稚児維新 〜美しき者が天下を覆す時〜

ましゅまろ

文字の大きさ
6 / 40
沈黙の反逆

告解の時間

しおりを挟む
禅堂の奥、薄暗い小部屋にて――。
「告解(こくげ)」と呼ばれる時間がある。

僧が一人ずつ稚児を呼び出し、心の乱れや過ちを尋ね、仏にすがるよう促す。
だが、実態はほとんど“思想の監視”であり、稚児たちが寺に対して不満や疑念を持っていないかを探る目的だった。

今宵、呼び出されたのは千寿だった。

障子の向こうにいるのは、**道賢(どうけん)**という中年僧。
声は穏やかだが、鋭い観察眼を持ち、告げ口や密告の多くを仕切っている人物である。

「千寿。そなたの心に、迷いはないか?」

「――はい」

「昨日の夜分、裏庭に人の気配があった。何か話し合っていたようだが……気のせいかもしれぬな」

千寿は動じなかった。
微笑を崩さぬまま、低く答えた。

「月が綺麗だったので、ひとり、散歩をしていました」

「ふむ……弥晴も、そう申しておった」

沈黙。

「そなたは、覚蓮様の寵愛を受けている。ゆえに、他の稚児たちがそなたを妬むこともあろう」

「はい、心得ております」

道賢は、しばし千寿の顔を見つめていた。
やがて低く、言葉を続ける。

「仏はすべてを見ている。心を偽れば、いずれ因果がその身に返るぞ」

千寿は静かに頭を下げた。

だが、彼の心はすでに、仏に向けてなどいなかった。



告解の後、千寿は桂丸、恵心、弥晴と再び集まった。
彼らもそれぞれ僧に呼ばれ、探られたという。

「……どうする?」桂丸が問う。

「始めよう」千寿は言った。

その夜、千寿は紙を広げ、仏教経典の一節を書き写した。

『仏の心は清らかにして、穢(けが)れを離れ、慈しみの光をもって万物を包む』

その下に、こう添えた。

「ならば問う。我らが受ける痛みは、慈しみか?」

翌朝、その紙は誰とも知れぬ手によって、仏堂の柱に貼られていた。
僧たちは騒然となり、即座に剥がされたが、見た者は少なくなかった。

「誰がこんなことを……」
「稚児の中に、不満を持つ者がいるのか……」

僧たちの間に、不穏な空気が流れ始めた。

そして、千寿たちの“問いかけ”は、静かに次の段階へ進み始める――。

それは、「声」を集めること。

誰が名乗らずとも、誰かが感じているであろう「疑念」を、火種として灯すこと。

千寿の革命は、いよいよ“沈黙の反逆”から、“共鳴”の段階へと移っていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

不沈の艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
「国力で劣る我が国が欧米と順当に建艦競争をしても敗北は目に見えている」この発言は日本海軍最大の英雄うと言っても過言ではない山本権兵衛の発言である。これは正鵠を射ており、発言を聞いた東郷平八郎は問うた。「一体どうすればいいのか」と。山本はいとも簡単に返す。「不沈の艦を作れば優位にたてよう」こうして、日本海軍は大艦巨砲主義や航空主兵主義などの派閥の垣根を超え”不沈主義”が建艦姿勢に現れることになる 。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年中盤まで執筆

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

大東亜架空戦記

ソータ
歴史・時代
太平洋戦争中、日本に妻を残し、愛する人のために戦う1人の日本軍パイロットとその仲間たちの物語 ⚠️あくまで自己満です⚠️

処理中です...