A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光

文字の大きさ
12 / 17

第12話「決別」

しおりを挟む
 ギルドの書庫で、俺は報告書をめくっていた。
 最近扱った案件の精算確認が目的だったが、ふと視界の端に見慣れた名前が目に飛び込んできた。
『A級パーティ(現在C級相当)“ザルツ”依頼失敗報告』
 俺がかつて所属していたカイルたちのパーティだ。
 気づけば、指が勝手にその報告書を引き抜いていた。
 こんなこと、知る必要はない。だが、ページを開く手を止められなかった。
 依頼の失敗。連携の乱れ。物資の不足。
 俺がいなくなってから、同じようなトラブルが何度も繰り返されている。
「……やっぱり、俺がいた頃と比べると、管理が崩れているな」
 つぶやいた声が、書庫に静かに響く。
 昔の仲間たちが苦戦しているという事実に、心が揺れる。
 自業自得だ。そう割り切ることもできる。
 だが、十年も共に歩んできた仲間だったことは、どうしても心の奥に残っていた。
 最後のページには、別ギルドに移籍したというものだった。
「カイルの奴。ずる賢さは相変わらずだな」
 俺はこれを見た瞬間、カイルの考えだと瞬時に思った。
 このギルドにいても既にC級相当に降格になっている。次の更新時期で正式なC級パーティになるはずだ。だが拠点を変えて別のギルドに移籍することでA級を維持する事が出来たのだ。
 本来だったらそんな詐欺まがいの行動はできないのだが、移籍先のギルドは人で結構な僻地で冒険者不足なので大した調査もせずにA級パーティとして受け入れたのだろう。
「いや、あいつらがどうなろうが俺には関係ない」
 俺は一人で呟きながら首を横に振った。
「全く。まだ引きずってるのか、俺は」
 自嘲気味に笑った時、ふいに誰かの気配を感じた。
「リオン。そこにいるの?」
「エリナか」
 声の主は、エリナだった。
 俺が書庫にこもると、いつも心配して見に来てくれる。
「今日は何の資料を探しているの?」
「ちょっと、資料を探している時にまとまった報告書の束を見つけてな。つい、手が止まっただけだ」
 急で誤魔化す事も出来ず正直に言ってしまった。さすがに昔の仲間たちの情報を見ていたなんて言えないが。
「もしかして、あの人たち?」
 あっさりと図星を突かれて、少し驚いた。
 エリナは俺のことを、よく見ている。いや、見すぎている。
「……バカだよな。もう俺には関係のない話なのに、つい気になってしまう」
「……それは、仕方のないことよ。だって、リオンが本気で支えてきた人たちだったんでしょう?」
 俺は答えられなかった。
 否定すれば嘘になる。肯定すれば未練に聞こえる。
 だが、エリナはそんな俺を責めるでもなく、そっと隣に腰を下ろした。
「……でもね、リオン。支えてきた時間に意味がなかったとは思わないわよ。私は」
「……支えてきた時間の意味?」
「そう。それがあったから、今のリオンがいるの。今、ギルドで頼りにされている“あなた”が」
 エリナの声は、どこまでもまっすぐだった。
 その瞳に映る自分が、過去に囚われたままの存在ではなく、「今」を生きる誰かであるように感じられた。
「ありがとう。エリナ。少し、救われた気がするよ」
「そう。それは、よかったです。それではリオンさん。仕事に戻りましょう」
 エリナも仕事モードになる。
 静かな書庫の中、ページをめくる音が再び鳴り始めた。
 俺は、前に進む。未練も後悔も抱えたまま――だが、確かに前へ。

          *

 翌朝。
 昨日までより、ほんの少しだけ背筋が伸びたような気がした。
 過去に心を引かれるのは人の性。それはわかっている。だが、だからといって立ち止まり続けるのは俺の流儀じゃない。
 俺はもう冒険者ではない。ギルド職員としての道を歩き始めている。その証を、行動で示すしかない。
 今日の案件は、地方都市に拠点を構える中堅ギルドとの物資取引の調整だ。
 最近、物流が滞っており、アイテムや装備の価格が乱高下しているという報告が上がっていた。
「リオンさん、例の取引先との交渉資料、こちらです」
 若手職員が、少し緊張した様子で書類を差し出してきた。
 受け取りながら、その内容に目を走らせる。
「……予算枠の割に、あちらの要求が強すぎるな。歩み寄るとしたら、この素材供給ルートの見直しが鍵になるか」
 資料を見ながら解決策を考えていく。
「えっ……そんな短時間で?」
「数字を見れば、だいたい見えてくる。今夜までに再交渉の素案を作る。先方への連絡は俺がやるよ」
 周囲が驚いたように息を呑んだのがわかった。
 だが、これが俺の仕事だ。
 むしろ、こういう混乱した現場ほど、得意な分野でもある。
 交渉、帳簿、物資管理、流通経路、冒険者の消耗具合。
 パーティでの裏方時代に培ったものは、戦場では地味だったかもしれない。けれど、ここでは明確な「力」として通用する。
 夕方、ギルドマスター室に資料を提出したとき、ギルドマスターが目を細めて言った。
「お前は……まるで全体を見通す監督官のようだな。冒険者だけがギルドの宝ではない。お前のような者もまた、要だと改めて実感する」
 その言葉に、胸の奥で小さな何かが灯るのを感じた。
 必要とされている。
 それだけで、救われる。
 あの頃の俺には、決して届かなかった言葉だ。
 夜、書類整理を終えて執務室を出ると、廊下の端にエリナが立っていた。
「今日も、お疲れ様です」
「……エリナ。なんでそんなところで待っていた?」
「リオンさんが“自分を見失わないように”って、ちょっとだけ見張りです」
 冗談めかして笑うその表情に、俺も思わず微笑んだ。
「ありがとうな。エリナ」
「いいえ。私、リオンがどんどん前に進んでいくのを見るの、好きなのよ」
 何気ないその言葉が、妙に心に残った。
 そう言う意味ではないだろうが、「好き」と言われて少し心がときめいてしまった。
 俺は今、誰かに支えられ、そして誰かを支えている。
 それは確かに、かつてとは違う形の「絆」だった。

          *

 数日後。
 業務の合間に、エリナが一通の報告書を手に俺の席にやってきた。
「エリナ。どうした?」
 心なしかエリナの顔色が悪い。
「リオン。あのね。ちょっと……これを見て」
 差し出されたのは、一枚の書類。
「報告書?」
 俺が受け取ったもの。それは、別ギルドからの事故報告書だった。
 任務失敗による冒険者の死傷報告。よくあると言えば、それまでの話だ。
 だが、目を通してすぐ、胸がざわついた。
「……こ、これは」
 載っていた名前。
 そこには、見覚えのある者たちの名前が並んでいた。
 A級パーティ『ザルツ』の任務失敗により崩壊。
 ダリオ・ヴェルト――任務中。重傷の末、死亡。
 リナ・グレイル――任務中の傷がもとで死亡。
 そして、カイル・ラグナ。
「現在、消息不明」と記されていたが、文面のニュアンスからして、生存の可能性は極めて低い。
 手が、止まった。
 彼らは俺の元仲間だ。かつて共に戦い、笑い、夢を語った仲間。
 そして、俺を「お荷物」として追放した者たち。
「こっちのギルドにも、いくつか情報が上がってきているわ。任務の失敗が続いていたみたいで……補給も、記録管理も、全部めちゃくちゃだったそう。最後のほうは少しまともになったみたいだけど。運悪く強いモンスターに遭遇してしまったみたいで」
 静かに語るエリナの声を、俺はぼんやりと聞いていた。
 そうか。
 俺がやっていたことは、やっぱり“無駄”じゃなかったんだな。
 誰かが帳簿をつけていたから、無駄のない装備調達ができた。
 誰かが戦略を整えていたから、無謀な戦闘は避けられた。
 それを、誰も気づかないまま“当たり前”と勘違いしていたんだ。
「ははは」
 乾いた笑いが口から漏れた。
「……なんでなんだろうな。ざまあみろって、思ってもいいはずなのに……」
 俺は目の奥が熱くなるのを感じた。
 悔しさか、悲しさか、それとも。
「リオン」
 エリナの声が、そっと俺の胸に触れるようだった。
 そう感じていると、そのままエリナに抱きしめられた。
「エリナ?」
「リオン。私は、リオンがここにいてくれて、本当に良かったと思っているわ」
 その言葉に、俺の中で膿のように淀んでいた感情が、静かに溶けていくのを感じた。
 俺はもう、戻る場所なんてない。
 だけど――進む道なら、ここにある。
 少なくとも、今の俺を、誰かが必要としてくれている。
 その事実だけで、救われる気がした。

       *

 その夜、俺は久しぶりに一人、ギルドの屋上に出た。
 街の明かりが滲んで見える。静かだった。人の声も、風の音も遠く、まるで別世界のように思えた。
「――ここで、カイルと空を見上げたことがあったな」
 ふと、口に出していた。
 十代の終わり、初めてA級に昇格した夜。
 浮かれていたカイルに付き合わされて、深夜まで飲んで、酔い潰れた奴を背負って歩いた。俺はその後、装備点検と資金報告の整理に追われてほとんど眠れなかったっけ。思い返すとずっとそんな役割ばっかりだ。
 でもあの頃は、それでいいと思っていた。
 裏方に回って、誰かを支えることが、自分にできる最善だと。
 だが、そういう役割は、気づかれないこともある。
 支えが当たり前になったとき、人はそれを「無価値」と錯覚する。
 だから、俺は追放された。
「でも」
 今の俺は、違う。
 ギルドという舞台で、俺の働きは目に見える形で評価されている。
 任された案件は増え、困難な依頼にも応えられるようになってきた。
「数字と戦略だけじゃない。俺自身の価値を、ようやく証明できるようになった」
 それは、かつての俺にはなかった誇りだった。
 足音が近づいてくるのに気づいて、振り返る。
「ここにいると思ったわ」
 エリナだった。
 彼女は隣に立ち、夜風に髪をなびかせながら、静かに言った。
「……辛いわよね。大切だった仲間が、いなくなるって」
「……ああ。でも、それでも」
 俺はゆっくりと、頷いた。
「俺は、もう前を向く。あいつらの死を無駄にしないためにも、ここで、もっと強くなる」
 誰かを支えるだけじゃなく、俺自身が、誰かを導けるように。
「私も、支えるわよ。リオン」
 エリナが笑った。
 その笑顔が、灯火のように心に染みた。
 俺はまた歩き出す。
 自分の力で、新しい未来を築くために。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

コストカットだ!と追放された王宮道化師は、無数のスキルで冒険者として成り上がる。

あけちともあき
ファンタジー
「宮廷道化師オーギュスト、お前はクビだ」  長い間、マールイ王国に仕え、平和を維持するために尽力してきた道化師オーギュスト。  だが、彼はその活躍を妬んだ大臣ガルフスの陰謀によって職を解かれ、追放されてしまう。  困ったオーギュストは、手っ取り早く金を手に入れて生活を安定させるべく、冒険者になろうとする。  長い道化師生活で身につけた、数々の技術系スキル、知識系スキル、そしてコネクション。  それはどんな難関も突破し、どんな謎も明らかにする。  その活躍は、まさに万能!  死神と呼ばれた凄腕の女戦士を相棒に、オーギュストはあっという間に、冒険者たちの中から頭角を現し、成り上がっていく。  一方、国の要であったオーギュストを失ったマールイ王国。  大臣一派は次々と問題を起こし、あるいは起こる事態に対応ができない。  その方法も、人脈も、全てオーギュストが担当していたのだ。  かくしてマールイ王国は傾き、転げ落ちていく。 目次 連載中 全21話 2021年2月17日 23:39 更新

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

「男のくせに料理なんて」と笑われたけど、今やギルドの胃袋を支えてます。

ファンタジー
「顔も頭も平凡で何の役にも立たない」とグリュメ家を追放されたボルダン。 辿り着いたのはギルド食堂。そこで今まで培った料理の腕を発揮し……。 ※複数のサイトに投稿しています。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
 名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。  妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。  貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。  しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。  小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。

神眼のカードマスター 〜パーティーを追放されてから人生の大逆転が始まった件。今さら戻って来いと言われてももう遅い〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「いいかい? 君と僕じゃ最初から住む世界が違うんだよ。これからは惨めな人生を送って一生後悔しながら過ごすんだね」 Fランク冒険者のアルディンは領主の息子であるザネリにそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 父親から譲り受けた大切なカードも奪われ、アルディンは失意のどん底に。 しばらくは冒険者稼業をやめて田舎でのんびり暮らそうと街を離れることにしたアルディンは、その道中、メイド姉妹が賊に襲われている光景を目撃する。 彼女たちを救い出す最中、突如として【神眼】が覚醒してしまう。 それはこのカード世界における掟すらもぶち壊してしまうほどの才能だった。 無事にメイド姉妹を助けたアルディンは、大きな屋敷で彼女たちと一緒に楽しく暮らすようになる。 【神眼】を使って楽々とカードを集めてまわり、召喚獣の万能スライムとも仲良くなって、やがて天災級ドラゴンを討伐するまでに成長し、アルディンはどんどん強くなっていく。 一方その頃、ザネリのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 ダンジョン攻略も思うようにいかなくなり、ザネリはそこでようやくアルディンの重要さに気づく。 なんとか引き戻したいザネリは、アルディンにパーティーへ戻って来るように頼み込むのだったが……。 これは、かつてFランク冒険者だった青年が、チート能力を駆使してカード無双で成り上がり、やがて神話級改変者〈ルールブレイカー〉と呼ばれるようになるまでの人生逆転譚である。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

処理中です...