日蝕ただなかにありて

ゴオルド

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第三話

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 働きはじめてから三年経った。

 やりがいなんてものは、特に感じられなかった。問題のない生徒、問題のない教師、問題のない家庭。淡々と過ぎていく時間。この学校のどこにも問題なんて見当たらない。私はここで必要とされているのだろうか。

 ある日、保健室の先生から「保健室だより」の作成を頼まれた。頼まれたからには引き受けないと悪いと思ったので、さっそく作成のために相談室のパソコンを立ち上げたが、何を書けば良いのかさっぱり思いつかない。

 頼まれたのは十月号だ。十月って何があるんだっけ。ネットで調べてみても、保健室と関係ありそうな話題は見つからなかった。保健室らしい、なおかつ十月にぴったりな話題とは何だろう。

「人体……人体の神秘……秋なら不定愁訴とか。いや読み手は中学生だし」

 そんなことをつぶやきながら、何時間もパソコンとにらめっこしたが、紙面はちっとも埋まらなかった。


 家に帰ると、リビングにマッサージチェアが置いてあった。母が嬉しそうに革張りの背もたれを撫でている。
「お母さん、それ、どうしたの」
「通販で買ったのよ。ほら、試してみて」
「う、うん」
 私はスーツ姿のままマッサージチェアに座ってみた。母がボタンを操作すると、背中をげんこつで叩かれているような痛みが走り、思わず立ち上がってしまった。
「ちょっと、どうしたの」
「え、うん、痛くて……」
 母の口元がきゅっと結ばれた。
「あなたが欲しいだろうと思って、お母さん、買ってあげたのに。それなのにあんまりじゃない」
「そうなんだ。ごめんね。私、これ欲しかった……んだね?」
 マッサージ器を欲しいと思ったことなんて人生で一度もない。

 結局、そのマッサージチェアは母が使うことになった。だって、私が使わないから。母は私の不要品を引き取ってくれたのだ。母には悪いことをした。私のために買ってくれたのに。

「仁美はひとりっこだから、本当にわがままなのよね」
 母はいつもそう言う。
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