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⑦朗読劇『マリさんのぶらり坂③』
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おばあちゃんとの生活も、半年が過ぎようとしている。長かったような、短かったような……。未だに、戸惑うこともあるけれど、だいぶ慣れてきた。
一方、当のおばあちゃんは気楽なもので、毎週月曜日になると、1日中散歩に出かけていた。お弁当持参で。
わたしが、
「どこに行くの?」
と聞いても、
「ぶらっと歩くだけよ、フフ」
と楽しそうに微笑むのよね。どうみても、それだけとは思えない。
そういえば、今日は月曜日だ。夏休み中のわたしは、おばあちゃんの散歩に付き合うことにした。
家の前にある坂道を登っていたわたしたちは、途中で30歳代の男の人と出会った。
驚き顔のわたしに、その男の人はいたずらっぽい笑顔のまま、”シッ“と口の前で人差し指を立てた。
「始めまして。ぼくもぶらっと散歩しているので、ご一緒してもいいですか?」
男の人が爽やかに尋ねると、それまで俯いていたおばあちゃんは、少女のように耳まで真っ赤に染めて頷いた。
わたしは不思議でならないけど、 結局2人の後ろからついていくしかないんだよね。
3人が坂の頂上に着くと、そこから海辺の町が見下ろせた。そのとき、わたしはやっと思いだした。
ここは昔、おばあちゃんがおじいちゃんとデートした場所だと。
なんとなく、おじいちゃんに悪い気がしたわたしは、
「おじいちゃん、ごめんね」
と心中で謝った。でも、おじいちゃんなら、許してくれるよね。
おばあちゃんから手作りのお弁当を勧められた男の人は、美味しそうに食べながら、いろんな話をした。最初は、はにかんでいたおばあちゃんも、すっかりおしゃべりになっていたっけ。わたしはきっと、眩しそうに、おばあちゃんを見ていたことだろう。
気がつくと、もう夕方。
帰り道、3人は出会った坂の途中で足を止めた。
「今日はごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
男の人が優しい笑顔でお礼を言うと、
「こちらこそ、すごく楽しかったです。フフ」
微笑んで背を向けたおばあちゃんは、踊るような軽い足取りで歩いていく。
そのとき、男の人がわたしに耳打ちしてきた。
「おやすみ、里美」
だから、わたしもおばあちゃんに聞こえないように、小さな声で答える。
「おやすみ、パパ 」
そう、その男の人はパパだったんだ。
約束なんてなにもない。だって明日になれば、おばあちゃんは覚えていないんだから。
それでも、来週の月曜日にはまた、ポニーテールと水玉のワンピースと赤いハイヒール姿で、この坂をぶらっと散歩するに違いない。
そして、若い頃のおじいちゃんにそっくりなパパと、“初めて”出会って、胸キュンするんだろうなぁ。
そうかぁ。おばあちゃんはそんなことを毎週繰り返しているんだ。なんて考えていたら、まだ初恋もしていないわたしは、急に悔しくなった。
おばあちゃんばっかり、ずるぅい。
でも、今日のマリさん、素敵。
嬉しくなったわたしは、マリさんの後ろ姿を追って走り出した。
「待ってよぉ。お姉ちゃんってばぁ」
♢ ♢ ♢ ♢
スクリーンに、我が野間家の家族写真が何枚も映し出される。祖母も嬉しそうに微笑んでいた。
同時に、音楽が流れてきた。爽やかな前奏。カントリー調の曲だ。
♢ ♢ ♢ ♢
(song file ①)
♪『風の栞』
作詞:木戸浩二
作曲:山根 聡
歌 :並木愛合
♪“出会った頃の君は
りんごのような笑顔だった”
と言ったら 笑った
でも ていう癖 口を尖らす癖
泣いて笑った 宝を残して
確かに時は流れるけど……
人は風の栞だと
君 思わないかい?
みんな 思い出という本を持っている
僕という栞の
ページを開けたならば
そこには君の青い春がある
人は出会って やがて 別れゆく
吹いては消え去る 季節風みたいだ
けれども キラキラ輝き続ける呼んだら いつでも隣にいるだろ
確かに 今日は別れるけど……
人は風の栞だと
僕はそう思うんだ
君は今 海原に小さな帆を上げた
思い出という僕らが
思い切り吹くから
胸を張って 堂々と進んでいけ
人は風の栞だと
皆 そう思うだろう
歩く道は違っても いつも一緒さ
君に贈る 最後の言葉を見つけた
ありがとう だから
今日はさようなら
♢ ♢ ♢ ♢
嘗《かつ》て歌詞をこれほど深く感じたことがあっただろうか、とわたしは思い返していた。今までは、旅立つ者は希望に満ち、見送る側は淋しいものだと決めつけていたのだ。
ところが、♪『風のしおり』を聴くうちに、違うと悟った。別れは、見送る側にとっても淋しいだけのものではないと。当然だと思っていた日常が、本当は最高の幸せだったことに気づかせてくれて、感謝する機会を与えてくれるものだと。そして、旅立つ者にも、見送る側にも、未来が待っている、と。
ところが……。
スクリーン上、野間家の家族写真が消え、最初の白い背景に戻ったと思ったら、その中に誰かが現れた。
映像にシャがかかっていて、 はっきり見えないが、ギリシャ神話の中に出てくる人物のような、白い布みたいなものを着ているというか、巻いているというか、そんな感じだった。
その状態のまま、人物が話し始めた。
「ある女性は記憶を失うという辛い難病を背負うこととなった。それは神であるわたしでさえ、どうすることもできない。
しかし、彼女にはとても耐えられそうになかった。そこで、わたしは幼い天使たちに呼びかけた。孫としてその女性を支えてくれる者はいないかと。
すると、ある天使が手を挙げてくれて、 頑張りますと笑顔で人間界に旅立った。
その女性の孫として生まれ変わった天使は、それまでの全ての記憶を失い、今も彼女の孫娘として生きている。
そして立派に、その祖母を支えて、寿命いっぱい生かすという使命を全うしてくれた。
つまり、天使はその祖母の人生を救ったのだ。
わたしからも、その天使に、礼を言いたい。
心から、ありがとうと」
(おわり)
♢ ♢ ♢ ♢
スクリーンの明かりは消え、社務所のカーテンが開けられた。
わたしが慌てて両手で顔を隠したのは、一気に攻め込んできた日差しが眩しかったからだ。
一方、当のおばあちゃんは気楽なもので、毎週月曜日になると、1日中散歩に出かけていた。お弁当持参で。
わたしが、
「どこに行くの?」
と聞いても、
「ぶらっと歩くだけよ、フフ」
と楽しそうに微笑むのよね。どうみても、それだけとは思えない。
そういえば、今日は月曜日だ。夏休み中のわたしは、おばあちゃんの散歩に付き合うことにした。
家の前にある坂道を登っていたわたしたちは、途中で30歳代の男の人と出会った。
驚き顔のわたしに、その男の人はいたずらっぽい笑顔のまま、”シッ“と口の前で人差し指を立てた。
「始めまして。ぼくもぶらっと散歩しているので、ご一緒してもいいですか?」
男の人が爽やかに尋ねると、それまで俯いていたおばあちゃんは、少女のように耳まで真っ赤に染めて頷いた。
わたしは不思議でならないけど、 結局2人の後ろからついていくしかないんだよね。
3人が坂の頂上に着くと、そこから海辺の町が見下ろせた。そのとき、わたしはやっと思いだした。
ここは昔、おばあちゃんがおじいちゃんとデートした場所だと。
なんとなく、おじいちゃんに悪い気がしたわたしは、
「おじいちゃん、ごめんね」
と心中で謝った。でも、おじいちゃんなら、許してくれるよね。
おばあちゃんから手作りのお弁当を勧められた男の人は、美味しそうに食べながら、いろんな話をした。最初は、はにかんでいたおばあちゃんも、すっかりおしゃべりになっていたっけ。わたしはきっと、眩しそうに、おばあちゃんを見ていたことだろう。
気がつくと、もう夕方。
帰り道、3人は出会った坂の途中で足を止めた。
「今日はごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
男の人が優しい笑顔でお礼を言うと、
「こちらこそ、すごく楽しかったです。フフ」
微笑んで背を向けたおばあちゃんは、踊るような軽い足取りで歩いていく。
そのとき、男の人がわたしに耳打ちしてきた。
「おやすみ、里美」
だから、わたしもおばあちゃんに聞こえないように、小さな声で答える。
「おやすみ、パパ 」
そう、その男の人はパパだったんだ。
約束なんてなにもない。だって明日になれば、おばあちゃんは覚えていないんだから。
それでも、来週の月曜日にはまた、ポニーテールと水玉のワンピースと赤いハイヒール姿で、この坂をぶらっと散歩するに違いない。
そして、若い頃のおじいちゃんにそっくりなパパと、“初めて”出会って、胸キュンするんだろうなぁ。
そうかぁ。おばあちゃんはそんなことを毎週繰り返しているんだ。なんて考えていたら、まだ初恋もしていないわたしは、急に悔しくなった。
おばあちゃんばっかり、ずるぅい。
でも、今日のマリさん、素敵。
嬉しくなったわたしは、マリさんの後ろ姿を追って走り出した。
「待ってよぉ。お姉ちゃんってばぁ」
♢ ♢ ♢ ♢
スクリーンに、我が野間家の家族写真が何枚も映し出される。祖母も嬉しそうに微笑んでいた。
同時に、音楽が流れてきた。爽やかな前奏。カントリー調の曲だ。
♢ ♢ ♢ ♢
(song file ①)
♪『風の栞』
作詞:木戸浩二
作曲:山根 聡
歌 :並木愛合
♪“出会った頃の君は
りんごのような笑顔だった”
と言ったら 笑った
でも ていう癖 口を尖らす癖
泣いて笑った 宝を残して
確かに時は流れるけど……
人は風の栞だと
君 思わないかい?
みんな 思い出という本を持っている
僕という栞の
ページを開けたならば
そこには君の青い春がある
人は出会って やがて 別れゆく
吹いては消え去る 季節風みたいだ
けれども キラキラ輝き続ける呼んだら いつでも隣にいるだろ
確かに 今日は別れるけど……
人は風の栞だと
僕はそう思うんだ
君は今 海原に小さな帆を上げた
思い出という僕らが
思い切り吹くから
胸を張って 堂々と進んでいけ
人は風の栞だと
皆 そう思うだろう
歩く道は違っても いつも一緒さ
君に贈る 最後の言葉を見つけた
ありがとう だから
今日はさようなら
♢ ♢ ♢ ♢
嘗《かつ》て歌詞をこれほど深く感じたことがあっただろうか、とわたしは思い返していた。今までは、旅立つ者は希望に満ち、見送る側は淋しいものだと決めつけていたのだ。
ところが、♪『風のしおり』を聴くうちに、違うと悟った。別れは、見送る側にとっても淋しいだけのものではないと。当然だと思っていた日常が、本当は最高の幸せだったことに気づかせてくれて、感謝する機会を与えてくれるものだと。そして、旅立つ者にも、見送る側にも、未来が待っている、と。
ところが……。
スクリーン上、野間家の家族写真が消え、最初の白い背景に戻ったと思ったら、その中に誰かが現れた。
映像にシャがかかっていて、 はっきり見えないが、ギリシャ神話の中に出てくる人物のような、白い布みたいなものを着ているというか、巻いているというか、そんな感じだった。
その状態のまま、人物が話し始めた。
「ある女性は記憶を失うという辛い難病を背負うこととなった。それは神であるわたしでさえ、どうすることもできない。
しかし、彼女にはとても耐えられそうになかった。そこで、わたしは幼い天使たちに呼びかけた。孫としてその女性を支えてくれる者はいないかと。
すると、ある天使が手を挙げてくれて、 頑張りますと笑顔で人間界に旅立った。
その女性の孫として生まれ変わった天使は、それまでの全ての記憶を失い、今も彼女の孫娘として生きている。
そして立派に、その祖母を支えて、寿命いっぱい生かすという使命を全うしてくれた。
つまり、天使はその祖母の人生を救ったのだ。
わたしからも、その天使に、礼を言いたい。
心から、ありがとうと」
(おわり)
♢ ♢ ♢ ♢
スクリーンの明かりは消え、社務所のカーテンが開けられた。
わたしが慌てて両手で顔を隠したのは、一気に攻め込んできた日差しが眩しかったからだ。
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