Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?

書鈴 夏(ショベルカー)

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変わる日常

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 最近、俺はおかしい。

 彼ら兄弟を──優真さんと陽真くんを見ると、何故か、脈拍が速くなる。いや、以前までは確かにそうなっていた。あれは下手をすればシメられるという恐怖と緊張からだと明確にわかっていたのだ。
 しかし、今回は。明らかに、前とは違う感覚で。心臓がばくばくして、言葉も上手く出てこなくて、やたらと顔に熱が集まってしまう。こんなの、変だ。異常だ。

 どうしよう。どうしよう。何度考えても、堂々巡りで結論は同じだ。やっぱり俺は──おかしくなってしまった!

「茂部くん?」

 自分の名を呼ぶ声。は、と我に返る。不思議そうな顔で楓真がこちらを覗き込んでいた。
 しまった。今は楓真の部屋で勉強会をしているのだから、勉強に集中しないといけないのに。また関係の無いことに思考を巡らせてしまっていた。

「あ……ごめん。考え事してた」

「そっか、邪魔しちゃったかな。わからないとこでもあった?」

 俺の解いていたワークに目を落とす。

 楓真も夏休みの後からめきめきと実力を伸ばしていって、成績もすっかり上位の方へ食い込むようになっていた。共に難問で呻いていた仲間はいなくなり、代わりにわかりやすく教えてくれる先生役が増えたのだ。正直、ありがたい。頭が上がらないほどに。
 何人もの先生が口を揃えて、「八乙女兄弟はこの学校の誇りだ」と口癖のように言っているのを何度も聞いた。

 ……だからこそ。もっと、上を目指さないと勿体ない気がする。ただの友人というだけの俺が、口を出すことではないのかもしれないけれど。だが、俺なんかに合わせるのは──宝の持ち腐れのように思えてしまうのだ。

「大丈夫、今解けたから。ありがとな」

 答えを書いてペンを置く。疑問は残ったようだが、楓真は頷いた。

「……そっか。疲れたね、リビングにジュースでも飲みに行く?」

「いいの? やった」

 そう言われれば、ちょうど喉が乾いていたのだ。
 凝った体を解している俺へ視線を向けながら、あ、と楓真が思いついたように声をあげた。

「兄さんたちも呼ぼっか? 部屋にいるはずだし」

 え。
 体が固まる。今は少々、遠慮したい。先程まで変な考えばかりしていたのだ、彼らの前でまともに振る舞える自信が全く無い。ただでさえ、妙な感情を抑えるので精一杯なのだ。

「え、いやっそれはちょっと……!」

 慌てて否定した瞬間。朗らかだった楓真の表情が、凪いだ。え、と思う間に──

「ずるいな」

 子どもが拗ねるような口ぶりで。しかし同時に、底冷えするような声色だった。
 いつもののんびりした、和やかな雰囲気は影を潜めて。

「俺にもそんな顔して欲しいのに」

 そんな顔って。それはいったい、どういう意味なのだろうか。
 ゆっくりと。しかし確実に距離を詰められて、気がつけば天井を背にした楓真を見上げていた。なんだ。なんでだ。どうして、こんな状況になっている?

「ねえ──俺相手だと、どきどきしない?」

 左手の指が、絡めとられる。驚きから手が僅かに跳ねたけれど、彼は気にもせずに。
 楓真の手は、こんなに骨張っていただろうか。こんなに、大きかっただろうか。いや、俺の方が大きくはあるのだけれど──想像よりも、ずっと男らしくて。

「世話を焼いてくれるのは嬉しいけど……手のかかる弟みたいな扱いじゃ、悲しいな」

 きゅ、と手を握られる。決して強くはないが──逃げられないほどの力で。息を飲む。

 秒針の音が、静かな部屋に響いている。
 それと。うるさいくらいの、心臓の音。胸が張り裂けそうだと思ってしまうほどにやかましくて。楓真に、聞こえてはいないだろうか。

「……ふふ」

 吐息を漏らして笑う。いつもと同じ笑い方なのに、全く違うもののように思えた。

「ああ──その顔、すごく好きだなあ」

 心底、愉しそうに。俺の首筋に人差し指を這わせ、つう、と撫ぜて。ごく、と息を飲み込んだ俺へ笑みを深める。
 

 茂部くん、かわいい。


 言葉を紡ぐ薄い唇が、やけにゆっくり動いて見えた。

「茂部くん。俺が、茂部くんと同じ大学目指すって言ったのも、まだ気にしてるでしょ」

「……なん、で……」

「顔を見てればわかるよ、それくらい」

 何も、言えない。図星だったからだ。さらに言えば、わざわざ俺に合わせる必要はないと、タイミングがあれば雑談の中でそれとなく示そうとしていた。それを察していたかのように、楓真は言葉を続ける。

「誰がなんと言おうと、俺はもう決めてるから。茂部くんの隣にいるって」

 握られた手に、力が込められる。
 俺を見下ろす双眸。その中に、どろりとした執着が見えたのは、俺の気のせいだろうか。背筋に、何かが走る感覚がした。
 見つめ合う時間は、永遠にも感じられた。それとも、たった数十秒だったのかもしれない。握った手にはじわりと汗が滲んで、熱い。

 突然、するりと手が離れる。あ、と声が飛び出そうになった。

「ふふ……ごめんね。意地悪しちゃった」

 先程までが嘘のように、あどけない表情だ。

 だけど。冗談というには、あまりにも──

 上から退いた楓真は、いつもの様子で。夢でも見ていたかのようだが──この手に残る感触は、紛れもない現実を叩きつけてくる。

「立てる? ああ、腰が抜けちゃったかな」

「……だい、じょうぶ」

「そう。よかった」

 何故だろう。何故、楓真はこんなことをしたのだろう。
 何故、俺は──楓真が離れる瞬間に、手を伸ばしかけたのだろう。何故、口惜しさを覚えてしまったのだろう。

 壊れてしまうくらいに脈打つ心臓と、胸が焦がれるような切なさに。俺はただ、上体を起こして、息を整えようと努めることしかできなかった。

 ……ああ。やっぱり俺は、おかしくなってしまった。頭を抱えても、帰着点は変わらなかったのだった。
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