離縁した元夫が今更何の御用です?

yukiya

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 ミリガン王国の第四王女であるアンリと婚姻したのは、互いの国の友好関係を深める目的があったからだ。だがそれなら何故、側室に迎えなかったのか。その理由はただ一つ、政治に口を出す出しゃばりな女では無かったからだ。
 自国でもマリシオンに来てからも、アンリはただひたすら息を潜めていた。まるで生きているのか分からないくらいに表情を固めて。
 綺麗な女だとは思っていた。透き通るような白い肌に、眩しいほどの銀糸の髪。ぱちりと開いた瞳は大きくて、その唇は化粧をしていなくとも紅く膨らんでいた。
 綺麗だと思った。同時に、嫌いだと思った。今まで女を見ても何とも思わなかったのに、アンリの側にいると胸がぐっと詰まりそうになる。
 気に食わなかった。自分にこんな苦しさを覚えさせる彼女が憎かった。
 心苦しい理由なんて考えようと思わなかった。
 考えてしまったら、その答えを知ってしまったら、困ると思ったから。

「そんなに苦しいのでしたら顔を見なければ良いのでは?」
 そう言ったのは幼い頃から付き人をしているラスカだった。いつもにこにこと食えない笑みを浮かべている奴だが、主人には忠実だ。若いながらに前王からの信頼も得ていた。
 彼の言うことに間違いはなかった。彼女を見なくなれば心苦しくなる事はなかった。
 たまにふと脳裏をよぎるけれど、それには気付かないふりをしていた。

 そして放ったらかしにして、気が付けば二ヶ月が経って。何となく、会いたいだなんて考えてしまった。一度考えるとそれはもう止まらなくて、死んでいないか様子を見に行くだけだと自分に言い訳をしながら、私は彼女に与えられた部屋に向かった。
 けれど彼女は部屋にはいなかった。

 ふと、中庭から声がした。そちらへ目を向けると、彼女がいた。散歩でもしていたのだろうかと声をかけようとして、声が出せなかった。
 彼女は笑っていた。護衛の男と花を眺めて、その綺麗な顔に美しい微笑みを浮かべていた。

 気に入らなかった。
 何故気に入らないのか分からなかったけれど、とにかく嫌だった。
 どうしてこんな気持ちになるのか、本当に分からなかった。苛立つのに、ムカムカするのに、その原因が分からないからどうすることも出来ない。
 少し離れていてこんな思いをするのなら、近くにいたらいいんじゃないかーー。
 そんな思いが頭をよぎった。

「アンリ」
「……陛下」
 驚いたように目を瞬かせた後、アンリは無表情で頭を下げた。
 先ほどの笑顔はもう無かった。
「…久しぶりだな。元気だった…だろう?その護衛兵の男と談笑するくらいなのだから」
 ハッと笑って言い放った言葉はまるで、嫌味のようになってしまった。けれど彼女は淡々と言葉を紡ぐ。
「申し訳ございません。いらっしゃるとは思いませんでした」
「…その男がよければ次の再編成の際も側に居られるようにしてやろうか」
 ビクリと護衛兵の男が冷や汗を流した。別に睨んでいるつもりはないけれど、そう見えるのなら仕方ない。
 もしも彼女が良いのですか、なんて目を輝かせたらどうしよう。そんな思いが頭を過ぎったのも一瞬だった。
「私は陛下さえお側にいて下さったら、他には何も要りません」
 淡々として聞こえた。けれどその言葉がいつもと違うと、少し感情が篭っているような気がする等と私は考えていた。
「…私が側にいればいいと?」
「はい」
「側にいたいのか」
「はい。どうか貴方の側に置いてくださいませ」
 飛び上がるほど嬉しかったのに、その感情よりも先に、もっと可愛らしく言えばいいものを…と考えてしまう。
「他の側妃は私に愛を囁いていたが、お前は言わないのか」
 もっと愛想良く言って欲しい。私以外見えていないと全身全霊で表せばいい。
 そうしたら、私はーー。
「愛しております、陛下」

 返ってきたのはやはり、冷たい声と、冷たい表情と。それだけだった。

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