100日後に死ぬ彼女

変愚の人

文字の大きさ
28 / 37
残り40日~31日

残り40日

しおりを挟む

「俊太郎……」

眠る彼の手を、そっと撫でる。目を覚ます気配は、ない。
また、目から涙が溢れてくる。もう何度も、何度も泣いたけど、困ったことにそれが枯れる気配もない。


彼が倒れてから3日。その間、あたしは時間が許す限り彼の傍にいた。


倒れた原因は分からないらしい。そして、目を覚まさない原因も。東大病院の偉いお医者さんたちすら、どうしたらいいか全く分からないという。
唯一救いなのは、「とりあえず医学的には何の異常もない」という彼らの言葉だけど……だからといって、目を覚ました時に全く無事な保証もない。
あたしにできることは、こうやって彼の傍に居続けることだけだ。

「由梨花さん」

病室に入った初老の女性が、心配そうにあたしを見た。俊太郎のお母さんだ。彼女もわざわざ高崎から、毎日通ってきている。

「……ごめんなさい。また泣いちゃった」

「いいのよ。私だって、同じ立場ならきっとそうなる。信じてあげることしか、できないから」

寂しそうにお母さんは笑うと、あたしの横に腰掛けて林檎を袋から取り出した。

「疲れたでしょう?私の実家の林檎なの、お一ついかが?」

「……ありがとう、ございます」

シャリ、シャリというナイフが皮を剥く音。お皿に、林檎の皮が重なっていく。


俊太郎が倒れたのは、教授の研究室であるらしかった。何がそこであったのかは、全く分からない。
ただ、その話を聞いた時、毛利さんの表情が険しくなったのは覚えている。彼が言うには、「覚醒レベル」の上昇が起きた可能性があるということだった。

この前の日曜日、「コナン」君が言っていたことを、あたしは思い出した。
「下手に刺激すると、不安定な状況で『目覚める』ことになる」と、彼は言っていた。何かがあそこであったんだ。とすると、今眠っているのって……

また、涙が溢れてきた。


もし、目覚めたとしても……そこにいる俊太郎は、もはやあたしが知る俊太郎でないのかもしれないのだ。


「……大丈夫?」

お母さんに言われて我に返った。いけない、あたしも相当煮詰まってる。

「……大丈夫、じゃないかも、です」

「ごめんなさいね。とりあえず、お腹に何か入れないと、あなたまで壊れちゃう」

食事はろくに喉を通っていなかった。そもそも、お腹が全然空かない。
ただ、気力が失われていってる自覚はあった。何か食べないと……そう思いながら剥かれた林檎に手を伸ばすけど、手が震えてしまう。


……これは本当に、よくない。


その時、病室のドアをノックする音が聞こえた。


「……失礼するよ」

そこに現れたのは、毛利さんと小柄な初老の男性、そして髪の長い30代後半ぐらいの女性だ。……水元さん、ではなさそうだ。初めて見る。

「毛利さん」

彼はお母さんに一礼する。

「お母様ですか」

「え、ええ」

「私、毛利仁と申します。竹下君の『友人』でして」

「は、はあ……少し、年上ですよね」

「趣味のラーメン屋巡りで知り合ったんですよ。こちらが私の名刺です。警察ですが、お気になさらぬよう」

お母さんは呆気に取られている。彼が、あたしの方を見た。

「由梨花さん、話がある」

「……あたし、ですか」

「ああ。少し、彼女を借りていいですか。10分もしないうちに終わりますので」

お母さんは戸惑い気味に頷いた。
あたしたちは同じフロアの談話スペースに向かう。幸いにして、誰もいない。

「こちらの方は」

初老の男性が静かに頭を下げた。

「木暮悟と申します。毛利君の元上司で、今は埼玉県警捜査一課長をやっております」

捜査一課というと、殺人事件などを扱う所だ。こんなに穏やかな人が課長というのは、意外だった。

「まさか、俊太郎が倒れたのって、事件なんですか」

「いやあ、私はただの付き添いですよ。あなたに用があるのは、私の家内です」

長髪の女性が、柔らかな笑みを見せた。

「鷹山みなと、です。埼玉医大付属病院で、脳神経内科を担当しているわ」

この人が奥さん?随分年が離れているように見えるけど。
驚くあたしに気付いたのか、木暮さんが苦笑した。

「一応、6歳差です。私が老け顔なのと、家内が若作りなのがいけない」

「若作りなのは悪いことじゃないでしょ?……まあ、それはいいわ。私も一応、『リターナー』の協力者なの。だから、竹下俊太郎君に何があったかは推測できる」

「……え」

鷹山さんが、毛利さんの方を向いた。

「毛利君、彼女には『覚醒レベル』のことは話してる?」

「藤原と吉岡さんが、ある程度説明したようです」

「なら話は早いわね。……木ノ内さん。薄々見当はついているでしょうけど、竹下君は『覚醒レベル』が上昇しつつあるの。そして、恐らくは精神的に不安定な所に、何かしらの精神的ショックを受けた。
その影響で、彼は倒れたのだと思う。彼本来の人格と、『未来の人格』のどちらが主導権を握るのか、せめぎあっている状況にある可能性が高い」

やはりそうなのか。とすると……

「決着すれば、俊太郎は目覚めるんですか」

「それは何とも言えない。私も、『リターナー』じゃないから。ただ、目覚めてもどちらの人格に固定されるかはまだ不安定だと思う。経験上」

「同じようなことが、前にもあったんですか?」

毛利さんが頭を掻いた。

「……俺のケースだよ。俺も、竹下君と同じように倒れたことがある。俺の『未来の人格』も厄介な奴だったらしくてね……まあ、あの時のことは意識的に思い出さないようにはしてる」

鷹山さんが頷く。

「精神的に強烈なショックを与えられると、人格ごとすり代わることがある……とは藤原君の見解ね。彼、元々医学部なのよ」

「じゃあ、『コナン』君にも同じことが?」

「さあ……彼は特殊かもしれない。詳しく聞いてないけど。とにかく、毛利君の話によれば『レベル4』になった場合は相当な荒療治をしなきゃいけなくなる。『人格の抹消』なんて、彼を廃人にするような処置が必要になるかもしれない」

「そんな……!?」

鷹山さんは目を閉じた。

「だから、あなたが鍵になるの。目覚めた時、彼がこちら側に『戻ってこられるようにする』ためには、彼が未来で何をやったかを受け止める必要がある。
それは私たちにはできないことよ。彼が『リターナー』であると知っている、唯一の親しい人間である、あなたにしか」

「……私に、できるんでしょうか」

ポン、と毛利さんがあたしの肩に手を置いて笑う。

「大丈夫だ。結局の所、意思の力が物を言う。竹下君を愛する気持ちが本物なら、きっと何とかなるはずだ」

「意思の力、ですか」

「そうだ」

愛する気持ちが本物なら、か。あたしはそうだと思っている。でも、客観的はどうなのだろう?何より、俊太郎もそう思ってくれているだろうか。


……信じるしかない、か。


あたしは「コナン」君と愛結さんのことを思い出していた。
多分、愛結さんも同じようなことを経験したのだろう。それを乗り越えたからこそ、あの2人には強い絆と、信頼関係がある。見た目はともかく、彼らがいい恋人同士なのは疑いなかった。

あたしは視線を上げる。

「分かりました」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

処理中です...