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62.パリ
シャルル・ド・ゴール空港に到着した頃、蓮の腕は既に限界に近かった。
重たいキャリーケースと手荷物、加えて沙耶の買い物袋まで一緒に持たされ、肩は赤く擦れ、指先まで鈍く痺れていた。
だが沙耶は決して蓮にそれを労るようなことはしない。
それが当たり前で、むしろ沙耶に飼われている蓮としては、それでいいのだと分かっていた。
タクシーの車窓から見える街並みは、雑誌や映像で見た通りの美しいパリだった。
石造りの建物の連なり、カフェのテラス席、道行く人々のファッション――どれもが目を奪うように洒落ている。
けれど沙耶の隣を歩く自分は、そこに溶け込むただの観光客ですらなかった。
どこにいても沙耶の犬であり、それ以上でもそれ以下でもない存在だった。
⸻
ホテルに着くと、沙耶が予約していたのは想像以上に豪奢なスイートルームだった。
白を基調にした調度品が並び、大理石のテーブルや高級そうなソファが置かれた広いリビング。
ベッドルームは奥にあり、その手前にはふたりでゆったり入れるジャグジーまである。
沙耶は当たり前のように先に室内へ入ると、軽く振り返って蓮を見た。
「全部ここに置いて」
「……はい……」
蓮は重い荷物を順に下ろし、ようやく力が抜けた腕をそっと振った。
それだけで痛みが走り、情けなく小さく息が漏れる。
沙耶はそんな蓮を一瞥し、唇をわずかに持ち上げた。
⸻
「じゃあ……まず全裸になりなさい」
「……っ……ここで……ですか……?」
ホテルの部屋は確かにプライベートな空間だ。
それでもまだドアを閉めて間もないこの場所で、突然服を脱げと言われる羞恥に自然に膝が少し震えた。
沙耶は構わず、細い指先で顎をくいっと持ち上げる。
「何度も言わせないで。パリだろうと日本だろうと、あなたは私の犬。……服なんていらないの」
「……はい……」
その言葉に抗う気持ちなんて最初からなかった。
⸻
蓮はゆっくりとシャツのボタンを外し、パンツを降ろし、最後には下着まで足元に落とした。
首輪だけをつけて立つ自分の姿が、大きな鏡に映っていた。
豪華なスイートルームの白いインテリアの中に、恥ずかしそうに震えて立つ自分が妙に滑稽に見える。
それが余計に恥ずかしさを煽った。
「可愛いわね」
沙耶は軽く笑い、蓮の頬にそっと触れた。
「パリの高級ホテルで首輪だけつけて立たされてる。……泣きそう?」
「……っ……はい……」
涙が自然に滲んだ。
⸻
沙耶はその頬を撫でながら、指を顎にかけて軽く顔を上げさせる。
「泣いていいのよ。あなたは恥ずかしくて当然なの。……でも、それがあなたの役割だから」
「……はい……沙耶さんの犬です……」
「良い子」
沙耶はゆっくりベッドの端に腰を下ろし、軽く脚を組んだ。
「こっちへいらっしゃい。……膝枕してあげる」
「……はい……」
膝をついて沙耶に近づき、そっとその太腿に頭を乗せると、優しい手が髪を梳いてくれた。
優しさの奥にある冷たさも全部分かっている。
でもそれがまた安心できた。
⸻
「ねぇ、蓮」
「……はい……」
「この旅行はあなたへの最後の甘やかしよ。子どもが生まれたら、もっと家のことを増やすし……あなたは私と子のために生きるの」
「……はい……」
涙がまた零れた。
それでも首を縦に振る。
「パリに来ても、ローマに行っても、あなたは犬。……服を着るのは外に出るときだけ。ホテルの部屋ではずっとこのままよ」
「……はい……」
「そして……ちゃんとGPSもオンにしておくわ。少しでも変な動きをしたら、すぐに分かる」
「……はい……沙耶さん……」
⸻
沙耶はその頭を抱くようにし、そっと耳元で囁いた。
「良い子ね。……これからもずっと私の犬でいなさい。国が変わっても、あなたの立場は変わらない」
「……はい……ずっと……沙耶さんに……飼われてます……」
沙耶は満足そうに微笑み、その涙を指で掬った。
「可愛いわ。泣き顔も、全部私のもの」
その言葉にまた胸が甘く苦しくなり、自然に首輪が小さく鳴った。
⸻
この夜、パリという異国の地で、蓮はまた一つ深く沙耶の檻の中へ閉じ込められた。
どこへ行こうと、沙耶の犬であることに変わりはない。
それがこの旅行でもっとも強く刻まれるのだと、胸が熱く疼いた。
重たいキャリーケースと手荷物、加えて沙耶の買い物袋まで一緒に持たされ、肩は赤く擦れ、指先まで鈍く痺れていた。
だが沙耶は決して蓮にそれを労るようなことはしない。
それが当たり前で、むしろ沙耶に飼われている蓮としては、それでいいのだと分かっていた。
タクシーの車窓から見える街並みは、雑誌や映像で見た通りの美しいパリだった。
石造りの建物の連なり、カフェのテラス席、道行く人々のファッション――どれもが目を奪うように洒落ている。
けれど沙耶の隣を歩く自分は、そこに溶け込むただの観光客ですらなかった。
どこにいても沙耶の犬であり、それ以上でもそれ以下でもない存在だった。
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ホテルに着くと、沙耶が予約していたのは想像以上に豪奢なスイートルームだった。
白を基調にした調度品が並び、大理石のテーブルや高級そうなソファが置かれた広いリビング。
ベッドルームは奥にあり、その手前にはふたりでゆったり入れるジャグジーまである。
沙耶は当たり前のように先に室内へ入ると、軽く振り返って蓮を見た。
「全部ここに置いて」
「……はい……」
蓮は重い荷物を順に下ろし、ようやく力が抜けた腕をそっと振った。
それだけで痛みが走り、情けなく小さく息が漏れる。
沙耶はそんな蓮を一瞥し、唇をわずかに持ち上げた。
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「じゃあ……まず全裸になりなさい」
「……っ……ここで……ですか……?」
ホテルの部屋は確かにプライベートな空間だ。
それでもまだドアを閉めて間もないこの場所で、突然服を脱げと言われる羞恥に自然に膝が少し震えた。
沙耶は構わず、細い指先で顎をくいっと持ち上げる。
「何度も言わせないで。パリだろうと日本だろうと、あなたは私の犬。……服なんていらないの」
「……はい……」
その言葉に抗う気持ちなんて最初からなかった。
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蓮はゆっくりとシャツのボタンを外し、パンツを降ろし、最後には下着まで足元に落とした。
首輪だけをつけて立つ自分の姿が、大きな鏡に映っていた。
豪華なスイートルームの白いインテリアの中に、恥ずかしそうに震えて立つ自分が妙に滑稽に見える。
それが余計に恥ずかしさを煽った。
「可愛いわね」
沙耶は軽く笑い、蓮の頬にそっと触れた。
「パリの高級ホテルで首輪だけつけて立たされてる。……泣きそう?」
「……っ……はい……」
涙が自然に滲んだ。
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沙耶はその頬を撫でながら、指を顎にかけて軽く顔を上げさせる。
「泣いていいのよ。あなたは恥ずかしくて当然なの。……でも、それがあなたの役割だから」
「……はい……沙耶さんの犬です……」
「良い子」
沙耶はゆっくりベッドの端に腰を下ろし、軽く脚を組んだ。
「こっちへいらっしゃい。……膝枕してあげる」
「……はい……」
膝をついて沙耶に近づき、そっとその太腿に頭を乗せると、優しい手が髪を梳いてくれた。
優しさの奥にある冷たさも全部分かっている。
でもそれがまた安心できた。
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「ねぇ、蓮」
「……はい……」
「この旅行はあなたへの最後の甘やかしよ。子どもが生まれたら、もっと家のことを増やすし……あなたは私と子のために生きるの」
「……はい……」
涙がまた零れた。
それでも首を縦に振る。
「パリに来ても、ローマに行っても、あなたは犬。……服を着るのは外に出るときだけ。ホテルの部屋ではずっとこのままよ」
「……はい……」
「そして……ちゃんとGPSもオンにしておくわ。少しでも変な動きをしたら、すぐに分かる」
「……はい……沙耶さん……」
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沙耶はその頭を抱くようにし、そっと耳元で囁いた。
「良い子ね。……これからもずっと私の犬でいなさい。国が変わっても、あなたの立場は変わらない」
「……はい……ずっと……沙耶さんに……飼われてます……」
沙耶は満足そうに微笑み、その涙を指で掬った。
「可愛いわ。泣き顔も、全部私のもの」
その言葉にまた胸が甘く苦しくなり、自然に首輪が小さく鳴った。
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この夜、パリという異国の地で、蓮はまた一つ深く沙耶の檻の中へ閉じ込められた。
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