聖女様?城にいんだろ。

護茶丸夫

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争いの元は色恋沙汰

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 不満や疑問があったら開かれる、恒例の教会で男だらけの集会。
 教会への道を、せっせと雪かきする男衆。
 とりあえず不安だから体を動かして落ち着こうと、集会の前に張り切る一同。

 聖女が来た時に使った棒付きの椅子で、今回は道具屋の元あるじも息子と共に参加。
 薬師も、先住薬師を背負い、雪かき後の道をゆっくり歩く。
 珍しく町長までも参加。
 いつもは突き上げが怖くて、参加しないのだが。

「今日は寒い所を集まっ「さっさと始めようぜ」ソウデスネ」

 町長が仕切り損ねたのをきっかけに、わいのわいのとそれぞれに喋りだす男達。
 町にある二件の宿屋の旦那達は参加希望だったが、客層が不安だからと不参加となった。
 代わりにそれぞれ成人したての息子が来た。
 どうやら旦那達から伝言があるようだ。

「ウチの宿に泊まってるお客さんは、十三人全員傭兵でした。ちょこっと僕が聞いた話では、領主様からウチの町に行くように言われたらしいです」
「こっちの宿は商人さん二組。傭兵五人。傭兵同士は顔見知りのようで軽い会話しかしてない。あいつらから特に聞いた話はないかなぁ」

 二人が真剣な顔で緊張して発言する姿に、大きくなったなぁと男衆は月並みな感想を持つ。
 そして改めて、傭兵の数に不安が広がる。

「宿では騒ぎはありませんか?」

 牧師が心配して二人に尋ねる。

「ウチではないです」
「こっちもない、けど」

 けど?牧師が促す。
 ちょっと言いにくそうに赤くなり、ぷいっと横を向きながら話す。

「花蝶宿のおっさんが、傭兵たちが姉さんたちに怪我させてるって言ってた」

 牧師様相手に思春期ちょいすぎの青年が、言いよどむ訳は娼館の情報だから。
 しかし内容はきちんと伝える、間違いなく娼婦達はこの町の一員だ。

 しかも今回のように、急激に身元が分からない人間が増えた場合、防波堤となってくれるのは彼女達なのだ。
 彼女達がいなければ、若い娘達を家に閉じ込めて守るしか手はなかっただろう。

 意外な事に、普段の住民のトラブルも対処してくれる。
 大抵は嫁と喧嘩して追い出された夫が逃げ込む先であり、その場合も彼女達が仲裁に入る。
 そのあとはどちらの女にも弱みを握られ、男側は頭が上がらなくなるのだが。
 
 嫁が逃げ込んだ場合はもっと悲惨だ。
 まず男側に弁明の余地はなくなる。
 その後、娼婦達の許しが無ければ、顔を見る事さえ出来ない。
 しばらくは"嫁がいるのに娼館通い"の悪評が立つ。

 嫁の逃げた理由があまりにも酷い場合は、法律家を介入させ男から離縁と仲介金をむしり取る。
 虐げられた女の選択肢は、教会に逃げて修道女になるか、娼館に逃げて高いお金を男側に払わせるかどちらかだ。

 ほとんどの娼婦は娼館での勤めが終わると、修道女への道を選ぶ。
 まれに顔なじみの男やもめの所へ、押しかけ女房として入ることもある。
 意外と身近に居たりするので、下手に娼婦を馬鹿にしてはいけない。
 ましてや、彼女たちは地元の女の味方なのだから、女衆をすべて敵に回すことになる。

「どこを怪我したとか、詳しい事は知っていますか?それと、他に言ってませんでしたか?」

 あっさりと若者のテレを受け流し、真剣に話を進める牧師。

 その牧師へ、折りたたまれた粗末な紙を渡す宿屋の青年。

「花蝶のおっちゃんがコレを渡すようにって。中は見るなって言われたから、知らないよ」

 牧師はお礼を言いながら、恐らく手紙であろう物を受け取る。
 中に目を通し、無言で町長へ差し渡す。
 町長もまた無言で読み、道具屋の元あるじ、先住薬師や年配の男達に目を向け口を開く。

「花蝶の姉さん達のまとめてくれた話だった。傭兵たちは『ここら辺でもうすぐ仕事』『上手くすると長期で雇用』だと話したらしい」

 町長は先住薬師に手紙を渡し、薄くなってきた頭を下げた。

「後で見に行ってやって欲しい。代金はこっちに回してくれ。必要なら領主の所の医者を呼ぼう」

 手紙には怪我の状況が簡潔に書かれていたが、置き薬だけでは済まない様な怪我をした女ばかりだった。
 声だけはまだまだ張りのある、道具屋の元あるじがざわつく男衆に話し出す。

「王都にいる商人仲間から連絡があった『若い貴族間の派閥同士で対立が酷くなってきた』とな。どうやら下級貴族が、上級貴族の代わりに水面下でやり合ってるらしいのう」
「水面下で、ですか?」
「そうじゃ、聖女様に気づかれない様に行動しとるらしいが。まぁ争いの元は色恋沙汰よ」
「やはり聖女様ですか。教会の方からも『中立を保つように』と連絡がありました。大司教様の息子が、聖女様に夢中な時点で中立も何も無いんですがね」

 牧師と年かさの男達は、揃って鼻で笑う。
 辛辣な牧師が珍しい青年たちは目を丸くしている。

「教会のほとんどが、大司教様の息子の応援はしない方針です。聖女様は教会を避けていらっしゃるようですし。神の選別を受けた方には、なるべく自由にして頂きたいですからね」

「ふん。あの大司教は、聖女様を手元に置きたいだろうて。なにより王家より上に立ちたいからな」

 牧師の言葉に、先住薬師がニヤリと笑いながら混ぜっ返す。
 その隣に座る薬師が先住薬師の言葉に頷く。

「聖女様が表れた時に、一番王宮に通っていたのは大司教様でしたね。毎日のように馬車を見ましたよ」
「あやつのお陰で、聖女が教会に寄り付かなくなったらしいな。たまに行っても直ぐに帰れるように、一気にお力を使う様になったと聞いているぞ」

 薬師同士で教会の暴露話を始める。
 苦笑しつつも止めない牧師は、更に話を追加する。

「ええ、教会が後ろ盾になるからと、養女になれと申し出て断られたそうですよ。次は息子に説得させようとして、逆に息子が聖女様に捕まった、と」
「それと王子と宰相の息子もじゃ。王宮付きの医者と薬師が、更に肩身が狭くなったと嘆いていたらしいが。よぉ我慢できるのぉ」
「王宮ご用達の商人の息子も骨抜きにされて、恐ろしいほど貢いでいるそうだ。まぁ、目利きの効かん残念坊主らしい。はっ。息子には価値の低い派手なモノを見せて、何とか損失を押さえてるつもりらしいぞ」

 他にも聖女が貴族用の学校に入学してから、王宮で力を持つ有力貴族の息子達が競うように聖女に張り付いて回っているらしい。
 質の悪い事にその息子達の婚約者まで巻き込んで、王都は人の出入りが激しく変動していると。
 王都に出稼ぎに行っていた男達も、流れてくる噂を色々聞いた。
 しかも、それぞれの貴族家から首になった者に、直接事情を聞けるほどの混乱ぶりだった。
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