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闇賭博編

第11話 生活安全課

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「きょうお願いしたいのは、まずリフォームの相談伺が4件ありまして……」

 キャバクラの間取りというのは、営業許可がおりる条件が厳密に決められている。もしもリフォームした物件を「キャバクラ利用OK!」なんて宣伝文句をつけて広告を出し、賃貸契約を交わした後、この間取りじゃキャバの許可はおりませんよと警察から言われたら、お客様とトラブルになってしまう。へたしたら賠償金が発生するおそれもあるのだ。だから、うちでは事前に警察に相談する、その名も「相談そうだんうかがい」というのをやることになっていた。

「相談伺とは別に、ちょっと面倒な相談も1件あるんです」
 闇賭博の件だ。警察が状況を把握しているなら、うちにも情報を回してほしかった。
 だが、 先﨑せんざきさんは大げさなほど身を引いた。
「うわ、聞きたくない。帰ってもらっていい?」
「いやいやいや、聞いてくださいよ」
「あ、そうだ俺、交通課の手伝いに行かなきゃ」
「待って待って。4件はすぐ済む話ですし、あと1件はきっと先﨑さんが興味ある話ですよ」
 私は返事を待たずに4件分の書類をテーブルに並べた。先﨑さんは嫌そうな顔をしながらも目を通してくれた。
「不許可、不許可、図面を出せ、写真を出せ。以上」と、それぞれの書類を指ではじきながら、すらすら答えた。
「さすが先﨑さん。風営法を丸暗記しているだけあって仕事が早い」
「お世辞はいい。で、もう1件は」
「闇賭博、バカラをやってる連中がいまして、うちの客がカモになりました。借金まみれにされちゃって、お家賃を滞納されてしまって困っています」
 先﨑さんの目が鋭く光った。この柴犬は普通の相談業務にはすっかり飽きがきているのだが、物騒な相談は大好物なのである。
「何何何」
「バカラ? バカラ?」
 キャバクラのリフォームについての相談はどんなに大声で話していても聞こえないのに、犯罪の話ならどんな小声でも聞こえる特殊な耳を持つ生活安全課の職員たちがわらわらと集まってきた。

 先﨑さんは腕組みして険しい表情をした。
「そういう話はうちには入ってきてないけど」
「そうでしたか。かなり用心深いんですかね。でもヤクザを名乗ったりするところは大胆ですが」
 場がぴりっとした空気になった。
「どこの組のもんだって?」
巳一会みはじめかいだそうです」
「みはじめぇ? このあたりじゃ珍しいな。はったりじゃないの」
「ですかねえ」
 そうだといいのだが。
 ちなみにここの警察官たちはみんな、私に対してはタメ口である。もちろん一般の相談者に対しては敬語だ。お役所というのは、「業者」に対してエラソーなのである。
「被害者ってどういう人?」
「言えません」
 早田さん、内緒にしたがってたし。
「え、もしかして自分? 友達の話とかいって、自分のケースだったりして」
 警察官はニヤニヤ笑っている。
「違います、私じゃないです!」
「カタギだよね?」と、別の警察官。
「はい。普通の大学生です」
 これぐらいなら言ってもいいだろう。
「学生かあ。ヤクザが直接狙うにしちゃ……」
 うーん。やっぱりそこが気になる。獲物が小物すぎる。それに早田さんへの要求も架空の借金請求だけで留まっている点も実は気になっていた。相手がヤクザなら、とっくに犯罪の片棒を担がされていてもおかしくないのに。
「まあ、ヤクザだろうとヤクザじゃなかろうとどちらにしても弊社としては困っているんです。そいつらのせいで家賃滞納されてるし、これを足がかりにして犯罪グループに力をつけられでもしたらたまったもんじゃないですもん」
 私がそう言うと、警察官たちは急にきまじめな顔になって頷いた。

 犯罪が横行して、夜の繁華街から客足が遠のくようなことがあってはならない。ましてやカタギが狙われるなど言語道断。よその街はどうだか知らないが、新陶の街に反社はお呼びじゃないのだ。そういう意味で、弊社と警察は協力関係にあった。

 その後、早田さんの個人情報だけは内緒にしつつ、ほかの知っている全ての情報を先﨑さんに伝えた。もちろんイケオジのこともだ。
「じゃ、情報提供ってことで受けとく。なんかわかったら電話するから」
 それで話はおしまいとばかりに、先﨑さんはしっしっと私を追い払うジェスチャーをした。つくづく失礼な柴犬である。
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