崩落

藍色綿菓子

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肉塊

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「あっちに一体いたぞ!」
 野太い男の声がそこかしこから聞こえる。時々女も混ざっているようで、聞き苦しい混声合唱のようだ。元は人だった肉塊が、粗雑に追い立てられて蠢く様には、不思議と逃亡の意思すら感じる。まれに人体の名残がある物もあって、連続する突起物に丁寧に色が塗られた爪がぽつんと乗っているのを見ると、原型を想像して気分が沈む。
「人……うるせえ」
 頭の虫が言った。同意する。
「な」
 今日はわざわざ外に出て、かつての友人の家を訪ねた。日毎に辿り着くまでの体感距離が伸びていく。アパートの前まで来て、玄関のドアが開け放たれていることがわかった。もう少し近付くと、部屋の中が見える。中には誰もいない。自力で、またはあの弟一人の力で、移動することは不可能な筈の私の友人の姿もなく、ただ異臭だけが残されている。
 部屋の奥から家の外へ、光る濁ったどす黒い色の粘液が、太い線になって足下を這っている。線を追って歩くと、それはアスファルトの上に到達し、アスファルトの凹凸には削れた肉の破片がへばりついていた。
「これは……」
 虫が何か言おうとした。言葉尻が頼りなく消える。

 一歩進むごとに首が絞まるような気がした。線のあとを辿る。そこら中から聞こえていた喧噪が遠のいて、前方の物騒がしい様子だけが五感に切迫する。大声になると頭に響く、子供特有の甲高い声を私は知っていた。
 あの二人の自宅からしばらく離れた地点で、五、六人の大人が、全長一メートル半程度の肉塊を取り囲んでいる。枯れ葉を集めたりするのに使う、大きな熊手に似た形の物を突き刺して、強引に引きずって歩いている。血のように吹き出した液が足下を濡らしていた。
 進行を妨害しようとまとわりついて、罵詈雑言を巻き散らかしている、知った顔がいる。大人達は気が立っているようで、何度も彼を突き飛ばしたり引きはがしたりしているが、彼は諦めずに邪魔をし続ける。大人達の彼へのあしらいはどんどん乱暴な物になっていき、今では単なる暴力にしか見えない。悲痛な子供の懇願が胸を刺す。
「やめろよ、姉ちゃんを連れてかないでよ」
 大人の誰かが嘲笑した。
「こんなのがお前の姉ちゃんか?」
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