聖女様?城にいんだろ。

護茶丸夫

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おみやげはー?

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 隣国の王子の行動は、皆の予想よりもだいぶ遅かった。

 早ければ夏の初めごろ、聖女様を隣国へ連れ去るだろうと、道具屋の元あるじや年寄達は予想していた。
 この国の警備が硬かったのか、自国より自由に行動出来る事を堪能していたのか。
 連日、町中を堂々と歩き回る隣国の王子。
 自国の王子もまた競うように、青年貴族達を引き連れて遊び回る。

 この夏中、聖女がらみで碌でもない醜聞があちこちから聞こえた。
 王族や貴族の行動とは思えない程、軽率な行動の数々。
 この先、この国は大丈夫なのかと心配になる。

 そんな頭の痛くなる噂に、皆がうんざりした頃。
 秋の収穫の直前、王都にいる領主からの命令が出た。

 隣国へ聖女奪還のため出兵。
 二十一歳から三十五歳までの健康な男子。
 聖女救出の為に領民一人当たり一定額の寄付を募る。

「お兄ちゃん達が帰って来たあああー!」
「みんなぁー帰って来たよぉー」

 門の側で遊んでいた子供達が、大きな声で町中に知らせて回る。
 家の中にいた住民達は、こぞって外へ繰り出す。

「良く帰って来た!」
「おかえりいいい!」
「逞しくなったな!」
「良かったねぇ。グスッ」
「飯は食えたのかい?」
「元気に戻ってくれて良かったよ!」
「うわぁあん!おにぃちゃぁぁあん」
「向こうで出会いはあったか?」
「いじめられなかった?」
「おみやげはー?」
「怪我はないかい?痛いところは?」
「戻って来て良かったよー。」
「無事でよかった。」

 領主の所へ行っていた青年たちの半分は、出兵年齢に達していない為戻って来た。
 代表に一番手で決まってしまった町長の息子は、まだ十代だった。
 息子が帰って来た親達や町長は嬉しいだろうが、表立って喜べないだろう。

 住民達は帰って来た若者達を、素直に喜べない親達の代わりに総出で盛大に喜んだ。
 沢山の人にもみくちゃにされながら、戸惑いながらも若者達に笑顔が浮かんだ。

 町に戻る事になり、本当は後ろめたかった。
 自分も戦うはずだったのに、親友達を残して家に戻るなんて。
 自分達はもういらない、役に立たなかった。
 何のために決心したんだろう。

 そう、考えていた。

 でも町に戻ってきたら、こんなに喜んでもらえた。
 笑顔で涙を流してる人も、暖かく抱きしめてくれる人も。
 嘘みたいだった。
 怒られ、がっかりされ、冷たい目で迎えられると思っていたのに。
 家族と一緒に小さくなって暮らしていくんだと考えていたのに。

 自分達は戻ってきて、良かったんだ。

 その日はお祭りの様な一日になった。
 それでも、仲間達と別れる事になった青年達は、一様に落ち込んでいた。
 年上の男衆は"仲間が帰って来た時に、盛大に騒ぐ準備をしろ"と突き放した。
 少しだけだが、皆で酒も飲んだ。
 男達ははしゃぎまわり、騒ぎ疲れて若者達が眠ってしまった頃に解散となる。

 ……兵役は町の男衆の、半数以上が該当する。
 今回の大騒ぎは、町を出る前の景気づけも兼ねていた。

 そして寄付とは名ばかりの資金の徴収、
 これは領民達が領主へ陳情に行くには十分な理由だった。

 農家では毎年秋の終わりに税の徴収をするが、主力の働き手を兵に出すので収穫作業もままならない。
 町に住んでいる住民も、大黒柱の男手が兵に出る事になると、その間の収入がなくなる。
 金を稼げないのに、それでも追加で金を出させようとする領主。

 払わなければ罰を受け、罰金の上乗せが付いてくる。
 払えば払ったで、手持ちは無くなる。下手すれば返せるあての無い借金だ。
 集団で陳情に行けば、間違いなく捕縛される。
 運が悪ければ、その場で切り殺される。

 領民にとっては、陳情に押しかけて"今、刑罰で死ぬ"か"後で、飢え死に"するかの違いでしかない。
 怒りが溜まっている、ほとんどの領民は"今"を選んだ。
 しかも死ぬことを前提に真っ先に集まったのは、男女を問わず体力のない年かさの者ばかり。

 領内のあちこちから集まった年寄達が先頭に立ち、ぐるりと領主館を取り囲む。
 その年寄達に直接相対する、領主の私兵達の顔色は悪い。
 彼らの家族もまた、領民の一人だ。
 館を取り囲む人の中に、自身の家族の姿を見た者もいる。

 王都にいる領主が、命令の撤回をしない限り、私兵たちは目の前の人々を取り押さえ、罰しなければならない。
 武器を持っている者もいる為、剣を向けざるを得ない。

 家族を虐げる領主の、今は留守番しかいない館を守り、自分の家族を殺すのか。
 領主に背き目の前の人々を放置し、家族を守るか。

 誰も殺さずに捕縛出来たとしても、死を覚悟した人々とやり合えば怪我は間違いない。
 怪我をすれば、この後の戦争で死ぬ確率が上がるだけ。
 その戦争で生き残っても、この領地では生活は出来ない。

 傭兵達は契約外の戦闘はしない為、館で高みの見物だった。
 悩んでいた私兵達に、見かねた傭兵が後押しをする。

「どのみち戦争には兵が必要になる。領主側に被害が無ければ、解雇にはならないだろう。」

 結局、領地に家族の居ない少数以外は剣を置く。
 残った小数は諦め、館の門の中で立つだけになる。

 膠着状態が数日続く。

 領主は館には戻らなかったが、寄付の取り消しの連絡はあった。
 それでも人は減らない。

 年寄達は交代で立っていたが、さすがに弱っている者が増えてきた。
 ここで死人が出れば、更に人数は膨れ上がるのは確実だろう。
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