ヤマイヌの頭骨

斉木 京

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祖母が幼かった時の出来事

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 美和さんのお祖母ちゃんはハツさんといい、話を聞いた時にはすでに九十近い歳だった。

そのハツさんが子供の頃の事だからだいぶ古い話になる。

ハツさんは母に手を引かれて山菜や何かを採りに山に入ったという。

村の周囲は山が連なり、深い森が広がっていた。

季節は秋で、実り豊かな年だったという。
やがて小さな籠はいっぱいとなったが、気がつくとだいぶ山奥まで分入ってしまったようだ。

山菜採りに夢中だったハツさんはいつのまにか母とはぐれてしまった。

すでに西日は木々の間から姿を消し、闇が降りてきた。

ハツさんは必死に母を呼んだが返事はない。

道も分からないので途方に暮れてしまったという。

 歩き疲れ、泣きながら倒木の上に座り込んでいると背後からぱきり、と枝を踏む音が聞こえた。

ハツさんは驚いて後ろを振り返って身構えた。

イノシシでも出たら大変だ。

暗い木々の間に目を凝らしていると、再びぱきっと小枝が折れる音がした。

やがて何かが木陰から姿を現した。

それは着物を着た女だった。

暗闇の中なのに妙に細い面立ちがはっきりと浮かび上がっている。

ハツさんは獣ではなく人が出てきたので安堵の息をついて、女の方に駆け寄ろうとした。


だが、はたと足を止めた。

こんな夜中に、女が一人で山の中にいるものだろうか。

何か変だ。

急に恐ろしくなったハツさんは女に背を向けると、反対の方へと走り出した。

 でこぼことした暗い山の斜面を、つまづきそうになりながら駆け下りる。

ふと背後を振り返ると女は後ろから追ってきているのが目に入った。

深山の悪路を滑るように迫ってくる。

ヒトではない。

ハツさんは底知れぬ恐怖を覚えて必死で走る。
だが太い木の根に足を取られ、転んでしまった。


なんとか身を起こしたが、すぐ背後に冷たい気配を感じた。
女が表情一つ変えずハツさんを見下ろしている。

これまでか、と思ったがハツさんは懐にお守りがあるのを思い出した。

爺様からもらったヤマイヌの牙だ。

"たすけて"

ハツさんは牙を握りしめて目を閉じ、一心に念じた。

 暗い木々の間から、獣の咆哮が響き渡った。

ヤマイヌだ、きっと。

ハツさんは何となくそう思って振り返った。
しかも一匹では無いようだ。

辺りから呼応するようにヤマイヌの遠吠えが聞こえ始めた。

ハツさんを見下ろしていた女の顔に怯えの色が浮かんでいる。

力強い遠吠えは、やむ事なく続いた。

再び女の方を見ると、煙のように姿が消えていた。

狐だ。

ハツさんは目の前を一匹の狐が逃げて行くのを認めた。


 しばらく闇の中で茫然としていたが、やがて下の方から自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

母だった。
松明を持った村の猟師を伴い、自分を探しに来たのだ。

ハツさんは母に抱えられ無事村に帰った。

後日、ヤマイヌの遠吠えを聞いた事を話したが、夢でも見たのだろうと大人達は取り合ってくれなかったという。


以上が美和さんが祖母から聞いた話だ。

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