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新しい依頼
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「おい、ここで寝るな。ベッド行けよ」
いくら体を揺すってもピクリともしない。
俺は起こすのは諦めて、せめてソファに寝かせようと諒から体を離した。
なんとか諒をソファに移すことは出来た。が、普段運動なんてしないせいで、眠っている自分より大柄な体を支える作業はかなりの重労働だった。
時計を見ると既にいい時間だった。スマホで調べると、もう二時間もすれば最寄り駅から終電が出る。今日はもう飲まないだろう。疲れで体がだるいとはいえ、目の前の机にある散々飲み食いしたあとをそのままで帰るわけにはいかない。
「あれ、セノ~……?」
一人で黙々と片づけていると、リビングから寝ぼけ声が聞こえてきた。諒が起きたのだろう。
俺は洗い物をしながらソファにいる諒に声をかけた。
「疲れてるだろ。もうそのまま寝てろ。俺もこれ洗ったら帰るから」
諒の住むマンションはオートロックだから、俺が勝手に出ていっても鍵は閉まる。
「え、帰るの?」
一気に目がさめたのか、諒はすぐに起き上がって速足で駆け寄ってくる。
「帰る。まだ電車あるし」
「寂しいな。泊ればいいのに」
「泊まらない。……寂しいなら奥さんに相手してもらえ」
諒は黙って目をそらした。
最後に洗剤を流していたグラスを水切り籠に置くと手を拭いた。
諒と再会してから、数回会って確信したことがある。諒は家族の話題を出すとあまりいい反応を示さない。
もしかしたら上手くいっていないのかもしれない。しかしその話をしたところで自分は助けてやれないし、悩みを自ら聞き出してやるほど、心の広い人間にはなれなかった。
ダイニングチェアにかけてあった鞄を取りにいこうとすると、壁に寄りかかっていた諒が通り過ぎざまに呟いた。
「……なぁ。本当にあいつとは何もないの?」
まさかこの話に戻るとは思わず、つい短いため息をこぼしてしまった。
俺には諒がこれだけアンドウを気にする理由がわからなかった。
しかし同性と体の関係を持っていると察している相手にこれ以上誤魔化す理由もなかった。
「マッチングアプリで一回きり相手を探してやってる。俺、男相手にしか興味もてないから。今は誰とも付き合ってないから、どうしても欲求不満になった時だけ。あいつ……アンドウはそれで終わらなかったから関係が続いてる。あいつしつこいから諒も関わらない方が良い」
俺が鞄を肩にかけながら淡々と説明するのを諒は黙って聞いていた。
「納得したか? 俺が人付き合いが苦手なの知ってるだろ。アプリで相手探すなんて珍しくないし、楽でいいんだよ。じゃ、お邪魔しました」
諒に向かって手をひらひらと振ると玄関に向かい、靴を履いた。
「セノ」
「何?」
「……特定の相手、作った方が良いと思うよ」
言いづらそうに顔を背ける諒に、一気に心の中が冷えた。
諒に嫌われるのは怖い。けど、そんな風に心配されるくらいなら嫌われた方がマシだった。
「……この会話、終電逃してまでする意味あるか? じゃあな。お邪魔しました」
俺はこれ以上の言葉のやり取りを拒否するように部屋のドアを閉めた。これ以上、こちらの事情を詮索してほしくなかった。諒はまだ何か言いたそうにしていたが、その言葉が口から出るのを待つことはしなかった。
やはりあの日、諒と連絡先を交換したのは間違いだった。一度きりの再会で終わらすべきだった。好きな相手、絶対付き合えない相手の口からそんな言葉は聞きたくない。
諒を忘れられなくて他の人を好きになれないなんて、口が裂けても言えないのに。
こんなに泣きたくなったのはいつぶりだろう。優柔不断な自分を恨んで、溢れてきそうになる涙を堪えた。
あれから三か月。相変わらず仕事に明け暮れる日が続いている。連載が最後まで好評だったおかげで雑誌関連の依頼が増えたのは大きい。
「あー、また……」
寝ぼけ目に加工途中の写真が並ぶ。
仕事が増えると忙しくなるが、仕事が増えなければ職業として成り立たない。当たり前だが体は一つだ。今まで通りやっていたらいつかは回らなくなる。その前に対策しなければと、最近は一つ一つの依頼をこなすスピードを上げるように意識していた。
確かこの作業も、まだ締め切りに余裕はあるが、今日少しでも進めて後に時間を作ろうと取り掛かったはずだった。
アラームを常に同じ時間に鳴る設定にしてあるから、その日の作業さえ終わっていれば寝落ちしても仕事に支障はないが、やはり悔しい。
目を覚ますために、一度椅子から離れて顔を洗った。冷たい水が乾燥気味の目に沁みる。顔をあげて鏡に映った自分の目元には、なかなか立派な隈があった。
『誤魔化せないくらいやつれてる』
ふと、諒が言った言葉を思い出す。あれから諒とは会っていない。というより会えない。
俺は帰りの電車の中で『忙しくなるからもう会えない』とメールを送った後、諒の連絡先をすべてブロックして消してしまったからだ。
ひどいことをしている自覚はある。あまりに一方的だ。
しかしもうこれでいい。
あの日諒と会うのは気が進まなかったが、会ったおかげで気持ちを切り替えるきっかけにはなった。
好きな相手に会いながら、片思いを忘れることなど出来やしない。
『俺がそういうの気にしないって知ってるじゃん』
ふと、アンドウ声が頭の中をよぎる。
もし自分が結婚していることなど気にせず告白出来たとしたら、諒は一体どんな反応をするだろう。
想像してみたが思い浮かべただけでも気分が悪かった。今後も自分がアンドウのようなふるまいに憧れることはなさそうだ。
諒とは一緒に酒を飲んで懐かしい話に花を咲かせた。もうそれで十分だ。
パソコンの前に戻ると、画面の片隅にメールの通知があった。中身を見ると、新しい仕事の依頼だった。個人の、オーディション用のポートレート撮影。正直忙しい今、新たな依頼として受けるかどうか悩む内容だった。しかし打ち合わせはメールや電話、撮影は一日だけと、なんとかこなせそうな内容でもある。
結局俺は引き受ける方向で話を聞くことにした。
数日かけてメールでの打ち合わせが終わった。依頼は飯や外で散歩など、日常生活を切り取るような写真を撮って欲しいという内容だった。オーディション用のスタジオ撮影は良いのか尋ねると、それは既に終わっていると返事があった。丸一日生活を共にして写真を撮ることから見積もりはそれなりに行く。それでも構わないなら断る理由もなかった。前金を入金してもらい、俺はこの依頼を正式に引き受けることにした。
今日は最終確認と、待ち合わせの詳細を決める電話が相手からかかってくる予定だ。
大体、予定通りの時間に、仕事用に置いているファックス付きの電話がなる。
『本日依頼の最終確認をお願いしていた“まこと”といいます』
短く社名を名乗って出た電話、俺は受話器から聞こえた相手の声を聞いて思わず耳を疑った。
愛想の悪い言葉を漏らしそうになって、喉の奥でなんとか堪えた。
混乱しない方がおかしい。
今、電話で話している相手の声が明らかに諒なのだから。
いくら体を揺すってもピクリともしない。
俺は起こすのは諦めて、せめてソファに寝かせようと諒から体を離した。
なんとか諒をソファに移すことは出来た。が、普段運動なんてしないせいで、眠っている自分より大柄な体を支える作業はかなりの重労働だった。
時計を見ると既にいい時間だった。スマホで調べると、もう二時間もすれば最寄り駅から終電が出る。今日はもう飲まないだろう。疲れで体がだるいとはいえ、目の前の机にある散々飲み食いしたあとをそのままで帰るわけにはいかない。
「あれ、セノ~……?」
一人で黙々と片づけていると、リビングから寝ぼけ声が聞こえてきた。諒が起きたのだろう。
俺は洗い物をしながらソファにいる諒に声をかけた。
「疲れてるだろ。もうそのまま寝てろ。俺もこれ洗ったら帰るから」
諒の住むマンションはオートロックだから、俺が勝手に出ていっても鍵は閉まる。
「え、帰るの?」
一気に目がさめたのか、諒はすぐに起き上がって速足で駆け寄ってくる。
「帰る。まだ電車あるし」
「寂しいな。泊ればいいのに」
「泊まらない。……寂しいなら奥さんに相手してもらえ」
諒は黙って目をそらした。
最後に洗剤を流していたグラスを水切り籠に置くと手を拭いた。
諒と再会してから、数回会って確信したことがある。諒は家族の話題を出すとあまりいい反応を示さない。
もしかしたら上手くいっていないのかもしれない。しかしその話をしたところで自分は助けてやれないし、悩みを自ら聞き出してやるほど、心の広い人間にはなれなかった。
ダイニングチェアにかけてあった鞄を取りにいこうとすると、壁に寄りかかっていた諒が通り過ぎざまに呟いた。
「……なぁ。本当にあいつとは何もないの?」
まさかこの話に戻るとは思わず、つい短いため息をこぼしてしまった。
俺には諒がこれだけアンドウを気にする理由がわからなかった。
しかし同性と体の関係を持っていると察している相手にこれ以上誤魔化す理由もなかった。
「マッチングアプリで一回きり相手を探してやってる。俺、男相手にしか興味もてないから。今は誰とも付き合ってないから、どうしても欲求不満になった時だけ。あいつ……アンドウはそれで終わらなかったから関係が続いてる。あいつしつこいから諒も関わらない方が良い」
俺が鞄を肩にかけながら淡々と説明するのを諒は黙って聞いていた。
「納得したか? 俺が人付き合いが苦手なの知ってるだろ。アプリで相手探すなんて珍しくないし、楽でいいんだよ。じゃ、お邪魔しました」
諒に向かって手をひらひらと振ると玄関に向かい、靴を履いた。
「セノ」
「何?」
「……特定の相手、作った方が良いと思うよ」
言いづらそうに顔を背ける諒に、一気に心の中が冷えた。
諒に嫌われるのは怖い。けど、そんな風に心配されるくらいなら嫌われた方がマシだった。
「……この会話、終電逃してまでする意味あるか? じゃあな。お邪魔しました」
俺はこれ以上の言葉のやり取りを拒否するように部屋のドアを閉めた。これ以上、こちらの事情を詮索してほしくなかった。諒はまだ何か言いたそうにしていたが、その言葉が口から出るのを待つことはしなかった。
やはりあの日、諒と連絡先を交換したのは間違いだった。一度きりの再会で終わらすべきだった。好きな相手、絶対付き合えない相手の口からそんな言葉は聞きたくない。
諒を忘れられなくて他の人を好きになれないなんて、口が裂けても言えないのに。
こんなに泣きたくなったのはいつぶりだろう。優柔不断な自分を恨んで、溢れてきそうになる涙を堪えた。
あれから三か月。相変わらず仕事に明け暮れる日が続いている。連載が最後まで好評だったおかげで雑誌関連の依頼が増えたのは大きい。
「あー、また……」
寝ぼけ目に加工途中の写真が並ぶ。
仕事が増えると忙しくなるが、仕事が増えなければ職業として成り立たない。当たり前だが体は一つだ。今まで通りやっていたらいつかは回らなくなる。その前に対策しなければと、最近は一つ一つの依頼をこなすスピードを上げるように意識していた。
確かこの作業も、まだ締め切りに余裕はあるが、今日少しでも進めて後に時間を作ろうと取り掛かったはずだった。
アラームを常に同じ時間に鳴る設定にしてあるから、その日の作業さえ終わっていれば寝落ちしても仕事に支障はないが、やはり悔しい。
目を覚ますために、一度椅子から離れて顔を洗った。冷たい水が乾燥気味の目に沁みる。顔をあげて鏡に映った自分の目元には、なかなか立派な隈があった。
『誤魔化せないくらいやつれてる』
ふと、諒が言った言葉を思い出す。あれから諒とは会っていない。というより会えない。
俺は帰りの電車の中で『忙しくなるからもう会えない』とメールを送った後、諒の連絡先をすべてブロックして消してしまったからだ。
ひどいことをしている自覚はある。あまりに一方的だ。
しかしもうこれでいい。
あの日諒と会うのは気が進まなかったが、会ったおかげで気持ちを切り替えるきっかけにはなった。
好きな相手に会いながら、片思いを忘れることなど出来やしない。
『俺がそういうの気にしないって知ってるじゃん』
ふと、アンドウ声が頭の中をよぎる。
もし自分が結婚していることなど気にせず告白出来たとしたら、諒は一体どんな反応をするだろう。
想像してみたが思い浮かべただけでも気分が悪かった。今後も自分がアンドウのようなふるまいに憧れることはなさそうだ。
諒とは一緒に酒を飲んで懐かしい話に花を咲かせた。もうそれで十分だ。
パソコンの前に戻ると、画面の片隅にメールの通知があった。中身を見ると、新しい仕事の依頼だった。個人の、オーディション用のポートレート撮影。正直忙しい今、新たな依頼として受けるかどうか悩む内容だった。しかし打ち合わせはメールや電話、撮影は一日だけと、なんとかこなせそうな内容でもある。
結局俺は引き受ける方向で話を聞くことにした。
数日かけてメールでの打ち合わせが終わった。依頼は飯や外で散歩など、日常生活を切り取るような写真を撮って欲しいという内容だった。オーディション用のスタジオ撮影は良いのか尋ねると、それは既に終わっていると返事があった。丸一日生活を共にして写真を撮ることから見積もりはそれなりに行く。それでも構わないなら断る理由もなかった。前金を入金してもらい、俺はこの依頼を正式に引き受けることにした。
今日は最終確認と、待ち合わせの詳細を決める電話が相手からかかってくる予定だ。
大体、予定通りの時間に、仕事用に置いているファックス付きの電話がなる。
『本日依頼の最終確認をお願いしていた“まこと”といいます』
短く社名を名乗って出た電話、俺は受話器から聞こえた相手の声を聞いて思わず耳を疑った。
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混乱しない方がおかしい。
今、電話で話している相手の声が明らかに諒なのだから。
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