100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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残り70日~61日

残り70日その2

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部屋に入ってすぐ、尋常ならざる人物が相手と悟った。

パレスホテルのスイートがどれほどの料金かは、さすがに分かる。接待でここのディナーは何度も使ったことがあるが、自腹なんて決して切れそうもないほどの金額だ。そんな所にいる人間は、どう考えてもVIPだろう。
白田さんは自分たちを「警察」と称してたが、これは明らかにただの警察ではあり得ない。彼らは間違いなく、国家権力の中枢に関わる人物だ。

私をここに案内してきた少年を見おろす。実に平然としたものだ。場馴れしていないと、こうは行くまい。

「藤原、入ります」

少年に先導され、私は豪奢な調度品に囲まれたメインルームに通された。長テーブルには既に中年の禿げかかった男と、小柄な青年が席についている。

「……君が、竹下君、か」

青年は無言で頷く。彼の表情にも、戸惑いの色が浮かんでいる。私もきっとそうだろう。

「さて、全員揃ったな。では、『会議』を始めよう」

男が抑揚のない調子で私たちに呼び掛けた。この男、どこかで見た記憶がある。

「失礼ですが、お名前は」

「失敬した。私は網笠博だ」

「……!?貴方が」

手渡された名刺には、確かに内閣官房副長官とあった。ニュースで2、3回ほど彼の顔と名が流れていた記憶がある。
浅尾副総理の懐刀、網笠博。民自党屈指の政策通で、若手期待の論客であると聞いたことがある。年は私とほぼ変わらないはずだが、網笠氏の外見は若干老けて見えた。

「選挙でお忙しいのでは」

「こちらの方がより重要だ。残りもう70日しかない。簡単にメンバーの自己紹介をさせていただこう」

竹下青年の脇にいる2人は警察庁の刑事であるらしい。この男たちも、「リターナー」なのだろうか。まるで容疑者を取り囲んでいるような気がしないでもない。
そして、自己紹介は少年にも回ってきた。

「藤原湖南(コナン)です。聞いているかもしれませんが、僕も『リターナー』の一人です。
『今は』警察ではありませんが、活動に協力させてもらっています」

ハキハキとした声色で彼は告げた。「名探偵コナン」のコナン似だとは思っていたが、本名だったのか。

「藤原君は『昔からの』私の部下だ。元の階級は警視、優秀な『公安警察』だ。信頼してくれていい」

公安?ただの警察ではないとは思っていたが……

「一つ、いいですか。あなた方も、いわゆる公安なのですか」

私の問いに、網笠氏は表情一つ変えずに答える。

「半分正しく、半分は正しくない。本家公安との関係は良くなくてね。こうやってスイートを借りているのも、機密性を保持するためだ。今回の件についても、連中に感付かれると面倒なことになる」

「コナン」の父親らしき眼鏡の男が頷いた。

「ええ。だから、表面上部外者のあなた方に動いてもらう必要があるわけです。……申し遅れました、私は藤原雄作。湖南の父で、ファイン&ジャクソンの創薬研究員をしています」

「研究員?」

「ええ。私は警察ではないし『リターナー』でもないので、側面支援担当ですよ。こういう話は、息子の方が遥かに強い」

「コナン」……もとい、藤原君が網笠官房副長官を見る。

「網笠さん、本題に入っても?」

「そうだな。水元さん、そして竹下君。貴方たちにはこれから協力して、12月29日に発生するであろうエバーグリーン自由ケ丘の倒壊を阻止して頂きたい。最悪でも、死者をゼロに抑えて頂きたい。
理由は幾つかあるが、最大の理由は竹下君。君の恋人である木ノ内由梨花さんの死を防ぐためだ。その死は、君が2025年12月29日に三友グランドタワーを爆破する決定的トリガーとなる」

竹下青年が手を遠慮がちに挙げた。

「一つ、いいですか。……由梨花だけ生き延びればいいというわけじゃないんですか。もちろん、400人以上の人を救うべきだというのは同意しますが、仮定の話です」

「いい質問だ。私たちは経験上、『歴史は修正を嫌う』ことを知っている。つまり、小手先の歴史改変を行ったところで、未来の大筋は変わらないのだ。
つまり、木ノ内さんを救えば、君はテロリストでなくなるかもしれない。ただ、その場合あの事故の犠牲者遺族か関係者が、君に代わって三友グランドタワーを爆破するだろう。
歴史は『本来起きるであろうことは、基本的に起こす』のだ。改変が根本的なものでない限り」

毛利と名乗った刑事が口を開く。

「だから俺たちが存在する。問題の根本を取り除けば、未来は変わらざるを得ない。今回で言えば、倒壊事故そのものを起こさないか、さもなくば犠牲者自体をゼロにするということだ。
どちらにせよ、エバーグリーン自由ケ丘にある瑕疵を明確にしないことには意味がない。どこに、どのような瑕疵が存在するのか?それを証明できるのは、あなたたちしかいない」

「……見返りは?」

思わず口に出た。そう、仮に全てが上手く行ったとしても、私には何も残らない。会社は首になり、不満だらけでも平穏な日々は失われる。
竹下青年には、恋人を救うという動機があるらしい。彼の素性は、白田さんから簡単には聞いていた。
だが、私には彼らに協力する強い動機は、ない。良心を裏切らずに済むぐらいだ。もちろん、私に選択の余地がないのは理解しているが。

網笠官房副長官が私をじっと見た。

「ない、というのが本当の所だ。無論、貴方の人生が壊れ得ることは重々承知はしている。然るべきアフターフォローはするつもりだ」

「然るべき?」

「そうだ」

彼の目線は、一切のブレがなかった。どこまでこの男を信用できるかは分からない。ただ、それ以外に手はなさそうだと悟った。

「……分かりました。それにしても、私たちにどうしろと」

「貴方は瑕疵の在りかを知っている。それについて、竹下君と協力しながら証明して頂くことで結構だ。証明の手段は、彼が握っている」

竹下青年が「一つ、いいですか」と訊いた。

「オルディニウムを使った非破壊検査、ですよね。しかし、そんな機械がどこにあると?青山教授を説き伏せろとでも言うんですか」

「それが理想だ。ただ、最悪でもオルディニウムの欠片を持ってきてくれるだけでいい。私たちの仲間が、あとは何とかする」

「あれをどうやって持ち出すというんですか」

訝しげな竹下青年に、網笠官房副長官は「それは君が考えることだ」とつれない。

「ただ、機械については信用できる人間がいる。2週間前に調達のメドがつけば、一応は間に合うはずだ」

「本当に、大丈夫なんですね?」

「そこは我々を信頼してくれていい。検査で瑕疵が証明されたならば、マスコミにリークすることになる。マスコミへのツテも、我々が用意しよう」

「彼らは動くと?」

「保証する」

竹下青年は何度か自分を納得させるように頷いた。網笠官房副長官が、今度は私を見た。

「問題は、だ。貴方の『共犯者』にある。白田さんから粗々の話は聞いた。貴方は、12月29日においてスケープゴートにされた可能性が高い」

「……自殺に見せ掛けて、殺されたとでも?」

「そうだ。心当たりは」

……正直に言えば、なくはない。というより、私が告発すれば、彼らの人生も終わる。そして、そのためには私を殺すことも厭わないだろう。
所詮利害関係でだけ繋がった、偽りの友情だ。何なら、3人が協力して私を殺そうとしても驚きはない。

ただ、だとしてだ。エバーグリーン自由ケ丘が倒壊したその日に、私を自殺に見せ掛けて殺すというのは、いささか妙だ。まるで、私の行動を把握されているような……
そういうことができるのは、3人のうちの誰だ?現状では、皆目見当もつかない。

「3人のうちの、誰か。ないしは全員としか」

「疑わしいのは?」

「リターナー」の存在を知った今、3人全員が怪しく見える。ただ、急に羽振りがよくなった丸井は特に怪しい。そう伝えると、網笠官房副長官は「分かった」と小さく答えた。

「こちらもマークはしてみよう。適宜、情報は共有する。貴方からも、それとなく探って欲しい。こちらに引き込めそうなのがいるなら、動いてもらって構わない」

私は首を縦に振った。可能性が僅かにあるとすれば……柳沢か?金をどれだけ積む必要があるかは分からないが。

部屋の呼び鈴が鳴った。

「ルームサービスが来たようだな。一旦、話は終わりにしよう。今後は、貴方たち2人が頼りだ」

竹下青年が私を見た。

「つまり、僕と彼とで『バディ』を組めと?」

網笠官房副長官が初めて能面のような表情を崩し、ニヤリと笑った。

「そういうことだ」


*



竹下青年とは長い付き合いになるのだが、この時の私はそんなことは思いもしなかった。
そして、70日後に待ち構える「真相」も、全く想像だにしなかったのだ。


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