A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光

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第06話「外伝2・任務失敗」

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 翌朝、納屋で一夜を明かした『ザルツ』の面々は、沈んだ空気の中で出発した。カイルの肩の傷は十分に癒えておらず、リナの表情には疲労の色が濃く出ていた。それでも、誰も弱音を吐くことはなかった。プライドが高い彼らは、A級パーティの面目にかけても、この任務は成功させなければならない。そう思ってしまっていた。
「地図によると、魔物の巣窟はこの先のはずだ」
 カイルは前夜、村の長老から得た情報を基に進路を決めていた。しかし、彼らが得た情報はあまりにも断片的だった。
「どんな魔物がいるんだろう?」
 セリナが呟いた。
「大きな蜘蛛型なのは分かったけど、他には?」
「大丈夫よ」
 リナは自信なさげな笑みを浮かべた。
「私たちは何百もの魔物と戦ってきたわ。今さら怖がることなんてないはずよ」
 ダリオは黙って頷いたが、その目には不安の色が宿っていた。
 森の奥へと進むにつれ、周囲の木々はより密集し、陽光さえ地面に届かない暗がりとなった。不気味な沈黙が漂う中、彼らは巨大な洞窟の入り口に辿り着いた。
「ここが巣窟か」
 カイルは剣を構えながら呟いた。
「作戦は━━」
 彼は言葉に詰まった。普段ならリオンが事前に情報をくれてそれをもとにカイルが中心となって作戦を綿密に立て、全員の役割を明確にしていたのだ。
「作戦は無い。突撃だ!」
 カイルは思いつきで叫んだ。
「俺が先頭、ダリオは右翼、リナは後方から魔法支援、セリナは影から急所を狙え!」
 単純な作戦だったが、経験豊富な彼らにとっては十分のはずだった。洞窟に踏み込んだ一行は、すぐに異様な光景に息を飲んだ。
 洞窟内部は巨大な蜘蛛の巣で覆われ、天井からは無数の卵嚢が吊り下がっていた。そして中央には、前日遭遇したものよりはるかに大きな親蜘蛛が待ち構えていた。
「なんてこと」
 リナの声が震えた。
「まさか。こんなに大規模な巣だったなんて」
「情報が不足していたな」
 ダリオが低く呟いた。
 カイルは顔を引きつらせながらも、剣を強く握り締めた。
「構わない!行くぞ!」
 彼が叫ぶと同時に、親蜘蛛が動き出した。巨大な脚が地面を震わせ、口からは粘着性の毒液が飛び散った。
「防御魔法!」
 リナが杖を振り上げたが、放たれた魔法のバリアは通常の半分ほどの大きさでしかなかった。
「どうして?私の魔力が」
「魔法具の調整不足だ」
 セリナが叫んだ。
「いつもはリオンが━━」
 言い終わる前に、親蜘蛛の攻撃がリナを直撃した。彼女は悲鳴を上げて壁に叩きつけられ、意識を失った。
「リナ!」
 カイルが駆け寄ろうとした瞬間、天井から無数の子蜘蛛が降りてきた。
「囲まれた!」
 セリナの声が響く。
 ダリオは黙々と斧を振るい、次々と子蜘蛛を薙ぎ倒していたが、その数はあまりにも多かった。
「撤退すべきだ」
 ダリオはカイルにそう告げる。
「冗談じゃない!」
 カイルは怒りに任せて親蜘蛛に向かって突進した。
「A級パーティが、こんな魔物に負けるわけがない!」
 しかし、彼の剣は親蜘蛛の固い外殻をかすり傷程度しか与えられなかった。
「なぜだ」
 カイルは絶望的な表情で叫んだ。
「俺たちはA級なのに」
 その時、セリナが気づいた。
「カイル!この親蜘蛛。特殊な弱点をつかないと太刀打ちできないわ」
「セリナ。どこでそんな情報を?」
「リオンのメモに書いてあった。いつもはリオンが全部調べてくれていたの」
 セリナは震える声で返した。
「彼がいれば、こんな状況には」
 それを聞いてダリオも口を開いた。
「リオンなら。……この状況を予測して。対策を練っていた」
「黙れ!」
 カイルは怒りで顔を歪ませた。
「あいつの名前を出すな!俺たちだけで十分だ!」
 カイルは再び無謀な突進を試みたが、親蜘蛛の強力な脚に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。口から血を吐き出し、立ち上がることもできない。
 セリナは絶望的な状況の中、必死に頭を働かせた。
「ダリオ!あの天井の岩!親蜘蛛の真上!」
 ダリオは一瞬で状況を理解し、巨大な斧を天井の脆い岩に向かって投げつけた。激しい振動と共に、巨大な岩塊が親蜘蛛を直撃した。
 轟音と土煙が洞窟内を支配し、しばらくして静寂が戻った時、親蜘蛛は岩の下敷きとなり、動かなくなっていた。
「何とか。勝ったわね」
 セリナは膝をつき、激しく息を切らした。
 しかし、彼らの勝利は完全なものではなかった。リナは重傷を負って意識不明、カイルも立ち上がれないほどの怪我を負っていた。ダリオも複数の傷から血を流し、力尽きたように座り込んでいた。
「帰還しよう」
 ダリオは疲れ切った声で言った。
 セリナはぼんやりと頷きながら、リオンの不在がもたらした惨状を見つめていた。情報不足、装備の不備、戦略の甘さ。すべてがリオンの存在の大きさを物語っていた。
「私たちは、彼を必要としていたのね」
 セリナは小さく呟いた。
 しかし、その言葉はカイルの耳には届かなかった。彼はただ、屈辱と怒りに震えながら、自分たちのプライドが砕け散る音を聞いていたのだった。

          *

 村の小さな医療所は、今日ほど多くの負傷者を一度に受け入れたことはないだろう。
『ザルツ』の面々は、それぞれ深い傷を負って横たわっていた。リナは未だ意識を取り戻さず、カイルの体は包帯で覆われ、ダリオも治療を受けていた。唯一歩ける状態だったセリナだけが、窓際に立って外を眺めていた。
「依頼主が来るわよ」
 彼女は小さく呟いた。
 部屋の扉が開き、村の長老が険しい表情で入ってきた。
「魔物は倒したのか?」
 一行を見る長老の声には不信感が混じっていた。
「ええ、親蜘蛛は倒しました」
 セリナが答えた。
「ですが、巣窟全体の掃討は━━」
「まだ残っているのか!」
 長老は声を荒げた。
「依頼は巣窟の完全排除だったはずだ!」
 カイルが痛みを堪えながら上体を起こした。
「完全排除するつもりだった。だが━━」
「A級パーティと聞いていたが、こんな状態では話が違う」
 長老は厳しい目を向けた。
 そのまま報酬の入った袋を投げ捨てた。
「報酬は当初の半分だ。残りの仕事が完了したら残額を支払おう」
「半分だと!」
 カイルは激しく抗議しようとしたが、痛みで顔を歪め、言葉を失った。
 セリナは諦めたように肩をすくめた。
「分かりました。受け取ります」
「ふん。これ以上戦えないのなら帰ってくれて結構だ」
 そう言われて誰も何も言えなかった。
「どうやら本当に無理みたいだな。帰れ。ギルドにはありのまま伝える」
 そのまま長老は去っていった。
 長老が去った後、重い沈黙が部屋を支配した。
「交渉も。……できなかったな」
 ダリオが低く呟いた。
「リオンなら」
「うるさい!」
 カイルは怒りに任せて叫んだ。
「あいつの名前を出すな!俺たちはA級なんだ。こんな失敗があってたまるか!」
 リナは意識不明のまま、わずかに呻いた。治療師は「数日は安静が必要」と言い残して部屋を出ていった。
 セリナは財布の中身を確認して溜息をついた。
「これじゃ、元の町に戻るまでの宿代も危ういわね」
「なぜそうなる?」
 カイルは眉をひそめた。
「予算は十分あるはずだ」
「予算管理が狂っているのよ」
 セリナは疲れた声で説明した。
「宿代、食費、装備の修理費。……全部計算が合ってない。いつもはリオンが全部管理してくれていたから気づかなかったけど、今回は私たちがやって。ひどい結果ね」
 沈黙が再び支配した。彼らは口にはしなかったが、リオンの存在がいかに重要だったかを心のどこかで理解し始めていた。
 三日後、彼らはようやく村を後にする準備が整った。リナの容体は安定し、カイルもダリオも歩けるようになった。しかし、A級パーティとしての威厳は失われていた。
 ギルドに到着すると、彼らを待っていたのは厳しい評価だった。
「任務はほぼ失敗。負傷者複数。村からの評価も芳しくない。特に依頼主からのクレームが凄かったです」
 ギルド職員は淡々と告げた。
「このままでは、A級維持は厳しいでしょう」
「何だと!」
 カイルは机を叩いた。
「たった一度の失敗で!?」
「内容が酷すぎます。情報収集不足、戦略的ミス、チーム連携の崩れ…報告書を見る限り、基本的な部分で問題があります。一度の失敗で降格を考えなければいけないレベルです」
 職員は冷静に指摘した。
「次回の依頼は一段階下げて、B級相当を提案します」
 それを聞いたカイルの顔が真っ赤になった。
「冗談じゃない。俺たちは━━」
「受けよう」
 ダリオが重い声で言った。彼はカイルに真剣な目を向けた。
「カイル。現実を見るべきだ」
「何を言っている!?」
 ダリオの勝手な行動にカイルは怒りに震えていた。
「リオンがいない今、俺たちは完全ではない」
ダリオは珍しく静かに長い文を紡いだ。
「彼は裏方として、重要な役割を果たしていた。情報収集、装備管理、戦略立案。全てを一人でこなしていた。俺たちはあいつの貢献を見ていなかった」
「違う。リオンはお荷物だった!」
カイルは叫んだ。
「あいつは戦えなかった!」
「戦うだけが、全てじゃない」
 ダリオは静かに、しかし力強く言い切った。
 カイルはそれ以上何も言えず、ギルドを飛び出していった。リナは複雑な表情で立ち尽くし、セリナはため息をついた。
 その夜、宿に戻った彼らは早々に別々の部屋に引きこもった。セリナは窓際に座り、夜空を見上げながら財布の中身を再度確認していた。予算はリオンがいた時の半分以下しか残っておらず、このままでは長期的な活動が危ぶまれる状況だった。
 彼女は星空を見つめながら、小さく呟いた。
「あいつは何をしていたんだろう。私たちが見えないところで」
 静かな夜風が彼女の言葉を運び去った。『ザルツ』の崩壊は、既に始まっていたのだ。一方で、誰も知らないところで、リオン・アルディスは新たな人生を歩み始めていた。
 ギルド職員として、その能力を正当に評価される場所で。
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