ノインの恋煩い―――役目を終えたはずの巫女でした番外編

豆腐と蜜柑と炬燵

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第5章

ノインの恋煩い⑤――戻ってきた理由

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任務終了の報告を終えてから、数日が過ぎていた。

王宮の生活は、何事もなかったかのように続いている。

体は元の持ち場に戻っているのに、どこかだけが落ち着かない。

理由は分かっている。

分かっているからこそ、意識しないようにしていた。

その日の午後。

提出書類を届けた帰り、庭園を横切ろうとした。

ただの近道だった。

約束はしていない。

会う理由もない。

それでも、足がそちらへ向いた。

風が、木々を揺らす。

その音がやけに鮮明に聞こえる。

「……ノイン様」

呼ばれた声に、足が止まる。

振り向く。

そこにいたのは、エーファだった。

ほんの一瞬。

その目が、大きく揺れる。

エーファの息が止まり、次の瞬間、ゆっくりと吐き出される。

肩の力が抜けるのが、はっきりと分かった。

「……ご無事でよかった」

それだけだった。

けれど、その声に含まれたものを、ノインは感じ取る。

ああ、と胸の奥が静かに震える。

(戻ってきた)

その実感は、自分の体の無事ではなく、彼女の表情を見た瞬間に、はじめて形を持った。

自分は、この人に無事を願われていた。

視線が外せない。

前よりも、まっすぐに。

胸の奥で、何かが静かに落ちる。

逃げ場のない確信だった。

自分は彼女を好きなのだと、胸の奥で静かに認めた。

戻りたかったのは、彼女の姿を捉えられる場所だった。

けれど。

彼女が自分をどう思っているのかは、分からない。

勘違いかもしれないし、ただの気遣いかもしれない。

それだけは、どうしても越えられない。

何を話したらいいのか、言葉を探す。

ノインは、胸元に手をやる。

取り出したのは、あの守り石。

任務の間、何度も握った小さな石。

掌に乗せ、エーファへ差し出す。

「……お守りを」

声が少し低くなる。

「守ってくれました」

それは事実だった。

眠れない夜も。

迷いかけた瞬間も。

石に触れると、不思議と呼吸が整った。

「ですから」

「お返しします」

エーファの指先が、わずかに動く。

けれど、石を取ろうとはしない。

「……いいえ」

小さく、首を振る。

「前にも、お伝えしました」

視線は石ではなく、ノインを見る。

「それは、お返しはいりません」

迷いのない声だった。

それから、ほんのわずかに息を吸う。

「もし、よろしければ」

「……これからも、持っていてくれませんか」

胸が強く打つ。

返すつもりだった。

区切りをつけるつもりだった。

けれど。

彼女は、それを望まなかった。

ノインは石を見下ろす。

それから、ゆっくりと頷いた。

「……はい」

声は低い。

だが、迷いはない。

石を胸元へ戻す。

その動作は、先ほどよりも自然だった。

エーファの肩が、ほんのわずかに緩む。

それを見て、ノインは思う。

(勘違いかもしれない)

それでも。

この石を持っていてほしいと願われた。

それだけで、十分だった。

まだ、言葉にはしない。

けれど。

自分の気持ちは、もう誤魔化さない。
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