あなたと歩む未来を取り戻したい。

飛燕つばさ

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第ニ章遡及編

第38話豹変

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◇　10:05　佐野拓弥のマンション　◇

　インターホンを鳴らすが反応が無い。

　過去に経験した状況と相違ないことを思い出す。

　拓弥さんは、私が部屋に来ることを分かった上で居留守していた。

　当時の私は、仕方なく合鍵で中に入ることにしたのだった。

　私は、過去の私と同様に合鍵を使って部屋に入った。

　部屋の中は締め切られており、衣類は散乱し、食べ物は片付けられずに卓上に放置されていた。

　普段から部屋の中をきちんと清潔に保つ彼の部屋とは思えない光景であった…。

　リビングに目を向けると、生気を失っているような彼の姿があった。

　普段殆ど飲酒することのない彼の周りには、多数のビールの缶が散乱している。

　状況は理解しているので、彼には同情するが、それよりも死んでしまったと思っていた彼に再び会えたことによる喜びが勝り、感情が抑えられずに涙が溢れ出ていた。

　しかし彼は、私の存在には確実に気づいているものの、全く口を開こうとしなかった。

　明らかにいつもと違う彼の様子に、今度は　恐怖を感じる程である。

　私は、とりあえず何も言わずに部屋を片付けることにした。

　せっせと行うこと30分。部屋の中は、ようやく綺麗に整えられた。

　私は、テーブルを挟んで彼の目の前に座って彼を見る。

　彼からの視線は、下を向いたままで決して交わることは無かった。

　私は小さなため息をつきながら話し始めた。

「拓弥さ…いえ、拓弥君。良く聞いてね。」
「あなたが聞いた噂。あれは全部嘘よ！私は浮気なんかしたことないわ。誤解よ！」

　すると、彼の視線がようやく私を捉え始めた。

　彼の目は赤く血走っていて、強ばった表情と相まって、畏怖の念を覚える。　

「嘘つけ！言い訳なんか聞きたくない。真由のこと信じてたのに、俺は裏切られたんだ。真由には心底幻滅したよ！」

　彼の強い語気に驚くが、気を持ち直して声を掛ける。

「待って！きちんと話し合いしましょう。お互いの誤解を解かないと…。」

「悪いけどお前のこと、もう信じられない。俺たち、別れよう…。」

　彼からの言葉を受けて、わかっていても心が折れそうになる…。

　既に目からは大量の涙が落ちているのを感じている。

　過去の私は、彼のこの言葉とこの様子に耐えられずに泣きながら帰ったのである。

　正直、今すぐこの場から立ち去りたい。

　でもここで逃げ帰ったら、また同じ結末を辿るだけである。

　拓弥さんとこの時に別れてしまったことが問題点であるのは理解しているので、ここで引き下がる訳には行かないのだ。

「別れないわ。きちんと誤解を解くまでは…。」

「誤解などあるもんか！真由が山本と浮気した事実は、どう言い訳した所で変えられないよ！」

「恵美さんと、華香さんの仕業ね？濡れ衣よ。彼女たちが結託して私たちを陥れようとしているのよ。山本君とそういう関係になったことなど一度もないわ！」

　私は間違って進んでしまった未来を経験したことで、原因が恵美さんと華香さんであることを知っている。

　これは拓弥さんを説得する上で大きな武器となるだろう。

「真由。どうしてそのことを？二人が言っていたことが嘘だったと言うのか…。」

　拓弥さんの表情から怒りの感情が薄れ始める。

　彼も心の何処かでは同じように思っていたのかも知れない。

「彼女たちが言っていたことは嘘よ。私は普段からあの二人には目の敵にされていて、嫌がらせを受けていたんだから。」

「え？そうなの？じゃあ、やはり…。」

　拓弥さんからの疑いが晴れたように見えた。

　これならば、ここで別れる未来を回避できるかも知れない。

　私が安心したのも束の間。彼には突然の変化が訪れた。

「うぅ…。」

　拓弥さんは、急に頭を抱えて呻き始めた。

「拓弥君？どうしたの？大丈夫？」

　私は、苦しみ始めた彼に寄り添い、声を掛けた。

「さわるな！」

　突然拓弥さんは、私のことを突き飛ばした。

「きゃあ！」

　予想もつかない彼の行動に驚き、彼を見上げた。

　彼の表情が再び怒りに満ちた表情に様変わりしていた。

　あまりに突然の豹変ぶりに違和感を抱く。

「拓弥君？何があったの？どうしたの？」

「うるさい！もう別れると決めたんだ！もう帰ってくれ！二度と顔を見せるな！」

　拓弥さんは、乱暴に私の肩を掴み、無理矢理に部屋の外に追い出した。

「痛い！」

　勢いよくドアから出された為に、バランスを崩して床に倒れ込む…。

　拓弥さんは、その様子を目にしたはずなのに、気にせずドアを閉めて部屋に戻ってしまったのである。

　膝が擦りむけて血が滲んでいた。

　もう少しで彼を説得出来そうだったのに、突然彼の様子が変わり部屋を追い出されてしまった。

　過去に経験した状況とまた異なる展開となっていたのである。

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