僕はわがままで 人間を裏切った

しーしい

文字の大きさ
5 / 25
第一章 綺亜の裏切り

第五節 誘惑

しおりを挟む
  僕と魔王は連れだって、書院から左の院を通って魔王城の大広間に至る。
 そこにはアンテ城にあったものと全く同じ聖剣の台座が、天窓から差し込む二つの月に照らされていた。

 黒曜石で出来た聖剣の台座は、世界の始まりからここにあり水晶剣であっても傷が付かない。
 三メートル四方の方形で高さは十五センチほど、中心に聖剣を差し込む穴が空いている。

 「世界の滅びについて、再度確認しようか」

 「僕は十分に知っている」

 アンテ城、アン・アナアムの塔から(表向きは)一歩も外に出たことがないセラシャリスは、自らをネイト神に捧げて世界の真実を得ていた。

 「勇者を導いて世界を滅びに誘《いざな》う魔王としては、必要なことだから」

 「分かった」

 僕は両手を目一杯伸ばすと聖剣を抜く。刀身に二つの月の光が入り、きらめきが床を照らした。
 魔王は右回りで台座を廻り始めた。


 「聖剣をこの台座に刺せば、世界の滅びは確定します」魔王は抑揚を付けて世界の滅びを歌う。

 「魔界からの力を絶たれ、人間界はその永続性を失う」僕は魔王に続いて交互唱こうごしょうした。

 「人間界は輪廻の中に引き戻され、逃れられない『世界の輪廻』によって滅びにいざなわれるでしょう」

 「聖剣に選ばれた勇者の意志として、世界の滅びを確定させる」


 僕は腕を高く上げると、聖剣を逆手に持ち台座に差し込む。


 刹那、大広間を満たす月の光が、薄いビリジアンから鮮烈なカドミウムレッドに変わった。
 東西の空に高さを交差させる二つの月が、その大きさを逆転させ赤い月が緑の月より十倍大きくなる。


 僕は台座に刺さった聖剣のつかから手を離すと、再び台座を廻った。


 「世界の滅びは覆えりません。なぜならキアが預言されている最後の勇者だからです」
 魔王の瞳は月と同じカドミウムレッドに変化している。

 「輪廻に引き戻された人間界は、過ぎた力が輪廻に還元され大地は崩壊する」

 「月を通した力の流れは逆転し、人間界が失う側に、魔界が奪う側になります」

 「力を奪われた人間界の麦は枯れ、木々は葉を落とし、家畜は太らない」

 僕は歌い終わった。
 今行ったことは世界の滅びの確定だけでは無く、人間の大虐殺でもある。
 同時に荒廃へ至る未来から、地獄に変えてしまった人間を救済したのだ。
 アンテ城では僕の裏切りを知って、大騒ぎになっているだろう。

 「勇者としての僕の役割は終わった」

 「じゃあ、帰ろうか」

 魔王自ら城の中を先導して、左の院の客間に僕を案内してくれた。
 渡り廊下の左右の木々が、月の祝福を得て沢山の白い花を咲かせている。
 月を通した力の反転が、これほど早く効果をあらわすとは知らなかった。


 「今すぐではないと知ってるけど、世界はいつ滅びるんだい?」

 セラシャリスは世界の滅びの時期については、永続の結果ほどには興味がない。
 荒廃からの救済が彼女の目的であり、世界の滅びは無条件に受け入れるべきものだったからである。

 「初期状態に戻っていた輪廻の調速機が今廻り始めたから、ちょうど千年後の正午過ぎ」

 「残念だけど、僕は生きていない」

 「キアは世界の滅びを見たい?」

 「……僕は世界の滅びを見たい」世界を滅ぼした者として、その権利と義務があると思った。

 「じゃあ、そうしようか」


 魔王は顔を明るくして、包帯が巻かれたゴールドオーカーの右手を差し出す。
 僕は躊躇しながらも、その手に包帯で包まれた左手を重ねた。

 「道が逆じゃないのかい?」

 魔王は客間のある左の院を通り過ぎて中の院の方へ歩き続ける。
 
 「キアを特別に初まりの院の私室に招待する」

 「え、私室……僕が気軽にお邪魔していいのかい」

 僕は魔王に対して抱いている劣情を思い出し、上気して返答の言葉がうわずった。
 彼女は火照った僕の手を引きながら軽やかにステップを踏み、振り返って僕に問いかける。


 「キア、前に言っていた『わがまま』って何か教えてくれる」

 「僕は全てを投げうってでも、一人が大事だと思ったんだ」

 「とても素敵なエゴイストね。それは私への告白?」

 「うん、僕は君のことが好きだ」

 言ってしまった。
 でも勇者として聖剣でもっておこなったことが、それに関係している以上、たとえ不敬罪で挽肉になったとしても言いたかった。

 「どれくらい?」

 「僕は君とエッチしたい」

 「レンと呼んでいいよ」

 「レンとエッチしたい」

 「キアの本当の名前を教えて」

 「北村 綺亜きあ

 「そうしようか、私の綺亜きあ。短い髪も素敵ね」

 僕は挽肉にならずに、欲しいものを手に入れた。いや、レンのものになったと言うべきか。悪く無いと思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...