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闇賭博編

第6話 借金を背負わせる手口

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 早田さんは、いまから半年ほど前のある春の夜、ゼミのお花見に参加したが、二次会に呼ばれずいささかプライドを傷つけられ、ひとりで飲み直そうと思い、新陶の裏通りを歩いていた。そこを男2人組に捕まってしまったのだという。
「ゲームで遊ばないか」
 ぼったくりバーの客引きかと最初は警戒したが、話を聞いたかぎりでは本当にただゲームで遊ぶだけらしかった。それなら問題ないだろうと早田さんは思ったそうだ。これが「きれいなお姉さんがいる店があるんだけど」などと声を掛けられたのなら無視していたのに、とは本人談である。

 早田さんは、二人に挟まれるようにしてビルの一室に連れていかれた。酔っていたからどこのビルだか覚えていないが、赤い花が店内にたくさん飾ってあったことだけは記憶しているという。

 店内には数人の先客がおり、彼らとともに花に囲まれたテーブルで、ゲームという名の闇賭博――バカラに興じた。
 バカラというのはカード系ギャンブルの定番で、胴元とプレイヤーのどちらが勝つかを予想して賭けるだけの単純なゲームである。しかし、単純だからといって油断してはいけない。実は中毒性の高いギャンブルなのだ。バカラという名称も、イタリア語で「破産」を意味するぐらいである。気づけばすってんてん、そういうゲームであり、にもかかわらず客を熱狂させる破滅型ギャンブルなのだ。

 案の定、早田さんも夢中になってしまい、持ち金をあっという間にすってしまった。泣く泣く帰ろうとしたとき、男が金を貸してくれると言い出した。すっかりゲームにハマってしまっていた早田さんは、金額も確認せずに貸してもらうことにした。酔っていたから気が大きくなっていたのかもしれない。あるいはこれがバカラの怖ろしさなのかもしれなかった。
「勝ったら色つけて返してくれよ!」
 もちろん本人もそのつもりだった。
 だが……。
 早田さんは借りた金をもすってしまった。

 そういうわけで、一晩で有り金を巻き上げられた上に、さらに借金までこさえたのであった。
 しかも、自分がいくら借りたのかもはっきりしないという有様だ。その夜は学生証を取り上げられて、解放してもらったらしい。

 後日、早田さんは、金を借りた男から呼び出されて、いかにも金持ちそうな家につれていかれた。
 彼らはヤクザだと名乗り、借金について借用書を取り交わしたいと言い出した。
 早田さんは銀行でおろしてきたお金100万円を持参していたのだが、その借用書にあった額は1000万円。酔っていて記憶がないとはいえ1000万円も借りた覚えはないと早田さんは主張したが、「闇賭博に手を出したことを大学にちくるぞ。退学になってもいいのか」と脅されてしまい、持っていた100万円を「借用書の発行手数料だ」と言って奪われ、1000万円の借用書にサインさせられたという。
 早田さんは警察に相談しようかとも思ったが、闇賭博に手を出した手前、それはためらわれた。
 ヤクザからは毎月10万円払うよう言われており、バイト代や親からの仕送りを返済に充てていたが、当然足りるはずもなく、やがてマチ金で借りるようになり、ついにはヤミ金にまで手を出してしまった。借金が雪だるま式に増えていくお決まりのコースだ。

 そういうわけで、親兄弟にバレるのをおそれて電話にも出ず、ひとりで部屋にひきこもって悩んでいたらしい。

 話を聞いて、ヤミ金はおおげさにため息をついた。
 でも私はにっこり笑った。
「そのヤクザの自宅ってどこにあるんですか」
「え、なんでそんなこと……」
 早田さんもヤミ金オコゼも、そろって首をかしげている。
「大体の住所でいいんですけど、覚えてますか」
「えっと、盛り場から車で10分ぐらいのところでしたけど」
 私はスマホの地図アプリを起動し、場所はどのあたりか指し示してもらった。新陶の最寄り駅「康小見やすおみ駅」の一つ隣の駅「坂蔵さかくら駅」からやや離れたところにある住宅街のあたりだ。
「なるほどですね。じゃあ、行きましょうか」
 スマホをしまい、早田さんの腕をつかんで引っ張ったが、早田さんは怯えたような顔で私を見つめるばかりで動こうとしない。
「ど、どこに行くんですか」
「え? ヤクザの家ですけど。お金を返してもらわないと。少なくとも100万円はヤクザのところにあるようですから助かりました」
 早田さんが滞納しているお家賃は6万円かける3ヶ月分、計18万円だ。100万円取り返せれば、余裕で払える。
 早田さんはすごい勢いで私の手を振りはらい、顔を引きつらせた。
「絶対無理です、殺されます」
「大丈夫大丈夫」
「いや、大丈夫じゃないだろ、相手はヤクザだろ? やめとけ」と、ヤミ金が口を出してきた。
「おやあ? もしかしてヤミ金さん、知らないんですかあ?」
「何がだよ」
「早田さんが連れていかれたあたりにはガチのヤクザは住んでないですよ」
「はあ? なんでそんなことがわかるんだよ」
「それは、うちが夜の街の不動産屋だからです。うちはキャバクラとかホストクラブとかの賃貸物件を主に扱っている会社だから、お客様や取引先に組関係者がいないかどうか調査しますもん。警察とも情報をやりとりしてますし、ヤクザ情報は把握してます。だから知ってます。あの地域にはガチのヤクザが住んでいる住宅はない」
 ユウゲキが目を光らせている康臣市内にヤクザが不動産を買ったり借りたりすれば、警察経由ですぐさま情報が来ることになっているのだ。
「ヤ、ヤクザじゃない……?」
 早田さんの顔が希望に輝き始めた。ありゃ、ちょっと勘違いさせてしまったみたい。
「えっと、ガチの人ではないっていう意味です。つまり正式な構成員ではないけれど、ヤクザとのつながりは否定できない、という意味ですね」
「それってつまりヤクザみたいなもんってことじゃないですか」
 早田さんは泣きそうな声になっている。
「まあ、そうですけど、ガチじゃないんだからそう悲観しなくても」
 ガチなら警察に任せるしかない。カタギが口を挟む余地はないから、早田さんのお金の問題は相当こじれるだろう。でも、ガチではないのなら交渉の余地はある。それにチンピラがヤクザを騙っている可能性もある。騙りならユウゲキの名前を出せば100万円回収の成功率は高いだろう。でも変に期待させても悪いから黙っておこうっと。

 早田さんはいやいやをするように首を振りながら、床に土下座するみたいにつっぷした。私が引っ張ってもびくともしない。
「しょうがないなあ、じゃあ、ヤミ金さん、一緒に行きましょうか」
「なんで俺が」
「お金の回収しなくていいんですか?」
「それは、そうだけどよお……」
 悩んでいるみたい。まあ、相手はヤクザの息がかかってるっぽいしね。私としても、このコワモテのヤミ金さんがついてきてくれると心強いけれど、別にいなくても困るほどではない。
「無理には誘いませんよ。じゃ、私は行ってきますので」
 私ひとりでお金を回収できたらうちが総取りだ。滞納分の6万円かける3ヶ月分で18万円をもらって、残った82万円は早田さんに返してあげようっと。
「ま、待て、俺も行く。俺だって金を回収したい」
「ううん……」
 なんだろうな、この人。どうも軽率というか、単純というか。私から誘っておいてなんだけど、相手はヤクザかもしれないのに、よくついてくる気になるものだ。もしかしてヤミ金としての経験が浅いのかな。
「そうそう、ヤミ金さん」
「なんだよ」
「万が一のことを考えて、結婚指輪は外しておいたほうがいいですよ。奥さんを人質に取られたくないでしょう。ここへは車で? 車は置いていきましょう、ナンバーを控えられても面倒です。あと名刺や免許証も持っていかないでね。さあタクシーを呼んでください」
 そしてタクシー代を払って! 私のかわりに!
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