この毒に身を焦がせば

ゴオルド

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第8話 旦那さんと別れてくださいって言われても

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 まだ明るい時間だが、夫が帰ってきているのだろうか。だとしても鍵を閉め忘れるだなんて、あの人らしくない。もしや空き巣だろうかと警戒しながらドアを開けると、見慣れない女物のパンプスが玄関のど真ん中に履きそろえられていた。ピンクベージュのちょこんとした靴は、私からしたら子供用かと思うぐらい小さかった。

 これは浮気相手のパンプスに違いない。

 敵が乗り込んできたのだ。それを迎え撃つほどの敵意はもう私にはないし、喧嘩になったら嫌だなと思ったが、彼女が自宅にあがりこんでいる以上、直接対決は避けられない。
 私は溜息をつきながらリビングに続くドアを開けた。

 ソファに腰掛けてスマホをいじっていた彼女は、ドアのあく音に気づいて立ち上がると、私をさっと一瞥した。ほんの1秒かそこらで、全身くまなく観察されて査定されて値段をつけられたような気分だった。

 げんなりしつつ、「どちらさまですか」とわかりきったことを尋ねた。

「私は近藤菜乃歌なのかって言います。旦那さんと別れてください」
 名乗りと同時に切りかかる。先手を打って、相手の虚を突く戦法なのだろうか。あまりにも好戦的で不躾だった。私はまじまじと相手を観察した。

 まだ若い、二十歳そこそこの彼女は、華奢で小さくて、顔立ちも整っており、華やかな空気をまとう女性だった。着ているものもおしゃれで、ファッション誌の中から飛び出してきたかのよう。

 彼女のつむじを見下ろす。こんなに可愛い子が不倫して、あんな30過ぎのモラハラ男に青春を捧げるなんて……。むしろ同情してしまう自分がいた。やっぱり不倫は間違っていると再認識しながら、私は口を開いた。

「別れてもいいですよ」
「……えっ」
 彼女の眉間に皺が寄った。聞き取れなかったのだろうか? じゃあ、もう一度。

「別れてもいいです」
「え、でも、奥さんが別れてくれないって、しょーちゃんは言ってたのに」
 しょーちゃんと呼ばれているのか、あの人。なんだか滑稽で笑ってしまう。

「私は別れてもいいです。夫にはそう言っています。離婚を拒否しているのは夫のほうですよ」
 ちょっと前までは、立場が逆だったけれど。

「……何ですかそれ!」
 彼女は突然逆上した。私が面食らっていると、さらに「嘘つき!」と詰られた。
「えっと……?」

「なんでそんな嘘をつくんですか。奥さんは自分が婚姻関係にあるからって、余裕ぶって嫉妬してないフリなんかして、すごく感じが悪いですね」
「ええ……?」

 何がなんだかわからないのだが、彼女の中で勝手にストーリーができ上がっているようだ。いや、夫から嘘を吹き込まれているせいで、彼女は思い違いをしているのかもしれない。洗脳されているとも言える。つくづくひどい夫だと思う。

「しょーちゃんが本気で私を愛しているから、奥さんは嫌がらせで離婚に応じないんでしょ」
「違います」
 うんざりした声で答えると、彼女がむっとふくれた。

「違わないです。だって、私、しょーちゃんから聞いたんです。浮気を治す薬を飲ませようとしているって」
「ああ、そういえば、そんなこともありましたね」
 それが飲み薬なのかどうかは知らないけれど。

「ほら、やっぱり!」
「でも、もうやめました。浮気なんか治さなくていいから離婚してほしい、それが今の私の気持ちです」
 彼女は上目遣いで睨んできた。

「どうしてですか? どうして嘘をついてまで私の邪魔をするんですか? 私が不幸になるのがそんなに面白いですか?」
 私はもう呆れるばかりで言葉もない。これが人の夫に手を出した人間のいいぐさだろうか。

「奥さん性格悪すぎませんか。私は離婚してもいいけど、夫が離してくれないの、なんて嘘をついて……。しょーちゃんと私の純愛を妨害しないでください」
 さすがに言い返したくなった。
「何が純愛ですか、不倫のくせに」
 言いながら、自分の胸がちくっとした。

「ひどい! なんでそんなひどいことを言うんですか! 私たちのこと何も知らないくせに。最低!」
「もう……何を言っても無駄みたいですね」

「それはこっちのセリフです。奥さんが離婚してくれないなら、私だって考えがあります。お邪魔しました!」
 彼女は、乱暴にドアを閉めて帰っていった。ただ、ドアを閉める前、最後に余計な一言を付け加えるのを忘れなかった。
「奥さんは女として私に負けてますからね? 性格までブスになったらおしまいですよ?」

 
 ついさっきまでは、うちの夫が若い娘を騙しているんだろう、気の毒にという気持ちだったが、直接会って話をしてみて、性格面もお似合いの二人だったんだなということがよくわかった。

 もう勝手にして、私は知らない。そんな気持ちだ。

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