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会えば愛しているという。好きです、そばに置いてください。そう言うくせに、他の側妃と違って彼女は会いに来なかった。
あくまでも、会えば仕方なしというように言うだけ。
やはり、それがどうしても鼻について仕方なかった。どうしてわざわざ自分から会いに行かねばならないのか。向こうから来ればいいものを。
そう思って放置したところであの女が自分の部屋から出て来ることなどまず殆どない。文句を言いたいところだが、王妃の義務を果たしている彼女に文句を言えるはずもなく。
「そんなに不満がおありでしたら、他の者を正妃に据えてはどうですか」
ある日、ラスカが呆れたようにそう言った。ーー成る程、こういう方法があったか、と。
きっとあの女は表情に出にくいのだな。だから自分がきっかけを作ってやらねば。
「お前には飽きた。一週間以内にここから出て、国にでも帰れ」
呆然とした顔をする彼女に、滑り出しは順調だと思った。きっともう少し追い討ちをかけたら、嫌ですと縋り付いて来るだろう。
「…国に帰れ、とは、一体…」
「言った通りだ。言っておくが泣こうが喚こうが、決定事項だ。次の正妃はもう決めている。今日からでもこの部屋の荷物をまとめるんだな」
「離縁と、いうことでしょうか」
スッといつもの表情に戻った彼女を見て、え、とシーザは胸が痛くなった。どうしてこんな時にまでそんな表情で居られる?
「…他になにがある?」
彼女が自分の胸に手を当てて、確かめるように問いかけてきた。
「もう、覆らない、決定事項ということでよろしいですか」
「何度も同じことを言わせるな」
何となく、今自分は歪んだ表情をしているのだろうな、と思った。早く、早く否定してほしい。嫌ですと、いつものように無表情でもいいから、早く愛を囁けばいい。どうして早く言わない?
焦りと怒りが胸の奥から競り上げてくる。
と、その時だ。
(…わら……った……?)
確かに、口端が吊り上がったのを、シーザは見逃さなかった。
「分かりました。三日の内に荷物をまとめて国へ帰らせて頂きます」
やはり、気のせいではなかった。今度こそ彼女は笑った。自分が見たこともない、中庭でも無かったほどの笑みを浮かべて。笑うとこんなに綺麗なのか、とどこか冷静な頭で考えていた。
けれど今はそれどころではない。どうして本気で出て行こうとしているのだ。なに?と、思わず焦りで上擦った声が出る。
「…お前、分かっているのか。私はお前に出て行けと…」
「えぇ、喜んで離縁させて頂きます。私もこの日をずっと待ち望んでおりましたもの、万々歳で荷物をまとめさせて頂きますわ」
「は?」
なにが起こっている?目の前にいるのは本当に、あのアンリなのか?
無口で、いつだって物静かに、表情を簡単には変えなかった彼女は、もうそこにはいなかった。
ーーお前は誰だ?
「あら……まさか私の愛の言葉を、本気で信じていたわけでもありませんでしょう?」
彼女が私に囁いた言葉。貴方が好きです、貴方を愛しています、側にいさせてください。
その言葉が真実ではなかったのか?
「お、お前、私のことを愛していると…」
「…城での言葉を本気と受け止めるなんて、一国の王たる方が情けないものですね」
フッと鼻で笑で笑われる。馬鹿にされても、それを咎めるだけの余裕も何も無かった。
「この際ですから言いますけれど、貴方を愛したことなど一度もございません。貴方を嫌いと思ったこともありません。私は貴方のことが心底どうでもよろしいです」
「なん…だと…?」
「どうせ政略結婚ですもの。そんなものでしょう?では、王妃の仕事の後任だけさせたいので次の王妃となられる方を連れて来て頂いてよろしいですか?」
訳がわからない。訳が分からなくて、どうにか彼女を引き止めなければ、傷付けて、自分の元に置いておかねば。そんな意味の分からない思考が、己の脳を蝕んでいった。
「はっ、何をするつもりだ?危害でも加えようと…」
「するわけがないでしょう?する理由もありませんと何度説明すれば分かりますか。貴方に、興味が、ないんです」
「っ…お前の言葉など信用するわけないだろう」
「…では後任はしませんから、お好きにどうぞ。離縁した後に何か聞かれても、私が返事をすることはありませんからね」
本気で離縁するつもりのようだ。
気が付けば私は部屋の外に追い出され、とにかくどうすれば良かったのか分からなかった私は、侍女に命令して様子を見に行かせた。
後悔しているというのなら、こちらからチャンスを与えてもいいーー。
そんな想いは、「それはそれは嬉しそうに、安心された寝顔を見せておられました」という報告と共に砕け散ることになったのだが。
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