37 / 68
同化型⑨
しおりを挟む
「……クッキー食べる?」
「っあはは、ううん! ……いつもの空腹とは、違う感じなんだよね」
向けられた視線。その言葉の真意が上手く汲み取れず、首を傾げる。
「なんかさ。この前、直くんの指舐めちゃったじゃん」
この前──彼に言われ、思い出した。お菓子を食べさせて欲しいとねだられたときのことだ。衝撃的だったその出来事は、今でも容易に思い出せる。
……どうして、今その話を持ち出してきたのだろう。黙って言葉の続きを待った。
「あのとき──変かもだけどさ。すごく、美味くて。腹が膨れた感じがしたんだよね」
向けられた目は僅かに細められる。ぞく、と。得体の知れない恐怖が身を竦ませた。
静かな空間に響く時計の秒針の音が、嫌に耳につく。俺の沈黙が際立つように。何故か嫌な予感を知らせる心臓の音は、彼に聞こえてしまうのではないかと思うほど大きく。体全体に振動が伝わるほど。
浮かぶ、明るい笑顔。いつもと同じはずなのに、何かが決定的に違っている。この椅子から立ち上がって逃げた方が良いと頭ではわかっている。だけど、動けない。
──ねえ、直くん。
無邪気さの滲む声で、俺を呼んで。
「直くんの他のところって、どんな味なんだろね。オレ、すげー気になんの!」
『いっぺん残らず食べさせて』
突然。脳内で、とある少女のセリフがリピートされる。疑いようもなく、やんぱらの一場面だ。記憶が間違っていなければ──確か、彼女の右手では凶悪な刃物がぎらついていた。背筋が凍る。ここは喫茶店で。包丁だって、当然あるわけで。
もつれそうな舌を何とか動かして、言葉を紡ぐ。
「……俺のこと、食うの……?」
「あは、大丈夫! ちょっと齧りたいだけだって!」
何を。齧るって、どんな風に。肉を噛みちぎられる生々しいイメージが頭の中で浮かんで、ひ、と声が漏れた。
「だって食べたら無くなっちゃうじゃん! そんなの、勿体ねーし」
ヤバい。長期的なスパンで俺を食う気だ。本能的な恐怖が体を固くする。じわり、と視界が滲む。
「あー……でも、喰ったら直くんと一緒になれんだよね。なんかそれも、すっげーイイかも」
勘弁してください。殺さないでください。お願いします。そう、懇願する余裕すらない。鋭い犬歯の覗く口から紡がれる言葉は、どれも酷く恐ろしいものだった。
目の奥が熱くなって、涙が零れ落ちそうになる。
「ごめんね、怖かった? ……でも、涙も美味そう」
ギラついた目は、まるで肉食獣のそれのようで。近づいていく距離に、固く目を瞑って。
「……酷いことはしねーから、大丈夫……」
熱を孕んだ、聞いたことの無い声色。目元の辺りに、彼の唇が近づいていくのがわかる。溶けそうなほど熱い息。唇がとうとう触れそうになるのを肌で感じた瞬間──がらん、と大袈裟に鳴った扉のベルが来客の訪れを告げた。
「っあはは、ううん! ……いつもの空腹とは、違う感じなんだよね」
向けられた視線。その言葉の真意が上手く汲み取れず、首を傾げる。
「なんかさ。この前、直くんの指舐めちゃったじゃん」
この前──彼に言われ、思い出した。お菓子を食べさせて欲しいとねだられたときのことだ。衝撃的だったその出来事は、今でも容易に思い出せる。
……どうして、今その話を持ち出してきたのだろう。黙って言葉の続きを待った。
「あのとき──変かもだけどさ。すごく、美味くて。腹が膨れた感じがしたんだよね」
向けられた目は僅かに細められる。ぞく、と。得体の知れない恐怖が身を竦ませた。
静かな空間に響く時計の秒針の音が、嫌に耳につく。俺の沈黙が際立つように。何故か嫌な予感を知らせる心臓の音は、彼に聞こえてしまうのではないかと思うほど大きく。体全体に振動が伝わるほど。
浮かぶ、明るい笑顔。いつもと同じはずなのに、何かが決定的に違っている。この椅子から立ち上がって逃げた方が良いと頭ではわかっている。だけど、動けない。
──ねえ、直くん。
無邪気さの滲む声で、俺を呼んで。
「直くんの他のところって、どんな味なんだろね。オレ、すげー気になんの!」
『いっぺん残らず食べさせて』
突然。脳内で、とある少女のセリフがリピートされる。疑いようもなく、やんぱらの一場面だ。記憶が間違っていなければ──確か、彼女の右手では凶悪な刃物がぎらついていた。背筋が凍る。ここは喫茶店で。包丁だって、当然あるわけで。
もつれそうな舌を何とか動かして、言葉を紡ぐ。
「……俺のこと、食うの……?」
「あは、大丈夫! ちょっと齧りたいだけだって!」
何を。齧るって、どんな風に。肉を噛みちぎられる生々しいイメージが頭の中で浮かんで、ひ、と声が漏れた。
「だって食べたら無くなっちゃうじゃん! そんなの、勿体ねーし」
ヤバい。長期的なスパンで俺を食う気だ。本能的な恐怖が体を固くする。じわり、と視界が滲む。
「あー……でも、喰ったら直くんと一緒になれんだよね。なんかそれも、すっげーイイかも」
勘弁してください。殺さないでください。お願いします。そう、懇願する余裕すらない。鋭い犬歯の覗く口から紡がれる言葉は、どれも酷く恐ろしいものだった。
目の奥が熱くなって、涙が零れ落ちそうになる。
「ごめんね、怖かった? ……でも、涙も美味そう」
ギラついた目は、まるで肉食獣のそれのようで。近づいていく距離に、固く目を瞑って。
「……酷いことはしねーから、大丈夫……」
熱を孕んだ、聞いたことの無い声色。目元の辺りに、彼の唇が近づいていくのがわかる。溶けそうなほど熱い息。唇がとうとう触れそうになるのを肌で感じた瞬間──がらん、と大袈裟に鳴った扉のベルが来客の訪れを告げた。
222
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる