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歪んだ天蓋
金色の嘘
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透夜が金福寺を去った数日後、ひとりの男が密かに照葉庵を訪ねてきた。
名は――義円(ぎえん)。
金福寺の執行(しぎょう)、覚蓮の右腕と呼ばれる高僧である。
僧衣に身を包みながら、その目は僧ではなかった。
いや、“祈る者”というより“見届けてきた者”の目だった。
「透夜殿。お目通り、願いたく」
※
義円は、透夜の前で深く頭を下げた。
「私は十年前より、覚蓮様の傍らにあり、すべてを見てきました」
「そして、何もできずにいた」
「あなたがこの世に問うた“慈悲と痛み”の言葉――
あの問いは、我々僧侶の心臓を刺したのです」
透夜は黙って聞いていた。
義円の手が震えていた。
「……稚児制度が“教義”に根ざしていることも、
それが“布施”と称して貴族に贈られていることも――
すべて、覚蓮様の口から許可が出ていました」
「だが、それを止める力は、私にはなかった」
「だから、今ここに来ました。
私の名と命をもって、証言を差し上げます」
※
透夜はしばらく黙っていた。
恵心も、桂丸も、明燈も――息を飲んで見つめている。
やがて透夜は、義円の前に静かに跪いた。
「ありがとうございます」
「あなたのような人がいてくれて、ようやく私たちの言葉は“届く声”になる」
「……私は、仏を信じません。
けれど、“悔いた者が立ち上がれる道”を信じたい」
義円の目に、涙が滲んだ。
※
その日、照葉庵にて、義円はすべてを語った。
・過去十年間に授受された稚児の数
・布施と称した見返りの記録
・覚蓮が書き記した“寺の外の者に渡してはならぬ教義の注釈”
その全てが、確かな“刃”となっていく。
「……仏の衣の下に隠されたものは、
金色の嘘でした」
義円のその言葉が、透夜の胸に深く刻まれた。
※
夜。
透夜は焚き火の前で筆をとった。
『人は偽りの下で眠りを選ぶ。
だが、その眠りの中で涙を流すなら、
誰かがその目を覚まさねばならない。
金色の嘘に沈むなかれ。
光は、その影にある。』
透夜は筆を止め、火にあてた。
その言葉が灰になっても、
炎のなかに、確かに一つの決意が残っていた。
名は――義円(ぎえん)。
金福寺の執行(しぎょう)、覚蓮の右腕と呼ばれる高僧である。
僧衣に身を包みながら、その目は僧ではなかった。
いや、“祈る者”というより“見届けてきた者”の目だった。
「透夜殿。お目通り、願いたく」
※
義円は、透夜の前で深く頭を下げた。
「私は十年前より、覚蓮様の傍らにあり、すべてを見てきました」
「そして、何もできずにいた」
「あなたがこの世に問うた“慈悲と痛み”の言葉――
あの問いは、我々僧侶の心臓を刺したのです」
透夜は黙って聞いていた。
義円の手が震えていた。
「……稚児制度が“教義”に根ざしていることも、
それが“布施”と称して貴族に贈られていることも――
すべて、覚蓮様の口から許可が出ていました」
「だが、それを止める力は、私にはなかった」
「だから、今ここに来ました。
私の名と命をもって、証言を差し上げます」
※
透夜はしばらく黙っていた。
恵心も、桂丸も、明燈も――息を飲んで見つめている。
やがて透夜は、義円の前に静かに跪いた。
「ありがとうございます」
「あなたのような人がいてくれて、ようやく私たちの言葉は“届く声”になる」
「……私は、仏を信じません。
けれど、“悔いた者が立ち上がれる道”を信じたい」
義円の目に、涙が滲んだ。
※
その日、照葉庵にて、義円はすべてを語った。
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・布施と称した見返りの記録
・覚蓮が書き記した“寺の外の者に渡してはならぬ教義の注釈”
その全てが、確かな“刃”となっていく。
「……仏の衣の下に隠されたものは、
金色の嘘でした」
義円のその言葉が、透夜の胸に深く刻まれた。
※
夜。
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『人は偽りの下で眠りを選ぶ。
だが、その眠りの中で涙を流すなら、
誰かがその目を覚まさねばならない。
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