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第一章 綺亜の裏切り
第三節 東京の夜
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「帰りたい、食べたい、寝たい、読みたい、書きたい、描きたい、ゲームしたい、妄想したい」
ここは東京高田馬場にあるソーシャルゲーム運営会社のサーバー室だ。東西線の終電は終わっている。
サーバーメンテナンスを月一回行うが、最近四回はシフト無しの一人深夜作業を押しつけられている。
サーバー室はサーバーラックの撤去跡が段になり、後付けのエアコンが全く効かない最悪の場所だ。
夜食として買いだめしたティムタムダブルコートをミルクコーヒーで流し込むと、手を拭いて作業に戻った。
一人で建物内に閉じこめられるのに、ビル警報解除キーは預けられていない。そのために十分に準備をしないとサーバー室内部で飢える。
僕はいらだちをキーボードにぶつけ、メカニカルスイッチが心地よい音をたてて喘いだ。
「青軸いいよね、僕は好きだ」
ただただ、カチャカチャ、うるさいことだけを理由にこの高価な自作キーボードを使っている。隣席が迷惑なだけの嫌がらせでしか無い。
「どこか、絶対に帰れない場所は無いだろうか」
頼まれても断れないのなら、逃げないと危険なことは分かっている。小笠原丸で不十分なら、南極はどうだろう……
他の誰にも出来ないからと深夜のメンテナンス作業を押しつけられているが、実際には誰も学ぶつもりが無いのだ。
特定のスキルをただ一人に頼ったまま人件費を節約して教育を怠っていることの責任を、何故僕が負うのだろうか。
「メンテナンス開始時間を過ぎたぞ、もうガチャは引けないぞ」
自動スクリプトが動いてクライアントからの通信をすべてメンテナンス告知にリダイレクトする。
僕は青軸キーボードを別のPCにつなぎ替えた。本来は私物のUSBデバイスは持ち込み禁止だ。
でも雇用側が規則を破っているのに、何故被雇用者側だけが遵守しなければならないのだ。割れ窓理論というものだ。
僕は派遣社員だから、正社員が立ち会わない一人作業は禁止となっている。
しかし上司の戸田係長は仮病の病欠で、前日アンバサダーのディズニーシーを満喫している。
「新しいインスタンスが、全然立ち上がらないじゃないか」
「先にサービスを落とそう」
僕の名前は北村 綺亜。ソーシャルゲーム運営会社のエンジニアをしている。
まわりからは、かなりイタい子扱いだ。オタクなのはいいとして、二十代後半にして僕っ娘だし、ジャンル的には特殊性癖だ。
時間が押してきて、僕は追い詰められてきた。シェルを開いて、データベースの同期スクリプトを開始する。
しばらく監視するだけで良いが、メンテナンス終了時間には間に合わない可能性が出てきた。
「褐色ロリはいい、いいよね褐色ロリ、僕は褐色ロリを描きたいんだ」
椅子に体を沈み込ませて、呪文のように僕の特殊性癖を垂れ流しにする。
「もし褐色ロリがリアルに僕を誘ってきたらどうするんだい?」
創作と性的嗜好が違うことは、よく理解している。
「エッチしたい」
犯罪だ。
僕は同性愛者なのだろうか。したことが無いから分からない。
親しい真島に欲情していないから違うと思うのだが、他のサークルメンバーからすると私達は距離が近いらしい。
「僕は褐色ロリを抱きたいのだろうか?」
「抱きたい」
反社会的存在だ。
銀河中心の降着円盤に落ちて、ロシュ限界のまま消えてしまいたい。
それでも……やっぱり少女を抱きたい。気持ちよいのだろうか?
僕には触覚や痛覚を伴う肉欲なんて無いと思っていた。
「抱きたい……、その細い首筋に口を沿わせて、耳たぶを歯で噛み切り、血を啜りたい」
僕は仮眠を取りながら、夢の中で褐色の少女を抱いた。
同期スクリプトはエラーを出して、最後まで完了しなかった。
「テストしたと言ったじゃないか、この劣化ウラン! 処理に困るゴミだから役割を与えられただけでしか無い真性のゴミ!」
スクリプトを作成した加島を罵倒する。もちろん彼は定時帰宅で、となりの奥さんと家庭団らんだ。
文句を言っても仕方が無いので、加島のスクリプトをエディタで開く。
「ふざけるな! この高速中性子! このキセノン135! このホウ素10! 核分裂が無ければ生まれてこなかったくせに、連鎖反応を止めるしか能が無い毒物質!」
テーブル名の簡単なスペルを、何度も打ち間違えた単純なミスだ。
加島がテスト環境で、ただの一回もテストしなかったことは明白だ。
「同期を中止して、古いインスタンスを起動した方がいいかな」
疲れ切った僕は尿意を感じ、空いたコーヒー缶を三つ持って立ち上がる。
その瞬間、姿勢を崩し、床に倒れて、突っ伏し、コーヒー缶は転がり、尿を垂れ流して、意識を失った。
◇◇◇
「部長があくまで救急車を呼ばないと言うなら一筆書いてください、私は反対したと」
「労災になるんだぞ! 今の利益率で人件費が急増したら我が社は倒産する」
「待ってください課長、今派遣会社の人を呼びましたから、来てからで……ぶぅ、な、殴るんですか課長」
「このディズニー野郎! 貴様が労務管理を怠るから、こういうことが起きるんだろう! 舞浜の海に沈んでシャコでも食ってろ」
目を覚ましたら会社の中は騒然としていて、上司達が殴り合いの喧嘩をしていた。
それよりも先に、お願いだから、後生だから救急車を呼んで欲しい。
頭が割れるように痛く、体がピクリとも動かなかったが音だけは鮮明に聞こえた。
「AWSのコンソールがログアウトしていて、何度やってもログイン出来ない。起きろ北村」
「お客様から問い合わせが殺到しています。誰かメンテナンス延長のお知らせを」
「おい、この変態オタクのアラサーおもらし僕ちゃん、起きやがれ北村!」
加島の僕への揺さぶりが、とどめとなった。
直後、月が二つある世界で、僕は台座から聖剣を引き抜いた。
ここは東京高田馬場にあるソーシャルゲーム運営会社のサーバー室だ。東西線の終電は終わっている。
サーバーメンテナンスを月一回行うが、最近四回はシフト無しの一人深夜作業を押しつけられている。
サーバー室はサーバーラックの撤去跡が段になり、後付けのエアコンが全く効かない最悪の場所だ。
夜食として買いだめしたティムタムダブルコートをミルクコーヒーで流し込むと、手を拭いて作業に戻った。
一人で建物内に閉じこめられるのに、ビル警報解除キーは預けられていない。そのために十分に準備をしないとサーバー室内部で飢える。
僕はいらだちをキーボードにぶつけ、メカニカルスイッチが心地よい音をたてて喘いだ。
「青軸いいよね、僕は好きだ」
ただただ、カチャカチャ、うるさいことだけを理由にこの高価な自作キーボードを使っている。隣席が迷惑なだけの嫌がらせでしか無い。
「どこか、絶対に帰れない場所は無いだろうか」
頼まれても断れないのなら、逃げないと危険なことは分かっている。小笠原丸で不十分なら、南極はどうだろう……
他の誰にも出来ないからと深夜のメンテナンス作業を押しつけられているが、実際には誰も学ぶつもりが無いのだ。
特定のスキルをただ一人に頼ったまま人件費を節約して教育を怠っていることの責任を、何故僕が負うのだろうか。
「メンテナンス開始時間を過ぎたぞ、もうガチャは引けないぞ」
自動スクリプトが動いてクライアントからの通信をすべてメンテナンス告知にリダイレクトする。
僕は青軸キーボードを別のPCにつなぎ替えた。本来は私物のUSBデバイスは持ち込み禁止だ。
でも雇用側が規則を破っているのに、何故被雇用者側だけが遵守しなければならないのだ。割れ窓理論というものだ。
僕は派遣社員だから、正社員が立ち会わない一人作業は禁止となっている。
しかし上司の戸田係長は仮病の病欠で、前日アンバサダーのディズニーシーを満喫している。
「新しいインスタンスが、全然立ち上がらないじゃないか」
「先にサービスを落とそう」
僕の名前は北村 綺亜。ソーシャルゲーム運営会社のエンジニアをしている。
まわりからは、かなりイタい子扱いだ。オタクなのはいいとして、二十代後半にして僕っ娘だし、ジャンル的には特殊性癖だ。
時間が押してきて、僕は追い詰められてきた。シェルを開いて、データベースの同期スクリプトを開始する。
しばらく監視するだけで良いが、メンテナンス終了時間には間に合わない可能性が出てきた。
「褐色ロリはいい、いいよね褐色ロリ、僕は褐色ロリを描きたいんだ」
椅子に体を沈み込ませて、呪文のように僕の特殊性癖を垂れ流しにする。
「もし褐色ロリがリアルに僕を誘ってきたらどうするんだい?」
創作と性的嗜好が違うことは、よく理解している。
「エッチしたい」
犯罪だ。
僕は同性愛者なのだろうか。したことが無いから分からない。
親しい真島に欲情していないから違うと思うのだが、他のサークルメンバーからすると私達は距離が近いらしい。
「僕は褐色ロリを抱きたいのだろうか?」
「抱きたい」
反社会的存在だ。
銀河中心の降着円盤に落ちて、ロシュ限界のまま消えてしまいたい。
それでも……やっぱり少女を抱きたい。気持ちよいのだろうか?
僕には触覚や痛覚を伴う肉欲なんて無いと思っていた。
「抱きたい……、その細い首筋に口を沿わせて、耳たぶを歯で噛み切り、血を啜りたい」
僕は仮眠を取りながら、夢の中で褐色の少女を抱いた。
同期スクリプトはエラーを出して、最後まで完了しなかった。
「テストしたと言ったじゃないか、この劣化ウラン! 処理に困るゴミだから役割を与えられただけでしか無い真性のゴミ!」
スクリプトを作成した加島を罵倒する。もちろん彼は定時帰宅で、となりの奥さんと家庭団らんだ。
文句を言っても仕方が無いので、加島のスクリプトをエディタで開く。
「ふざけるな! この高速中性子! このキセノン135! このホウ素10! 核分裂が無ければ生まれてこなかったくせに、連鎖反応を止めるしか能が無い毒物質!」
テーブル名の簡単なスペルを、何度も打ち間違えた単純なミスだ。
加島がテスト環境で、ただの一回もテストしなかったことは明白だ。
「同期を中止して、古いインスタンスを起動した方がいいかな」
疲れ切った僕は尿意を感じ、空いたコーヒー缶を三つ持って立ち上がる。
その瞬間、姿勢を崩し、床に倒れて、突っ伏し、コーヒー缶は転がり、尿を垂れ流して、意識を失った。
◇◇◇
「部長があくまで救急車を呼ばないと言うなら一筆書いてください、私は反対したと」
「労災になるんだぞ! 今の利益率で人件費が急増したら我が社は倒産する」
「待ってください課長、今派遣会社の人を呼びましたから、来てからで……ぶぅ、な、殴るんですか課長」
「このディズニー野郎! 貴様が労務管理を怠るから、こういうことが起きるんだろう! 舞浜の海に沈んでシャコでも食ってろ」
目を覚ましたら会社の中は騒然としていて、上司達が殴り合いの喧嘩をしていた。
それよりも先に、お願いだから、後生だから救急車を呼んで欲しい。
頭が割れるように痛く、体がピクリとも動かなかったが音だけは鮮明に聞こえた。
「AWSのコンソールがログアウトしていて、何度やってもログイン出来ない。起きろ北村」
「お客様から問い合わせが殺到しています。誰かメンテナンス延長のお知らせを」
「おい、この変態オタクのアラサーおもらし僕ちゃん、起きやがれ北村!」
加島の僕への揺さぶりが、とどめとなった。
直後、月が二つある世界で、僕は台座から聖剣を引き抜いた。
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