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38:ロアの友情
しおりを挟む少し眠っていたらしい。深いところから意識が浮上し、エンリはゆっくり瞼を持ち上げた。
辺りは薄闇で、まだ夢の続きにいるようだ。背後から抱き込む素肌が心地よくて、大好きな人が操る闇の中でもっと微睡んでいたくなる。
「まだ朝には早い。寝てていいよ」
エンリが動いたのを感じたのだろう。ゼノンは後頭部にそっと口づけ囁いた。
「今は……ゼノンの闇の中……?」
「……これは、夜明け前の消えゆく闇。でも闇である以上は、君の眠りを妨げないよ」
声は愛しげにエンリの耳を震わせる。
災厄といわれる闇魔法だが、エンリにはいつも優しく頼もしい闇だった。ゼノンの闇と思えば心細さは感じない。彼もそうと知っているから、喜びを表すようにエンリを強く抱きしめる。
「……ゼノン」
「うん?」
「魔石を通して声を聞くのは禁止……」
「えー」
優しい拘束が徐々に眠気を遠ざけ、ゼノンと思いを交わしたことを実感させる。
未だ情事の余韻が残る体で、包み込まれて眠る状況は気恥ずかしい。けれどそれ以上に、捨てては置けない事実を思い出してしまった。
「えーじゃなくて……絶対にだめ。嫌いになる」
すでに効果はあってないような切り札だが、ゼノンは「嫌いにならないくせに」などと言ったりはしない。素直に頷き、後ろからエンリの耳に口づけた。
「わかった。じゃあその分、直接聞かせてね」
「……」
代わりに抜け目のない要求が返ってきて、エンリはぐっと言葉を詰まらせる。
「エンリの声が好きだよ。どんな声でも聞いていたい。聞き逃したくない。……ねえ、エンリは? 俺の声、聞きたくない?」
熱い吐息とともに吹き込まれる声に、びくりと肩が跳ねる。柔らかい舌が耳をくすぐり、かっと腹の奥に熱が灯った。
「……む、むり……っ」
「ふふ。エンリの無理には、違う意味があるって知ったからね」
庇うように体を丸めるエンリの肩を押さえ、ゼノンが上体を起こして覆いかぶさってくる。薄闇の中でも、欲に染まりきった赤い瞳は鮮やかな光を宿していた。
「ゼノン……っ」
制止の声は、息を奪うような口づけに封じられる。再び灯った熱が理性を焦がし、体内で暴れる欲望になす術もなく翻弄されるしかなかった。
◆◆◆
そうして朝まで愛し合った結果、当然のようにその日は学園を休むことになってしまった。
ゼノンは使用人たちにエンリの体調が優れないと伝えたようだ。仮病の心配をさせるのは申し訳ないが、そっとしておいてもらえるのは正直ありがたかった。
学園を休んだこともそうだが、勉強をサボったのもはじめてだ。けれど今日は何をしても手につきそうもない。
結局エンリは夕方まで一人ベッドで気怠く過ごしていた。その間にゼノンは従者服に戻り、エンリの世話と邸の仕事で忙しく動き回っている。
窓の向こうで陽が落ちはじめた頃、従者服に戻ったゼノンがエンリの部屋をノックした。
「エンリ。起きられる? ロアが来たよ」
「え」
「客室に通したけど、どうする?」
「会うよ。着替える」
ロアと聞けば、無視するわけにもいかない。エンリは急いでベッドから降り、ゼノンの手を借りて身支度を整えた。
急いで客室に向かうと、顔を上げたロアがエンリたちを見てにんまりと笑みを浮かべてみせる。
「やぁ。君ら、ようやく結ばれたの? 長かったね」
「……ロア……!」
エンリは顔を熱くして抗議するが、ロアはいたずらっぽい表情で手をひらひらさせるだけだ。
「邪魔してごめんね。昨日のことが心配でさぁ。あのあと何かあったんじゃないかと。ま、何かはあったみたいだけど?」
「連絡しなくて悪かったよ。勘弁して……」
羞恥に身を縮めて項垂れるエンリに、ロアはふんと肩を竦める。けれどその口元には、隠しきれない笑みが浮かんだまま。
昨日のことだけでなく、彼はずっとエンリとゼノンのことを心配してくれていたのだ。ようやく決着のついた関係を喜んでくれている。
「よかったね」
その一言にロアの安堵と祝福が詰まっていて、エンリは照れ隠しのようにこくりと頷いた。
ゼノンはロアの祝福にも平然としているが、エンリと目が合った瞬間だけふわりと微笑んでみせる。彼のエンリにだけ向ける感情は嬉しいけれど、もう少しロアを受け入れてくれてもいいのではないか。そう思うのは、エンリにも余裕が生まれた証拠だろうか。
「心配かけてごめん……ありがとう」
「うん、安心したよ。昨日のことはさぁ、どうせゼノンがいるから大丈夫だとは思ったんだけど」
ロアはもうゼノンが闇魔法の使い手と知っている。だから昨日のいかにも怪しい指示に対して、エンリの影を見て引き下がったのだ。
「例の彼女と、ひと悶着はあったんだよね? 学園では全然そんなこと伝わってこないんだけど、リオール様が僕のところにきて教えてくれてさ」
「リオールが?」
「生徒会が絡んでるんでしょ?」
「ああ……」
アイラの悲鳴を聞いて、間を開けずに駆けつけた三人の生徒会役員。あまりにタイミングがよすぎるため、あの一連の流れすべてが仕組まれたものだったのだろう。
三人に何を言って待機させたか知らないが、彼らはアイラのお守りの効果に染まっている。両手を塞がれたエンリに構わず糾弾するのだ。闇魔法が禁忌とされるのも当然だった。秩序と平等が簡単に崩されてしまうのだから。
「──昨日のこと。アイラが生徒会役員の一人に襲われた。幸い未遂。目撃者は何人かいるんだけど、王太子の名で口止めした。ところが今日、加害者が突然自己都合で退学した。目撃者たちもそれぞれの領地に戻って休学。理由は全員自己都合」
ロアがリオールから聞いたという状況を、一つ一つ指を折りながら話しはじめる。
「え……」
「アイラが襲われたってさ、それ、本当は君を加害者にしたかったんでしょ? 役員がさぁ、ぺらぺらしゃべったらしいよ。アイラに頼まれた通りにやったんだって」
「……」
エンリとロアの視線がゼノンに集中する。ゼノンはふっと口元に笑みを浮かべるだけだが、それが答えだった。ロアは肩を竦めて話を続ける。
「でも、彼女は今日もいつも通りだったよ。殿下にべったりくっついてニコニコ笑ってた。なんていうかさぁ、罪の意識がないよね。それもある意味純粋だから、聖魔法が機能するのかなぁ……謎。とにかく、彼女の後援者がね」
後援者、ヴァレンス侯爵のことだ。
「たぶんここにきて、アイラの異常な純粋さに気づいたんじゃないかな。たとえばクレア嬢なら聖女候補にしてしまいさえすれば、裏から根回しするだけでいい。でもアイラはとんでもない行動をとるから、学園にまで手を伸ばして醜聞を握りつぶさなきゃいけなかった」
侯爵は野望を持っているかもしれないが、その思考は理解の範囲内だ。狡猾な立ち回りをしていても、目的がはっきりしている。
対してアイラの行動は行き当たりばったりで、そもそも目的がばらけているような気さえしてしまう。
「侯爵にとっては、よくない状況だよね。アイラの行動原理が読めないだけに、この先もどうなるかわからない。……エンリはなぜかアイラに目をつけられてるから、気をつけてって。リオール様は忠告に来たんだよ」
「そうか……」
味方のはずの侯爵まで振り回すアイラ。行動には一貫性がなくても、彼女がゼノンに強く執着しているということだけは確信が持てた。
「どうせゼノンもいろいろ調べてると思うけど」
「ああ。でも俺もあの女が何を考えているかは、さっぱりわからない。聖魔法使いが相手だと、精神操作もうまくいかないし」
「……当然のように操作しようとしないでよ。僕も聖魔法使いでよかったよ」
「ゼノン……」
これを遠慮なくロアに言えるあたり、ゼノンも彼に気を許していると言えなくもないのだろうか。
「エンリを守るためだよ」
思わずこめかみを押さえて咎めれば、ゼノンは悪びれずに答えを返す。ロアは呆れたようにため息をつくが、気を悪くした様子はなかった。
「僕も教会の内部事情を探ってみるよ。アイラが聖女に選ばれることはないと思いたいけどね。ハビエル様も心配されてたし、さすがに僕も状況を見守るだけじゃ落ち着かなくなってきたし……」
「巻き込んで、ごめん」
元はアイラとの再会を憂いて愚痴を言うだけだったのに。事態は思いもよらぬ方向へ進んで、彼を煩わせることになっている。
エンリが目を伏せて謝れば、ロアは「やめてよ」と顔を顰めた。
「巻き込むっていうなら、王国民すべてじゃない? むしろエンリこそ一番変な形で巻き込まれてるよね。最悪、そこだけでも縁を切りたいところだよ」
「存在ごと消せばいいのに」
「ゼノン」
それは等価交換ではないだろう。エンリはおもしろくなさそうに顔を逸らすゼノンを睨むが、今度はロアまで悪い表情を浮かべて頷き返した。
「手っ取り早いのはわかるけど、それはエンリが気に病むだけだから。合法的に消さないとね」
「ロアまで……」
「いいでしょ、合法なら。平和的解決だよ」
「わかった。それを目指す」
急に二人が意気投合した。
感銘を受けたように大きく頷くゼノンに、エンリは思わず頭を抱えてしまう。
けれど昔からずっと変わらない彼らしさが愛おしく、それに安堵する自分も確かにいるのだった。
◇◇◇
ここでいったんの後書きにて、お礼させてください。
本作は第13回BL大賞にエントリーしていまして、ありがたくも多くの方に応援していただきました。いいねやエール、ご感想にはとても励まされてます。投票してくださった方、本当にありがとうございます。
期間内に完結まで書ききれなかったのは自分でも残念ですが、まだ票が残ってる方、「この先も期待!」と思ってもらえましたら、ぜひ1票を分けていただけたら幸せです。
お話はまだもう少し続きます。どうか最後までお付き合いください!
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