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沈黙の反逆
告解の時間
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禅堂の奥、薄暗い小部屋にて――。
「告解(こくげ)」と呼ばれる時間がある。
僧が一人ずつ稚児を呼び出し、心の乱れや過ちを尋ね、仏にすがるよう促す。
だが、実態はほとんど“思想の監視”であり、稚児たちが寺に対して不満や疑念を持っていないかを探る目的だった。
今宵、呼び出されたのは千寿だった。
障子の向こうにいるのは、**道賢(どうけん)**という中年僧。
声は穏やかだが、鋭い観察眼を持ち、告げ口や密告の多くを仕切っている人物である。
「千寿。そなたの心に、迷いはないか?」
「――はい」
「昨日の夜分、裏庭に人の気配があった。何か話し合っていたようだが……気のせいかもしれぬな」
千寿は動じなかった。
微笑を崩さぬまま、低く答えた。
「月が綺麗だったので、ひとり、散歩をしていました」
「ふむ……弥晴も、そう申しておった」
沈黙。
「そなたは、覚蓮様の寵愛を受けている。ゆえに、他の稚児たちがそなたを妬むこともあろう」
「はい、心得ております」
道賢は、しばし千寿の顔を見つめていた。
やがて低く、言葉を続ける。
「仏はすべてを見ている。心を偽れば、いずれ因果がその身に返るぞ」
千寿は静かに頭を下げた。
だが、彼の心はすでに、仏に向けてなどいなかった。
※
告解の後、千寿は桂丸、恵心、弥晴と再び集まった。
彼らもそれぞれ僧に呼ばれ、探られたという。
「……どうする?」桂丸が問う。
「始めよう」千寿は言った。
その夜、千寿は紙を広げ、仏教経典の一節を書き写した。
『仏の心は清らかにして、穢(けが)れを離れ、慈しみの光をもって万物を包む』
その下に、こう添えた。
「ならば問う。我らが受ける痛みは、慈しみか?」
翌朝、その紙は誰とも知れぬ手によって、仏堂の柱に貼られていた。
僧たちは騒然となり、即座に剥がされたが、見た者は少なくなかった。
「誰がこんなことを……」
「稚児の中に、不満を持つ者がいるのか……」
僧たちの間に、不穏な空気が流れ始めた。
そして、千寿たちの“問いかけ”は、静かに次の段階へ進み始める――。
それは、「声」を集めること。
誰が名乗らずとも、誰かが感じているであろう「疑念」を、火種として灯すこと。
千寿の革命は、いよいよ“沈黙の反逆”から、“共鳴”の段階へと移っていく。
「告解(こくげ)」と呼ばれる時間がある。
僧が一人ずつ稚児を呼び出し、心の乱れや過ちを尋ね、仏にすがるよう促す。
だが、実態はほとんど“思想の監視”であり、稚児たちが寺に対して不満や疑念を持っていないかを探る目的だった。
今宵、呼び出されたのは千寿だった。
障子の向こうにいるのは、**道賢(どうけん)**という中年僧。
声は穏やかだが、鋭い観察眼を持ち、告げ口や密告の多くを仕切っている人物である。
「千寿。そなたの心に、迷いはないか?」
「――はい」
「昨日の夜分、裏庭に人の気配があった。何か話し合っていたようだが……気のせいかもしれぬな」
千寿は動じなかった。
微笑を崩さぬまま、低く答えた。
「月が綺麗だったので、ひとり、散歩をしていました」
「ふむ……弥晴も、そう申しておった」
沈黙。
「そなたは、覚蓮様の寵愛を受けている。ゆえに、他の稚児たちがそなたを妬むこともあろう」
「はい、心得ております」
道賢は、しばし千寿の顔を見つめていた。
やがて低く、言葉を続ける。
「仏はすべてを見ている。心を偽れば、いずれ因果がその身に返るぞ」
千寿は静かに頭を下げた。
だが、彼の心はすでに、仏に向けてなどいなかった。
※
告解の後、千寿は桂丸、恵心、弥晴と再び集まった。
彼らもそれぞれ僧に呼ばれ、探られたという。
「……どうする?」桂丸が問う。
「始めよう」千寿は言った。
その夜、千寿は紙を広げ、仏教経典の一節を書き写した。
『仏の心は清らかにして、穢(けが)れを離れ、慈しみの光をもって万物を包む』
その下に、こう添えた。
「ならば問う。我らが受ける痛みは、慈しみか?」
翌朝、その紙は誰とも知れぬ手によって、仏堂の柱に貼られていた。
僧たちは騒然となり、即座に剥がされたが、見た者は少なくなかった。
「誰がこんなことを……」
「稚児の中に、不満を持つ者がいるのか……」
僧たちの間に、不穏な空気が流れ始めた。
そして、千寿たちの“問いかけ”は、静かに次の段階へ進み始める――。
それは、「声」を集めること。
誰が名乗らずとも、誰かが感じているであろう「疑念」を、火種として灯すこと。
千寿の革命は、いよいよ“沈黙の反逆”から、“共鳴”の段階へと移っていく。
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