紅の惑星、白妙の衛星

しーしい

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第五話 警察

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 時速六十キロで四時間走ると、エウロパ市がある軌道エレベーター地上塔に辿り着く。
 地上塔に近づくにつれ、軌道エレベーターが縦に空を区切る。エウロパの軌道エレベーターは、木星の重力に振りまわされるが、磁気圏を利用したイオンエンジンでそれをキャンセルしている。
 地上塔はエレベーターの二千分の一程度だが、それでも高さ十キロメートルの巨塔だ。地上塔が氷原に起立する様は威圧的だ。
 エウロパ市は地上塔内部に建築されたエウロパ唯一の都市になる。人口は少なく、五万人を下回る。
 エウロパの基幹産業は漁業であり、市民の多くも漁業資源の加工業に関わっている。
 都市の基本構造はラ・ポール・デ・メヌエとそれほど変わりはしない。鉛、炭素繊維、ピーク樹脂ポリエーテルエーテルケトンから出来た回転楕円体だ。
 私は西側のエアロックから、氷上車を乗り入れた。
 漁労用の氷上車は、エアロックが許容する最大限のサイズになっているが、自動運転機能がクリアランス調整をしてくれるので、ぶつけることはない。
 エアロックを抜けると、ダッシュボードに置いたスレート携帯端末から電子音が響く。エアロック料金の引き落としだ。
 市内に入ると気圧変動緩和帯エアバッファーの四車線道路を幅員一杯で走る。
 都市内の天井は高いが、地上塔を構成する多数の縦貫材が床に突き立っており、見通しが悪い。前方に見える巨大な柱の向こうはショッピングセンターだが、氷上車からはまるで見えない。そこでバッテリーを買いたいが、今日は寄り道せず警察署に向かった。
 漁労用の氷上車は普通の車と違ってかなり大きいので、来署者向け駐車場には入れられない。職員や警察車両が出入りする裏門から入った。
 普段はゲートに立っていない門衛が氷上車を止めたので、私は驚いた。
「メーデーじゃないのに、珍しい」
 氷上車の扉を開けると、プラスチックの路盤に降り立ち、門衛に身分証明書を提示した。
「上からの命令でね。何の用事なんだい?」
 門衛は煌々こうこうと降り注ぐ都市の照明を指差す。軌道エレベーターの先は行政統括部がある高軌道ステーションに繋がっている。
「コーチンさんに用事が」
「レア・ルコントさんだね。コーチン巡査から聞いてるよ。三階の刑事部にどうぞ」
 門衛は警察署の裏口を指し示す。
「荷物検査は?」
「まあ、一応やっとくか」
 私は運転席からトートバッグを取り出し、門衛に渡した。
「きっついなこれ。アンドロイドの胸だけって猟奇的だ」
 門衛は中身を調べて、困惑した。
「聞こえています。身体を取り戻すために、ここに来ました」
 紅はどこにあるのか未だ不明なスピーカーから抗議する。
「何っ? 喋るのか、たまげたな。いいよ、早く持ってけ。車は俺が駐車しておく」
 私は宇宙服のポケットから、物理鍵を取り出すと門衛に渡した。
 職員用の出入口から署に入ると、エレベーターのボタンを押した。
「紅、持ち重りする」
 低重力下においてなお重いトートバッグに、私は息が切れてきた。外気温が暑い状況では宇宙服の熱交換機能には限界がある。
「対消滅炉の放射線遮蔽材は最低限です」
 この大きさではγ線の遮蔽を完全に行うことは不可能だ。不本意なことに、私は被曝している。
 それに対消滅炉は爆弾と変わりはしない。私が持ち運んでいるのはそういう代物だ。
 薄汚れたエレベーターは加速すると、私達を一Gで床に押し付けた。
 刑事部のカウンターにつく頃には、インナーに汗をかいていた。
 机の一つから、コーチン巡査が手招きする。
「レア、来てもらって申し訳ありません。これをどうぞ」
 ラ・ポール・デ・メヌエを含むエウロパ表側西部が管轄の若い巡査は、茶色い目で微笑むと缶コーヒーを投げてよこした。受け止め損ねた私は、冷たいそれを胸で抱える。
 手に取った缶にストローを差し込み、中身を吸った。甘ったるいコーヒーが渇いた喉に流れ込んで、体温をいくらか下げる。
 汗が収まるのを待ってから、勧められた簡素な椅子に座った。
「昨日も今日も呼び出して申し訳ない。アンドロイドの胸部ユニットはそれ?」
 巡査は首をかしげると、トートバッグを指し示した。
「名前は紅」
「えっ? もしかして、メンテナンスコンソールにアクセスした?」
「いや。そういえば言ってない。喋ります」
 どんな機械にも、カスタマーサービスがログを取ったり設定を変えるための機能がついている。残念ながら、私はその方面には疎い。
「喋るのですか!」
「巡査様、紅と申します。私を軍に引き渡す手立てはいかがですか」
 今まで大人しくしていた紅は、言及されたので口を挟む。 
「あっああ、後で駐屯地の下士官が来ます」
 コーチン巡査はトートバッグに指をかけ、中身を覗き込みながら語りかけた。
「巡査様、ありがとうございます。レア、落ち着いたら私を組み立ててくださいますか。この状態では不安が募ります」
 紅は礼を言うと、自身の組み立てを要求する。
「え、組み立てるのですか」
 巡査は段ボール箱に入った四肢および頭部とトートバッグの胸部を見比べ、渋い顔をした。
「セルフアライメントコネクタですので、汚損していなければ接続可能です。エウロパの海に六年間居たのですから、どちらにせよ重整備が必要です。短時間動けばかまいません」
 紅は猫をかぶり、その美声で哀願する。
「どうせ軍に引き渡すものだし、鑑識まだ頼んでないけど。でもなぁ」
 最終的にコーチン巡査は折れ、段ボールの中から四肢と頭部を取り出した。
 左の下腕は破損して失われていたが、脱落した胸部ユニット以外を人間の脊柱・鎖骨・肩甲骨に相当するフレームが繋いでいる。
「これかな」
 私はトートバッグから胸部ユニットを取り出すと、骨格フレームにあてがった。
 肋骨から頭部にいたるユニットに胸部を乗せると、呆けた表情だった頭部に微笑みが浮かんだ。
 なるほど作られたものとは言え、紅の容姿はかなりの美人だ。ボサボサの髪も梳かせば綺麗だろう。
 一方で脊柱フレームを胸部ユニットの溝に添わす作業は、手間取った。
「レア、背中側からフレームを添わした方が容易です」
 いらだった紅は、とうとう指示しはじめた。
 私は胸部ユニットをうつ伏せにすると、脊柱フレームを背中に這わす。何かがはまる音がして、腰部の人工筋肉がしばし硬直した。そして腰部が小刻みに動く。
「紅、立てる?」
 刑事部の床で手足をばたつかせる彼女に、私は手を伸ばす。
「どうでしょう。コンタクト二十三個が不良です。加えて左腕は破損しています。左聴覚は感度が三十%低下しています。思っていたより悪い状態です」
 紅は発声器官を謎のスピーカーから、声帯に切り替えると、聞き惚れるぐらいの美声で自身の状態を嘆いた。
 私は紅を肩で支えると、彼女を立たせる。彼女の足は警察署の床を踏みしめ一歩二歩と前に進んだ。
「良かった。動けるようですね。服を着た方が良いでしょう」
 様子を眺めていたコーチン巡査は、裸体に動じることもなく進言する。
「私の着替えが氷上車にある」
「レアは控えめサイズなので、服は合わないです」
 巡査はオブラートに包みつつも、私の身体的特徴を揶揄した。
 嘲笑するものではないが、私は顔をふくらました。紅が推測した通り私は身長百五十五センチだが、紅は百七十センチ以上ある。
「小さくありませんよ。可愛いだけですよね、レア様」
 紅は私の頭に手と顎を乗せると、ありたっけの笑みで三階フロアを輝かせた。
「悪かった。レアは可愛いから、可愛いから」
 コーチン巡査は謝罪すると、一転して私を褒めそやす。
「気にしてない。でも紅の服はどうしよう」
「制服を与えるわけにはいかないけど、押収品なら……」
 巡査が言いかけた瞬間、警察署のまわりに連続した発砲音が響いた。私を除いた三階の全員が床に伏た。
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