悪役令息の使用人

書鈴 夏(ショベルカー)

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きっと、もう

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 数日が経った頃。着実に時間をかけ、水は無色透明の良質なものとなり、床に伏せる者はひとりもいなくなった。幾分か領民たちには活気が戻ったようだ。
 あとは──荒れ果てている畑があるため、それを耕し、農作物を作る。決して簡単なことではない。すっかりくたびれた様子のリヒト様が、ふうとため息をついて辺りを見回した。

「畑を耕す、って言っても……この人手じゃあ、厳しいかも」

「私、頑張りますよ!」

 声をあげれば、坊ちゃんが小さく笑いを漏らした。

「……ふ、結構なことだ」

 そのとき──ひとりの領民が焦った様子で駆け寄り、口を開いた。

「ハッセル家から助っ人のようですー!!」

「えっ」

 馬車から何人もの人々が降りてくる。なにより目を引いたのは──優雅にこちらへ歩み寄ってくるオスカー様の姿だった。

「……何故、ここに?」

 坊ちゃんがひくりと口角をひきつらせて言葉を紡ぐ。オスカー様はにこりと綺麗な笑みを浮かべて口を開いた。

「惚れた相手とその主人が領地の再生に奮闘していると聞いたのでな。名声と人手くらいしか使えるものは無いが──」

 それを使用したまでだ、とオスカー様は俺の方を見てまた微笑む。坊ちゃんが視線を遮るように俺の前へ立った。
 引き連れた者たちへ視線をやって、彼は口を開いた。

「領地のもろもろの整備もついでに整えてしまえ。いいだろう、ディアブール様?」

 悪戯っぽくオスカー様が笑う。坊ちゃんはためいきをつき、目頭を押さえて──「ええ、よろしくお願いします」と幾分か疲れた声で返した。

***

 そうして──幾ばくかの時間が経った。領地は見違えるように興された。元気を取り戻した領民たちとともに協力し、家も建て直して。
 くたびれた家々には新しい屋根が掛けられ、瓦礫のようだった村道には砂利が敷き詰められ、領民たちの笑い声が風に乗って響くようになった。

 はじめは黙々と作業に従事するだけだった人々の顔にも、いつしか張りが戻り──声をかけ合い、時には冗談を交わし合う様子さえ見られるようになった。

「……ねえ、これ、今夜はスープにでもする?」

「おお、いいな。腹いっぱい食おう」

 そんなやりとりが、ごく自然に交わされる。
 井戸から汲まれる水は、かつての濁ったものではなく、陽の光を反射してきらきらと透明に光っていた。

 耕し直された畑には、新たな芽が芽吹きはじめている。
 畝を丁寧に整えた土地に、坊ちゃんと俺たち自らが種を蒔いた作物は、日に日にその緑を濃くしていった。

「──見てください、芽が出ました!」

 子供がそう叫んで駆け寄ってくる。その背中を追ってきた母親が、少し照れたように頭を下げた。

「本当に……ありがとうございます。こんな日が来るなんて、思いもしませんでした」

「礼などいらない。お前たちが手を貸してくれたから、ここまで来られたんだ」

 坊ちゃんは、静かにそう言って微笑んだ。

 この土地が「枯渇した僻地」などと呼ばれていたことが、もはや夢のようだ。
 あの日、初めてこの地を訪れたときに感じた重苦しい空気は、今や跡形もなく消えていた。

「聞いてくれるか」

 領民たちの前で、坊ちゃんは口を開く。しんと水を打ったように賑やかだった空気は静まった。

「こうして領地を興すことはできたが──私は大したことはしていない。ただ、友人たちの力を借りただけだ。……ひとりではなにもできない。だからどうか。これからは、皆の力を貸してくれ。もう二度と、ここにいる民たちを飢えさせることはないと約束しよう!」

 言い切ると──わああ、と歓声が上がる。人々の顔には笑顔が浮かび、涙する者すらいた。その中には、あの老人の姿もあった。
 ああ。坊ちゃんは──立派になった。ず、と鼻をすする音で、自分が泣いていることに俺はようやく気がついた。

 きっと、もう。彼は幸せになれる。いいや、もうなれたのだ。


 もう、俺がそばに、居なくとも。大丈夫だろう。
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