七魔の語り部

三昧だれ

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第一章【承炎】

第十二話【ラゴニア】

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「俺がお前の、子分その1になってやる」


そのセリフに、まさに仰天といった様子で空を仰いで驚きの声を上げるルミュー。
それもそのはずで、目の前にいる男は今朝自分を騙した詐欺師なのだ。今し方まで追いかけて、捕まえてやろうと考えていた相手にいきなり子分になりますと言われて、はいそうですかと言える人間がこの世に何人いるだろうか。
ルミューも例外なく、素直にうんと言えない側の人間だった。


「どうしてあなたが子分に」

「必要だろう。俺以外にも、お前を騙そうとする人間はごまんといるぞ」

「あなたの名前も知らないし」

「どう呼んでくれたって構わないが、名はトラストだ」

「でもナイトがどう言うか」

「従者のことか。あいつが物理的な外敵からお前を守ればいい。やつがお前の剣であり盾だとするならば、俺はお前の頭脳になってやれる」


しかし、としぶるルミューだが、出した反論が次々と言い負かされていく。
もう承諾して、彼を子分にするしか無いのだろうか。そう考えてしまう一歩手前というところで———


「お嬢様!」


大声を出しながら現れたのは、魔法の効果の切れたナイトだった。恐らく全力疾走してきただろうに、一切の玉汗も見えないのはさすがと言ったところだろう。
そしてそのナイトも、今の詐欺師、もといトラストの提案を聞いていたようで。


「いけませんお嬢様こんな詐欺師の言うことを聞いては。いつ裏切るのかわかったものではない」

「確かにそうよね」

「ならナイト、お前が見張っていればいい。いつ裏切っても俺を殺せるようにな」

「そっか、そうすれば大丈夫よね」

「お嬢様が私を頼りにしてくださるのでしたら、この腕を如何様にも」

「お前の変わり身の速さは気色が悪いな」


ナイトの気持ちの悪さに麻痺していたルミューはトラストのその反応が新鮮で、なんとなく嬉しい気持ちになる。
そうこうしているうちにトラストの方も魔法が解除されたようで、やっと足に力を入れて立ち上がっていた。


「取り敢えず、おれは子分その1で良いようだな」

「そうね。あなたは私の子分入りよ」

「は?お嬢様の子分その1は私だが?そうですよねお嬢様」


実際のところどっちでも良い、というのがルミューの本音だ。

そう言えばと、立ち上がったトラストを見て先ほどの魔法を思い返す。
トラストの使った魔法《リグスプリングス》がルミューに直撃したはずが、実際に転んだのはルミューではなく術者のトラストの方だった。
魔法が発射されたのも、その軌跡も目視していたし、ルミューの体にしっかりと当たった感触もあった。一体何が起きたのだろうか。


「それは、お嬢様の祝福でしょう」

「祝福?」

「ええ、人が人生でたった一つだけ得られる秘術です。一説では、その身が魔法に認められた時、願いを反映させた祝福が反映されるのだと聞きます」

「私の、祝福」


ナイトの説明を受けて、自身の手のひらを見つめて考え込むルミュー。
ナイト曰く、ルミューには呪い返しの祝福が備わっているという。その効果は、傷が残るような攻撃的効力を及ぼす魔法以外全てを跳ね返してしまうものなのだとか。
故に先程の魔法を受けた時、それが跳ね返ってトラストが転んでしまったのだとか。
しかし———


「私に祝福があるなら、もっと早く教えてよ」

「申し訳ございません。祝福は、たとえ生まれつきの赤子が持っていたとしても、その使い方を知っていると聞いておりましたので。わざわざお伝えする必要もないかと」


つまり、記憶喪失になった自分は赤ん坊以下だということだ。全くほとほとため息が出る。
しかしそんなルミューを励ましたのは、意外にもトラストの言葉だった。


「祝福を持つ人間か。見るのは初めてだな」

「そんなに珍しいの?」

「かなりな。生きていて直接目にすることは滅多にない」


何となく、自分が特別な人間と言われたようで、悪い気はしなかった。そんなご機嫌なルミューの様子を見て、ナイトは少しムッとしている。本当は、自分がその言葉をかけるつもりだったのだろう。


「金はどうした。まさかもう使ってしまったとは言うまいな」

「こんな短時間で使えるわけがないだろう。しかしお前たち、この金で船に乗ると言っていたな。何処へ向かうつもりなんだ」


それは、ルミューも気になっているところだった。そもそも地理も歴史もわからないので、聞いたところで無意味だと思い聞かなかったが、せめて目的地の名前くらいは聞いておきたいものだ。
ナイトは教えるのは癪だが渋々、と言った様子で口を開いた。奥歯で苦虫を何匹も噛み殺しているような、そんな表情だ。


「スターチスだ。そこにお嬢様のご両親が住んでおられる」

「スターチスまで船で向かうのか?魔六輪に乗ればいいだろう」

「陸路は足がつきやすい」

「なんだ、逃亡中なのか。何から逃げている」

「魔人よ。魔人の二人組から逃げてるの」


そんなルミューの答えに、トラストの顔は一気に曇る。一体何が過去のあったか、きっとそれはルミューの想像を遥かに超える何かなのだろう。魔人、というたった三文字が、どれほど彼の心を縛っているのか。
その後の、アヴァンニールとドンナーという二人組の魔人がいた、と言うルミューの話も、トラストは真剣な顔で聞いていた。


「確かに陸路は危険だな。しかし船に危険がないわけでもない。航海が成功する確率はあまり高くないし、スターチスに到着するまで時間も要する」

「ならばどうしろと?陸と海がダメならばもう私たちに向かう術など無いのではないのか」


トラストの説明に、ナイトが真っ当な反論をする。このナイトの意見には、ルミューも同じ意見だった。航海がどれほど危険なのかわからないが、ナイトが選択した道なのだからそこまで危険というほどではないし、かかる時間も、追い付かれるリスクが無くなっていると考えれば十分飲み込めるものに思えていた。
しかしその海も、陸もダメとなれば残る手段は残されていないのではないか。
いやしかし、強いて言うなら———


「空だ」


そのルミューの心うちで、ぼんやりと結論付けていたものがトラストの口から出される。
陸も、海もダメなら空だと、トラストはそう言った。
しかし空というのは、どう考えても現実的では無いように思える。トラストが飛べるわけでもないだろうに。それはナイトも同じ考えのようで。


「無茶だ。それこそ危険がつきまとう。空を飛べたとして、空はドラゴンの領域だ。船よりも遥かに危険が伴う」

「そうだな。だからその、ドラゴンに乗ってしまえば良い」

「は?」「え?」


あまりにも突拍子もないトラストの発言に、二人は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
ルミューに記憶が無いので、また常識を知らないのかと思ったが、隣を見ればナイトも驚いた顔をしていたので、どうやらドラゴンに乗るのは一般的では無いらしい。
そもそもドラゴンとは一体何なのだろうか。ドラゴンの領域、という言い方的に力強い竜巻ろか、そんな災害のようなものなのだろうか。
まるで想像も付かない4文字に、好奇心が刺激される。


「良いじゃない!そのドラゴンに乗る案、採用で!」

「しかしお嬢様ドラゴンですよ!?ドラゴンに乗るんですよ!?」

「よし、そうと決まれば早速ラゴニアを探しに行こう」

「いるわけないだろうこんな場所に」

「ラゴニア?誰かの名前?」

「ドラゴンを牽く者、という意味がある。簡単に言えば、ドラゴンを持ってるやつのことだ」


ドラゴンを持っているなんて気軽に言うが、ナイトの口ぶりから察するにドラゴンは珍しいものなのだろう。牽く、というからには珍しい生き物か。とにかくそんな気軽に、そのラゴニアが見つかるとは思えなかった。それこそ探す時間を加味すれば、今から船に乗った方が早いのでは、と思うほどだ。
しかしそんな疑問も、突風で吹き飛ばすような言葉がトラストの口から飛び出た。


「……実は一人」

「あるの?心当たり!」「まさかあるのか?」


あまりにも早いレスポンスに、トラストは嫌そうな顔をする。それもそのはずで、件のドラゴン繰りとトラストには少し因縁があった。


「あるにはある、が……まあ行ってみるか。状況は好転しているかもしれない」


そんなトラストに連れられて、一行は再び下町へと降りてきていた。
時間は昼食前だというのに、町は活気付いておらず、ルミューの知る治安の悪さを感じさせた。
前と違うのは、こちらから目を合わせれば向こうが視線を外してくれることだった。
その多くはナイトをじっと見つめている。
おそらくは、昨日の酒場でのことが少し噂になっているのだろう。ナイトの名前にも箔がついたかもしれない。
しかし自分のことは誰も畏怖していないと思うと、少し残念だ。昨日は何も成していないので、当然のことではあるのだが。

しばらく歩くと、酒場街に出た。おそらくトラストが目指していた場所だろう。
その証拠に、トラストは一つ適当な酒場に目星を付けて入って行った。
中までは入り込まず、入り口の周辺で中にいる人物の顔を右から左へ順番に見ていく。
そうして、ここにはいないと結論付けたのだろう、「次の酒場だ」と言い残して二つ目を探しに向かった。
ラゴニアさんとやらは、そんなチラ見でわかるほどの特徴を有しているのだろうかと、ルミューは思う。顔を見たことがあっても、もう少しジロジロ見た方がいい気がした。

そうして二件目を探す矢先、道の向こうの見覚えのある看板が見えた。昨日賭博で金を得た酒場、“大斧”だ。
ルミュー達が出てきた時と同じで、入り口がボロボロになっており、そういえば、とルミューは昨日の事件を思い返した。
入り口も、その前の木張りの床も全て壊す勢いで誰かが飛び込んできたのだ。
その騒ぎを使って上手くイカサマを成功させることができた。そこで、ルミューはトラストの見覚えに合点がいく。
このトラストが、その飛び込んできた男だったのだ。伸びた体を跨いだのを覚えているので間違いない。
そうか、自分達を騙す算段をかけたのもその時だろう。しかし、今はそのことはもうどうでも良かった。そんなことがどうでも良くなる程の、トラストの一声がかかったからだ。


「いたぞ、あいつが龍乗《 ラゴニア》りだ」


そうトラストが指を指した先は、件の酒場“大斧”だった。入り口の前の階段で座り込むその人物は、その頭よりも大きなグローブを身につけている。
しかし、驚くべきはそこではなかった。
確かに存在を知っていれば一目で分かると、ルミューは先ほどの探し方にも納得がいく。この町であれは唯一無二だろう。

トラストが、ゆっくりとその人物の方へと近付いて行った。
その足音に気が付いたのか、その人物がゆっくりと顔を上げる。
トラストの顔を見た途端、目の色が変わる。
実際に色が変わったわけではない。黄金色の瞳の中の瞳孔が縦長に伸びて、色が変わったように見えたのだった。

刹那、その人物の体が跳んだ。酒場からこちらまでのかなりの距離を、一回で跳躍してきたのだ。あまりの足の力強さに床の材木が持たず、壊れていた部分がさらにメキメキと音を立てる。
跳躍した体は空中で姿勢を正し、そうして右腕を思いっきり振りかぶった。


「クソ詐欺師!!まだ!!殴られたりなかったかオイ!!」


甲高い、少女の怒りの声が響き渡った。
そう、少女なのだ。件のドラゴンを牽く者は、まだ年端も行かない女の子だった。
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