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第1部 第69話

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貴族街の准男爵と呼ばれる男の家から、トウの役場の所長を救出したエデイたちは、急ぎ、所長を連れて王都の平民街にあるエディの個人会社へ逃げ込んだ。



監禁した日にちが長かったこともあり、所長は酷く衰弱していた。



エディは、一緒だった部下に医師を派遣させる為に外へ向かわせ、取り敢えず、所長の方は休ませるようにした。



所長の様子を暫く見届けてから、エディは、自分の執務室へ向かう。



別れたジルの行動が気になりながらも、王都にある自分の店についての書類に目を通していると、部屋の扉を叩く音がした。



「入れ」とエディの返事で入室した部下が「お医者様を連れてきましたので、今から診て貰ってきます」とだけ告げて、再び、扉を閉めていく。



それから暫くすると、また、扉を叩く音がし入室の許可をすると、先程、医師を伴って来たと告げた部下が今度は部屋に入って来た。



「診察して頂きました。極度の心労と栄養不足からなるものだとの事です。それから、馬車の移動についてですが、今は状況的に厳しいとのことでした」



部下の言葉に、エディは「そうか」と言い、大きなため息をついたのだった。



「後、ジルからの連絡もなく、交代の者も出たっきりのままです」



部下がそう報告してから、一礼をし執務室を後にした。



エディは、その後も書類に向き合い過ごしていると、外はうっすらと暗くなってきていた。



室内には、予め、部下が灯したオイルランプが室内を照らしている。



所長を救出してから、時間がかなり経つがエディたちが動いたことは、相手には知られていないようで、今の所、怪しい人物の接触などの連絡はない。



エディは、執務机から立ち上がり部屋の窓に近寄り、そっと、カーテンを引き寄せながら外を眺める。



薄暗くなってはいるが、外の景色は、エディが知るもので何の変哲もない。



人の気配も見受けられないことから、ここに来て、エディも漸く落ち着きを取り戻せた。



エディが再び、執務机へ戻ろうとしたところに、再び、扉が叩かれた。



「入れ」



静かな声で、エディが応えると、顔を出したのは、今日、初めて顔を合わせた部下である。



「すみません。遅くなりました」



いつもの部下の様子とは違い、少し、服装も乱れ、顔には汚れまである部下の姿にエディが眉を顰める。



「報告に参りました。例の女の家に、ジルさんの指示を受けて騎士と共に捜査し、セフィの確保とジムラルの遺体を発見致しました」



部下の言葉に、エディが目を大きく見開いた。



「突入したのか?」



「はい、交代の時間に女の家に向かった時、ジルさんが女の家に張り込んでおられ、その際に、ジルさんから、室内にセフィもいると言われまして。二人で様子を見ていると、女が外出する時があり、ジルさんは女を、私は、セフィの確保をとなり動きました」



自分の状況とジルからの言葉を、部下はエディへと伝えた。



「よくやった。で、セフィはどこに?」



エディが部下に尋ねると、部下が少し口ごもる。



「ジムラルが閉じ込められていた部屋に、奴も入れられていた事で、精神が少し・・・」



部下の言葉に、エディが苦虫を噛み潰したように顔を顰めだした。



「そうか、ジムラルの死因は?」



「多分、薬物ではないかと、最近、禁止薬物が他国を通じてひそかに取引があるとかで、ジムラルの死にざまが酷似だとかでした」



エディは部下の言葉を聞き、手を額に当てて目を伏せる。



「で、女は雲隠れか・・」



「ジルさんが戻られていないので、そうだと思います」



そう口にした部下の顔も沈んでいる。



「お前はよくやってくれた。ジルの事は気にせずに、お前は今日は戻って、早く体を休めろ」



エディに労いの言葉を貰った部下は、一礼して執務室から下がって行った。



部下が出てから、室内はエディのペンを走らせる音だけがずっと響き渡っている。



外は、もう夕闇になっているが、ジルの足取りはわからない。



所長を監禁していた准男爵の方は、あれから動きはあったようだが、自分たちを追ってのことではなかったようだ。



人の目を気にしながら移動をされ、追跡していた部下は撒かれたと、先程、報告があった。



それはそうだろう、囲っていた男を誰かわからない者に奪われたのだから、警戒心が増す事は仕方がない。



うちの部下も王宮や高位貴族が抱える密偵のプロではないので、撒かれるのは致し方ないことだ。



後は、ジルがどこまで女に喰らいついて、本星へと近づけるかどうかだが・・・



当てにしていたジムラルが死んでしまった今は、あの女しか手繰り寄せる術がない。



「ジル、頼んだぞ・・」



そう口にしたエディは、窓の方へ視線を巡らせたのだった。



その頃、ジルは女が乗る馬車を追って貴族街を外れ、尚も先に進んで行き、とうとう王都も外れたというのに、馬車は止まることがないので、ジルもそのまま馬車を追い、馬を走らせている。



王都を抜け人家がなくなった辺りから、すっかり行く手は薄暗くなり、ランタンなど明かりがないジルにはかなり厳しい追跡となってきていた。



『クソ!』



馬車の速度が夕闇と共に急に上がり出す。



どうやら追いかけていることがバレたようだ。



ジルの乗馬の速度は、ロビン曰く、恐ろしい速度を出すとされているが、馬車はそんなジルに仕掛ける様に速度を上げていく。



昼間は、王都の中をのらりくらりと走らせていた馬車が、鬱蒼とした木々が生い茂る道を走り出したかと思えば、急に速度を上げジルとの距離を引き離していく。



ジルは馬の背から体を浮かせてから、足で馬の腹を蹴り上げ、こちらも速度を上げる。



しかし、馬車の御者が繋がれた馬に向けて撃つ鞭の回数は多く、馬車はぐんぐんとジルを引き離す。



「くっ・・」



これが昼間やランタンの明かりでもあれば、ジルの追跡は続いたのかもしれないが、無情にもジルは女の馬車を見失ってしまった。



ジルは馬から下りて、馬と共に歩き出す。



木々の合間から月が照らす道を、近くで見る為にだ。



ジルが目にする道には、月明かりのお陰で、馬車の車輪跡がうっすらとだが見えた。



時間が掛かるが、どこかで明かりを調達してから捜索を再開するしかないと考え、ジルは薄暗い道に残された遥か遠くまで続いている馬車の車輪跡を追っていくのだった。

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