわかっておきながら借りてるのって、お前らの方が良くないだろ。てか、そもそも忘れずに持ってこいよって話だけど」
「え~、悠って深山の肩持つの?」
「そっち側なん?てか、何?下の名前で呼んでるし、もしかしてそっち系なん?見損なったわ~」
「悠ってそんなこと言うと思わなかったわ~」
「みんなの期待に添えなかったみたいで、ごめんね?じゃぁ俺今日は帰るわ」
そう言うと、扉を開けて教室から悠と目が合った。
「あ……」
口を開けたまま俺は動くことができない。
「もしかして、聞こえてた?」
「いや、別に。たまたま通りがかっただけだから。もう帰るし」
「おーい、悠待てって」
教室の中から悠を呼ぶ声がして、さっきまで遥と話していた数人のクラスメイトの足音が近づいてくる。
「とりあえず、一緒に帰ろ!」
そう言って、悠は廊下を走り出して階段を2段飛ばしで降りていく、俺は必死にそれに着いて行った。なんで俺は今走ってるんだよ…そう思いながらも悠の後ろを追いかけていた。普段の運動不足もたたって、ふくらはぎに乳酸が溜まっていくのを感じる。
「おい、悠どこ行くんだよ」
「まあ、ついて来て」
息を切らしながらも2人で校門を出て、悠を追って行くと、近くの小さなカフェバー行き着いた。
店内は、ヴィンテージ風のインテリアやアメリカっぽい雰囲気が漂った店内だった。
「いらっしゃい~♡」
そう言って出迎えられたのは、カフェのマスターらしき人だった。ヒゲを生やして古着を着こなした、お洒落なおじさん(?)さんという感じだった。
「仁さん、久しぶり」
「久しぶりね~、最近来ないから寂しかったわよ~」
「ごめん、まあ忙しくて?笑」
「そうなのね~、でもこうやって来てくれたんだから嬉しいわ♡そこのカウンターの席どうぞ~」
悠は俺に「大丈夫?」とマスターに聞こえない様に聞いてくれて、俺はそれに小さく頷き、自分のハンカチを敷いて座ることにした。
「そういえば、この子は初めて見る顔ね~。悠のお友達なら、2人分サービスしちゃうわ♡」
「マジ?やった。こっちはちなみに俺の友達の瑛斗。あと、このカフェのマスターは仁さん」
(え、今友達って……俺、悠の友達?嬉しいけど……)
「私は、日置仁(ひおきじん)よ~、よろしくね~♡」
(苗字一緒なんだ?悠とどういう関係なんだろう……?)
「深山瑛斗です。よろしくお願いします。それとサービスしてくれるんですか?ありがとうございます」
「ええ、いいわよ~。せっかく来てくれたし♡」
「仁さん、ちょっと先に2人で飲み物買って来ても良い?」
「は~い、いってらっしゃい」
「じゃぁ、瑛斗行こう」
悠は俺を連れて、カフェの近くの自販機に行くことにした。
「何飲む?」
「いや、良いよ。自分で払うから」
「俺が勝手に連れて来たし、さっきも走らせたし、奢らせてよ」
(やっぱり、外見も中身もイケメンすぎる……)
「じゃぁ、お言葉に甘えて……。ファンタグレープが良い」
「ファンタグレープね」
「ありがとう」
「ん」
悠が自販機のボタンを押して、ガコンと自販機の下の取り出し口のところにジュースが落ちて来た。それを取り出すと、隣ではまだ何を選ぶか真剣に悩んでいる悠を見て、思わず笑ってしまう。
「めっちゃ真剣に悩むじゃん笑」
「ええ、そう?悩みすぎ?なんかどれも飲みたくて悩むわ~」
「意外と優柔不断なの?」
「何飲むかとか、何食べるかって結構重要じゃない?誰とどこで何するかみたいに大事じゃんって思ってるんだよね」
「そう?笑」
「そうだって~笑」
俺達は、2人で顔を見合わせて笑い合う。
「でも、悩みすぎたら瑛斗が持ってるジュースぬるくなるよな。急ぐわ、じゃぁジンジャエールにしよ」
悠がまたボタンを押すと、ガコンと音を立てて、自販機からそれを拾い上げる。
「本当はジンジャエールにしようって最初から決めてたんじゃない?」
「どうかな~?まあ瑛斗と話したかったのは本当だけど笑」
「何だよ、それ笑」
「そろそろ店戻ろっか」
「うん」
店内に戻ると、「おかえり~」と仁さんがもう一度出迎えてくれた。
「悠、本当ジンジャエール好きね~笑」
「そうなの?」
俺はそれを仁さんから聞いて、少し首を傾げる様にして悠に聞くと、悠は照れた様に笑った。
「あ、てかそれ飲んだら?」
「うん、ありがとう」
「待って、コップ用意する?」
「いや、大丈夫」
悠が、仁さんにそう答えた。
俺と悠は、ペットボトルのジュースを一口飲み、テーブルに置いた。
「何かおつまみ食べる?」
「うん、じゃぁいつものセットで」
「わかったわ」
そう言うと、運ばれて来たお皿の上には個包装に包まれた、チョコやピーナッツ、おかきが並べてあった。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「瑛斗くん、悠と違ってちゃんと敬語で話せて偉いわね~。でも、普段の話し方でリラックスして話してくれていいわよ~♡悠はずっとこんな感じだし笑」
「だって、叔父さんだし笑」
「こら、悠の叔父さんだけどおじさんではないわよ~!おネエさん♡」
「叔父さんなんだ?」
「そうだよ、俺の父親の弟。だから俺のこと小さい時から知ってて、こんな感じ笑」
「そうなんだ、だから仲良いんだね」
「まあ、仁さん昔はオープンにしてなかったから無口だったし、今ではこんなふうになるとは思わなかったけど笑」
「こら、それ言わないの!笑」
「ごめんって、お姉さん笑」
「そう言われちゃうとね~。良いわよもう~」
「でも、悠が小さい時から仁さんは知ってるから、悠がジンジャエール好きって知ってるんですね」
「まあそうね~、悠が小さい時から面倒見てるからね~。いつもジンジャエール飲んでるの。お子ちゃまよね~。でも今ではこ~んなイケメンちゃんになっちゃって笑♡」
「そんなことないから笑」
「まあ、悠は高校デビューだけどね笑」
「そうなの?」
「それ、バラさなくていいから!笑」
「悠って、中学の時もイケメンなのは変わらないけど、今よりも勉強してたし、大人しかったじゃない。心配してたんだから」
「まあ、それは理由があったんだって」
「知ってるわよ~。でもここに連れてくるってことは大事な友達なんでしょ。知ってもらったほうが良いんじゃない?」
「え~……でも自分のこと話されるのって恥ずいわ」
珍しく焦っている悠を見て、なんか同じ人間だと思って安心した。でも、その理由って何だったんだろう……。
その後も、他愛もない話をして人と関わることが少ない俺にとってはすごく心地のいい時間だった。結局その理由は聞けなかった。
「そろそろ行くわ」
「楽しかったです、仁さんありがとう」
「あら、嬉しいわ♡またいらっしゃいね~」
俺達はそう言って、店を後にした。
「仁さん、良い人だね」
「それなら良かった。それ聞いたら、叔父さんも喜ぶと思う。てか、瑛斗の家ってこの近く?」
「2駅先だけど。悠は?」
「俺の家、駅の近くだから。じゃぁ、もし瑛斗が時間大丈夫ならちょっと駅まで遠回りしていい?」
「ああ、うん」
「ありがとう」
俺達は、駅まで遠回りで歩いて帰ることにした。俺は悠の少し後ろを歩くことにした。
「それと放課後のこと、廊下で話聞いてたよな?嫌なこと聞かせてごめんな~。あいつら友達だけど、あの言い方はさすがに良くないわ」
「いや、俺も孤立すると思って、人に物貸すこと断れなかったところもあるし、でも悠がちゃんと言ってくれたし……嬉しかったなって思った」
「そう?なら良かったけど、瑛斗も次からはちゃんと言えると良いな。断ってどうにかなっても、俺がいるじゃん。心配ないって」
「でも、俺の友達……とか周りに言ったら、悠に迷惑かけるだろ……?」
悠は足を止めて、俺に振り返って真っ直ぐに俺を見つめた。
「え、なんで?それで、周りから当たり強くなったり、俺から離れて行く関係なら、それまでってことじゃん?そもそもなんで俺に迷惑かかってるって思ってるんだよ。迷惑かどうかは俺が決めるし、迷惑じゃない。俺は瑛斗と一緒にいたいから、一緒にいる。それだけ」
悠は柔らかく微笑んだ後、前を向き歩き始めた。
(でもまだ悠の優しさがまだ受け止められない。俺には悠と一緒にいる自信がないから。でもいつかちゃんと受け取りたい……)
段々歩幅が狭くなっていき、悠と俺との距離が開いていく。足音が小さくなる。
「どうした?」
それに気付いた悠は、やっぱり優しくて振り返ってくれる。
「何でもない」
俺は嘘をついた。
「そっか、また次もどこか行こうよ」
「そうだな」
駅に着いた俺達は手を振り合った。
2
あなたにおすすめの小説
交際0日婚の溺愛事情
江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。
だから緩やかに終わりを探して生きていた。
──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。
誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。
そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。
■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。
■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。
殿堂入りした愛なのに
たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける)
今日からはれて高等部に進学する。
入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。
一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。
両片思いの一途すぎる話。BLです。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる