七魔の語り部

三昧だれ

文字の大きさ
上 下
10 / 13
第一章【承炎】

第九話【騙された!】

しおりを挟む
翌日、眠い目を擦りながら体を起こすと、既にナイトは起きていて荷造りをしていた。
昨日のシェフにレシピを幾つか教えたところ、お礼にと食材や調味料を貰ったらしい。
これで船旅の間の食料を買い込む手間が省けたと、ナイトは嬉しそうにしていた。
どうやら船の上でも手料理を振る舞うつもりらしい。またシェフを怖がらせなければ良いのだが。

寝ぼけた頭を振るい、顔を洗って軽く身支度を済ませたルミューは、ナイトと共にシェフに礼を言って宿屋を出た。外は雲ひとつない晴天、と言うほどでもなかったが、特段荒れ模様というわけでもなく、2人は予定通りの出航が出来そうなことに喜んだ。

そうして天気から視線を下へ降ろすと、目に入ったのは1人の男だった。
目線は虚でどこを見ているのかわからず、真っ白で長い杖を突いていた。
杖を持っていない方の手には見たこともない小さくて円盤状の物を大量に、落とさないよう大事そうに抱えている。
そんな、恐らく盲目であろう男が杖を頼りに恐る恐る歩いている。
強い風でも吹けば倒れてしまいそうなほど危なっかしい歩行で、思わずルミューは助けに入ってしまいそうになる。が———


「いけませんお嬢様。この町で人に親切にすると食い物にされますよ」

「でも———」


それでもじっとはしておけないと、ナイトを振り払おうとした時だった。
男が盛大に転んだ。
何に躓いたのかはわからないが、およそ芸術的なほどに綺麗に放物線を描いて転んだのだ。
持っていた円盤状の物は地面に大量に散らばり、杖は街道を転がる。
男はなんとか体を起こし、転がった物を拾おうと手を伸ばすが、物が落ちている方向とは全く見当違いの方を探っている。


「私やっぱり放っておけない!」


ルミューはそう言ってナイトの腕を振り払い、男の落とした物を拾い集めた。
小さくて丸い円盤状の物はよく見ると硬貨だった。しかし、酒場でルミュー達が手に入れた物とはどこか少し違う。
色褪せていてボロボロで、何より作りが乱雑だった。


「これは偽物ですね。それもかなり作りが大雑把です。硬貨と同じなのは形状くらいでしょう」


いつの間にか隣に来ていたナイトが、ルミューの疑問を解消する。
しかし偽物といえど、大事に抱えていた物だったので、ルミューは偽硬貨を拾い集めて男に渡すことにした。
随分散らばっていたので集めるのに少し時間はかかったが、それでも量が多くはないので十分拾い切ることができた。


「おじさん、これ」

「ん、ああすまない拾ってくれたのか。ありがとう」


そう言って顔を上げ、偽硬貨を受け取った男の顔には何処か見覚えがあった。
記憶の無くしたルミューにある見覚えだ。
最近どこかで会ったような気もするが、しっかりと思い出すことは叶わなかった。


「おじさん、どこかで会ったことある?」

「……さぁ、嬢ちゃんの声は初めて聞くが……」


ならいいの、とルミューが会話を切る。
記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれないと思ったが、どうやら当てが外れたらしい。
恐らくは町で歩いているところをチラリと目にしただけだろう。
それよりもルミューには確認しておかなければならないことがあった。


「おじさん、これ、どうしたの?」

「ああ、親切な若者がな、くれたんだよ。私に必要だと言ってね。ありがたく、母の薬代に使わせてもらう。しかし、今全て失ってしまうところだったな。ありがとう嬢ちゃん」


そんな男の言葉にルミューとナイトは怪訝な顔をする。


「ねぇナイト、どう思う?」

「恐らくその、親切な若者とやらに騙されていますね」

「そうよね、このお金って使うとどうなるの?」

「硬貨の偽造はかなりの重罪です。最悪死刑かと」


ナイトの返事はかなり低いトーンだった。
老人に聞こえないようにする意味合いに、気の毒に思う心が折り重なった声だろう。
なんとかしてあげたいという気持ちは、ナイトも同じなのだ。
ルミューはそっと自分の荷物を見た。
昨日買った旅行鞄には、自分の衣類とお金が詰め込まれている。


「これとそれ、交換してもらえないかしら」


ルミューは鞄から硬貨の入った袋を取り出し、それを男の目の前に差し出した。
男はそっとその袋に触れると、驚いたようで眉が少し上がる。


「しかし、明らかに私が持っている金額より多い」

「お嬢様!それでは私たちの船代が」

「また増やせば良いのよ、貰ってほら」


ナイトの静止も聞かず、ルミューは男から偽硬貨を全て奪い取ると、代わりに金の入った袋を押し付けた。
ずっしりと重い感触がしたようで、男は少し姿勢を乱す。
ナイトは呆れてため息を吐いているものの、しかしそんな主人が誇らしくもあるようで、どこかチグハグなすっきりとした表情になっていた。


「すまない嬢ちゃん、本当にありがとう」


男はそう慎ましく礼を言い、袋を抱えて去っていった。
去り際は最後まで危なっかしく、ルミューは薬屋まで着いていくかの提案もしたが、そこまでの時間はかけられないと、ナイトに止められてしまった。


「しかしお嬢様、本当によろしかったのですか?」

「うん、さっきも言ったけど、また増やせばいいのよ」


男を見送った後、2人が向かう先は、船着場ではなく賭博場だった。下町の酒場で行われている小賭博とは違う、もっと大きな賭博場だ。
ルミューは酒場に戻ろうと提案したのだが、一度行ったイカサマは二度は使えないと、ナイトの提案で進行を変えることにした。
そこはマフィアが仕切る、賭博を行うための場所で、酒場とはもっと違う本格的な物が楽しめるらしい。

到着したその建物の外観は、たった一目見ただけで全てが違うと理解できた。
白と黒と金の3色で豪華に彩られた外観は、矢を葉巻にするトカゲの紋章で飾り付けられていた。入り口から既に赤いカーペットが敷かれており、扉の前を屈強な男達が2人で守っている。


「ねぇ、大丈夫なの?」

「今の服装なら、恐らく」


そう言うとナイトは胸を張って顔を上げ、どこか堂々とした面持ちを作り出し、自身が見えるような体制を作りあげた。それに倣ってルミューも顔を上げ、オドオドとした姿勢を取り払う。
そのまま歩みを進めた2人に門番が疑うことはなく、なんとか素通りで賭博場に入ることができた。
門番に止められることなく、入り口の敷居を跨いだ途端、ルミューは思わず緊張の糸が少し切れてしまったが、門番達はどうやら気付いていなかったようだ。

賭博場の中は、それほど広い空間ではなかったが、酒場よりは圧倒的に賭博のエリアが広く、そして人も多かった。
しかし各々が散らばって4、5人で賭博をしている者ばかりで、人だかりによる熱気はそれほど感じなかった。

2人はサイドに設置されてドリンクカウンターを経由せず、その足でそのまま賭博場へと向かった。


「幾つかゲームがあるようですね」

「また、魔法のサイコロ使うやつにするの?」

「ここでは魔法を使った賭博は行われていないはずです」

「じゃあどうするのよ。運に頼る?そういうの好きよ、私」

「ここは正攻法のイカサマで行きましょう」


結局イカサマなのかと意気消沈するルミューを連れ、ナイトが向かったのはカードゲームのテーブルだった。
2色、4つの模様に分かれたカードにそれぞれ数字が振ってある物を用いた、一般的なカードゲームだ。
既にそのテーブルは賑わっており、掛け金が大きく動いているようだった。
2人は空いている席に座り、ディーラーからチップと一枚の紙を受け取った。


「これは?」


紙を持ち上げ、ルミューが質問を投げかける。
ディーラーは簡単な借用書だと答えた。ここでは最初に決まった額が貸し出される方式だそうだ。
そんな素人質問を目にした周囲が、嘲笑でざわつき始める。
その波を止めたのは、他でも無いナイトだった。テーブルを拳で強く叩き、怒りの目を周りに向ける。まるで餌を奪われた狼のように、鋭い視線を光らせて。

その直後だった。
ルミューやナイトが素通りした賭博場の入り口で、誰かが門番に止められている。
見れば、あまり綺麗な身なりをしてことが原因のようだ。
それであの時の自分達は通れたのかと、ルミューは一つ納得する。
それにしても、あそこで止められている男には見覚えがあった。
そうだ、先程宿屋の前で会った盲目の男だ。
彼は薬屋へ向かったはずだ。何かあったのだろうか。それに今は杖を持っておらず、口調も流暢で、何より目が見えているような動作をとっている。
男は背中に背負った鞄から袋を取り出すと、その中から数枚取って門番に渡した。恐らく賄賂だろう。
そうしてなんとか賭博場に入ると、キョロキョロと辺りを見回しているようだった。
右を見て左を見て、もう一度右を見て、そして男とルミューの目があった。
盲目のはずの男と、目が合ったのだ。


「……れた」

「そうですお嬢様、お嬢様を嗤ったこいつらからむしり取ってやりましょう」

「騙されたぁー!!」


男は目が合うや否や、持っていた荷物を背負い直して賭博場を出ようと入り口へ向かう。
ルミューもそれを追って荷物を持って席を立った。


「お嬢様?」

「騙されたのよ私たち!!目が見えないのは嘘だったのよ!!」


少し遅れて、ナイトも男を捕捉する。
スタスタと歩いて、しかしその歩行速度を早めて動く男の後ろ姿をしっかりと捉えた。


「行くわよナイト!!あいつ捕まえないと!!」


ルミューの号令でナイトも荷物を持って席を立った。自分達をまんまと騙した男を追い、捉えるために。
しおりを挟む

処理中です...