100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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「どうしてここに?」

「マリアージュ」の前で、小峰君が訊いた。私は首を横に振る。

「私にも分からない。ただ、気を付けておいた方がいいと伝えたかった」

「そんなに親密な関係でもないでしょう」

そうだ。彼女と会ったのは3回しかない。「また来る」というのも、社交辞令のはずだった。
それがどうして、再びこの店を訪れることになったのか?


土曜日、毛利刑事から来た連絡が切っ掛けだった。
「警備対象を、あなたの家族や友人にも広げる」。そう彼は告げたのだった。


毛利刑事は、木ノ内さんの友人が行方不明になったと話した。「揺さぶり」だろうと彼は語っていた。
具体的な要求は、まだないという。恐らくこれから接触があるだろうというのが、彼の見立てだ。

「グレゴリオ」は、私たち3人へのマークが厳しいと見ると、やり口を変えたらしい。親しい人間を人質に取る……正義感がさほど強くない私から見ても、外道としか言いようがない。
警察にも、割ける人員には限度があるという。応援を呼んだとしても、竹下君と木ノ内さんのご両親、そして私の家族の警備で手一杯だと、毛利刑事は辛そうに話した。

私には、親しい友人などいない。大仏や柳沢も、所詮損得で繋がった関係だ。そもそも、多分どちらか、あるいは両方が「グレゴリオ」の首魁なのだ。彼らを護る意味は、恐らくない。


ただ、妙に気になったのだ。丸井遥のことが。……私は彼女を、女性として意識しているのか?


明美との関係は破綻している。しかし、だからといって不倫に走れるほど、私の度胸は強くない。
だとしたら、なぜ「彼女を護らねば」という感情が湧いてきたのだろう?


「あら!!」


「マリアージュ」から、遥さんが出てきた。店の前にいる、私たちに気付いてしまったらしい。

「早速来てくださったんですね!寒くなりましたし、お店に入ればいいのに」

「あ……いや」

フフフ、と彼女が笑った。歳の割に、あどけなく見える。

「今日はこの前の子も一緒なんですね。高校生ぐらい、かしら」

「あ、まあそうっす。今は高2で」

「どういうご関係なんですか?」

私は言葉に窮した。中年男と男子高校生、しかも赤の他人だ。自然に誤魔化すのは、どうやっても難しい。

固まっている私を横目に、小峰君が苦笑した。

「いや、ゲームのオフ会で知り合ったんすよ。それで、たまに何人かで集まってラーメン食いに行ったりとかしてるんす。
今日は1人ドタキャンが出たんで、2人で一緒に行動してたってわけです」

「へえ、ゲーム、私もやるんですよ。Apexとか、ですか?」

「あっ、はい。そんなとこです」

Apex?息子がやっていたかもしれないが、私自身はゲームも何もやったことがない。
こんな嘘はすぐにバレる気がしたが、とりあえずは話を合わせるしかない、か。

「今度、私もご一緒できたらいいですね。ここで立ち話もなんですから、どうぞ中へ」

遥さんに促されて、店内に入る。若い女性客が数人、品定めをしていた。
喫茶コーナーにもそこそこ人がいる。渋谷の中心から離れた所の割には、まずまずの繁盛と言えるかもしれない。

「ご注文が決まりましたら、お呼びになって下さい」

遥さんが去ると、小峰君が怪訝そうな顔をした。

「……彼女、『リターナー』かもしれないって話、本当すか」

「分からない。私が勝手にそう思ってるだけかもしれない。あり得るのか?」

「なくはないでしょうね。『覚醒レベル』は高くはなさそうっすけど。……それに、そう考えると、腑に落ちることもある」

「……どういうことだ?」

小峰君が周囲を見渡した。遥さんの姿は見えない。

「彼女は、あなたのことをうっすらと覚えているんじゃないんすか。そして、『前の時間軸』では、あなたたちは親しい関係にあった」

「……!!だが、まだ3度しか会ってないぞ」

「この時間軸では。既に、歴史は少しずつ動いています。本来起きるべきことが起きなかったり、逆に起きないはずのことが起きたりする。
大枠は変わらなくても、微妙なずれは起きている。まあ、概ね俺たちが歴史を変えたりしたからなんすけど」

さらっと重大なことを小峰君が言った。

「……歴史を変えた?」

「まあ、それはおいおい。それに、今回の件とはあんま関係ないっすからね。
とにかく、恐らく前の時間軸の記憶や感情を、彼女はごくうっすら持っている。だから、あなたに対しての距離が近いんです。
そして、あなたも彼女に、特別な何かを感じてるんじゃないすか?」

「……何を、馬鹿な」

向こうから、遥さんの姿が見えた。これ以上は聞かれると良くない。

「こちら、カモミールティーとレモングラスティー、それにアールグレイのシフォンケーキです」

ハーブティーの複雑な香りが辺りを包んだ。やはり、どこか落ち着く感じがする。

「シフォンケーキは、手作りですか」

「ええ。独学ですけど」

ホイップクリームはやや茶色がかっている。これにもアールグレイが入っているのだろうか。
シフォンケーキにクリームを絡めて口にすると、濃厚な茶葉の香りが口一杯に拡がった。……これは、旨い。

「……美味しいです。お世辞じゃなく」

「そう言っていただけると嬉しいです」

遥さんが、照れたように笑う。一礼して去っていく後ろ姿を、私はじっと見ていた。

「……それっすよ」

「どういうことだ?」

「『歴史は変更を嫌う』。それは網笠さんからも説明があったはずです。人間関係も、それは同じなんす。
好き合った人間は惹かれ合い、憎しみ合う人間は互いを遠ざけようとする。それは、時間軸が変わろうと変わらない……と聞いてます。
あなたと丸井遥も同じっすよ。恐らく、前の時間軸では恋人……あるいは、不倫関係にあったんでしょうね」

ゴクリ、と私は唾を飲み込んだ。……そういうことか。

「にしても、どうしてそう考える」

「んなの2人を見てりゃ分かりますよ。一応、これでも精神年齢はアラフォーなんすから」

コクリ、と彼がカモミールティーを口にし、止まった。

「……とすると、水元さんがここに来たのは正解だったかもしれない」

「え」

「『グレゴリオ』、ですよ。大仏か柳沢は、前の時間軸においてあなたたちの関係を知っていた可能性がある。とすれば、狙うのは彼女です。家族より、ケアすべき対象かもしれない」

「まだ、どっちが『グレゴリオ』のトップか、分かってないのか」

「どっちも19年後にはそれなりの地位にいてですね。『リターナー』である可能性を排除できてないんすよ。
しかも、これまでのところ尻尾を出してない。……相当用心深いっすね。とにかく、丸井遥には警備を付けます」


……カラン


店のドアに付いた鐘が鳴る。ふと入口を見た私は、自分の目を疑った。


……なぜ、お前がそこにいる!?



「や、柳沢っ!!?」



その小太りの男……柳沢は目を見開いて、大仰に笑った。


「おお!!水元じゃないか、奇遇だなあ!!」


「あ、ああ……」

どういうつもりだ?本当に偶然なのか、これは?
柳沢の後ろには、やはりやや太り気味の中年女性がいる。奥さんか?

「にしても、お前がここを知っていたなんてなあ。その子は?」

「ああ。彼は……」

小峰君が軽く一礼する。

「友人の小峰源、です」

「お、おお……にしても、マジで驚いたよ。なあ、蒔絵」

「知り合いなの?」

「大学の同級生でねえ。三友地所のエリート様だ」

ふうん、と興味なさそうに中年の女性が言う。

「そんなことより、さっさと買い物済ませるわよ。珍しく同行しようって言ってたけど、これが理由?」

「いや、さっき説明しただろ?お前の行き付けの店の店主が、死んだ丸井の妹って聞いてな。挨拶でもしようかと」

「あっそ。早くしないとBunkamuraのコンサートに遅れるわよ」

蒔絵と呼ばれた女性は、ハーブティーの品定めを始めた。奥から遥さんが出てくる。

「あら蒔絵さん!お久し振りです。……あ」

彼女の動きが止まった。柳沢に向け、ぎこちない笑みを浮かべる。

「柳沢さん。偶然、ですね」

「丸井の通夜の時は、どうも。嫁が贔屓にしてるみたいで」

「……蒔絵さん、奥さんだったんですね」

「まあ、ね。下北に住んでるんで、たまにこっちに来るんだよ」

……どこまで演技だ?それとも、全て本当か。

柳沢には、あまり小細工をするイメージはない。麻雀でも引っ掛けや迷彩はせず、比較的素直な手作りをする。
ただ、柳沢が「グレゴリオ」のリーダーでない保証はない。警戒は、解けない。

蒔絵さんが、柳沢を睨んだ。

「あんた、行くわよ。遥さん、お会計お願いできるかしら。本当はゆっくりできたらいいんだけど、この後用事がね」

「おう、すまんすまん。じゃ、また今度なあ」

会計を終えると、彼らはそのまま出ていった。……これは、どう考えるべきなのか?

「俺らも、出ましょうか」

「あ、ああ」

遥さんが、少し不安げな表情になっている。彼女にも、何か思うところがあるらしい。

「水元さんも、お帰りになられるんですか」

「ええ、ちょっと」

「……そうですか。また、来ていただけますか」

「近いうちに」

遥さんが安心したように笑った。

「分かりました!今度は奥さんも一緒にいかがですか」

「はは、できたら、ですね」

明美は誘いには乗らないだろう。来るとしたら私一人か、あるいは「警察」の誰かとか。
私は苦笑しつつ、「マリアージュ」を後にした。

*

店を出ると、小峰君が険しい表情になった。

「……どう思います」

「柳沢の対応は自然だった。でも、どこか不自然さも感じる。なぜ今、遥さんを訪ねる?」

「同感っすね。俺らがいたタイミングで来たのは偶然でしょうけど」

「私は、どうすればいい」

「一度、彼女に一通りある程度話した方がいいんじゃないすかね。無論、『リターナー』について話すのには、限度がありますけど」

週末に時間が取れるか聞いてみるか。彼女の連絡先は知っている。

「分かった。そっちからも、誰か入った方がいいんじゃないか」

「現状は監視ぐらいにとどめておきます。あまり、俺らのことを明かすのは良くないからです。夜だと俺は動けないんで、別の誰かでしょうけど。
場所はこっちで用意します。『リターナー』のことを知っている人間がやってる店っす」

「ありがとう、助かる」

*



この時、私たちを尾行している人間がいることに、愚かにも私は気付かなかった。



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