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第14話「勝利と昇進」
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ギルド本部の空気が、重い。まるで目に見えない霧が立ち込めているような、そんな圧迫感が広がっていた。
「また一つ、討伐隊が戻ってきました。被害甚大です。……副隊長が、戦死を」
受付嬢の一人が震える声で報告する。言葉の端々に疲労と恐怖がにじんでいた。
ギルドに襲いかかっているのは、かつてない規模の脅威――周辺地域に突如現れた魔獣の群れ。それも、指揮系統を持つ個体が確認されているとの報告があった。
無秩序な襲撃ではない。こちらの動きを読んだ上で、意図的に拠点を分断し、補給路を断ち、戦力を分散させる。
ギルドでは各パーティへの依頼ではなく、近隣ギルド含めた全体の連合パーティを結成した。討伐隊と呼ばれたその連合パーティにはA級冒険者も何人もいたのに任務を果たせずに戻って来ることになってしまった。
――これは、ただの脅威じゃない。戦争だ。
会議室ではギルドマスターが眉間に深く皺を寄せていた。
「このままでは、ギルドそのものが機能を失う。……リオン。お前に指揮を一任する。情報整理、戦力運用、資源の再配分……すべてだ。お前の力を全て本件に注いでほしい」
静かに、頷いた。
こんな大役を俺なんかに。とはもう言わない。
ギルドマスターは俺に大任を与えてくれた。俺はただその期待にこたえたい。
この件はやるべきことは山ほどある。だが、混乱に身を任せるほど愚かじゃない。
こういう時こそ、冷静さと合理性が求められる。
「俺に出来る限りの事をします」
そう言って俺は会議室を出た。
*
「まず、情報を再整理します。現地からの報告書はすべて集約。出撃済みの隊の進行ルート、被害状況、補給ラインの状態、それぞれ地図にまとめてください。エリナ、協力をお願いできるか?」
「うん、もちろん!」
みんなに分担を伝える中、俺の言葉にエリナはすぐに立ち上がり、指示を周囲へ飛ばす。彼女の声が広がるにつれ、職員たちの動きが次第に整っていく。
俺は資料室に駆け込んだ。
過去十年の記録、周辺の地形変化、魔獣の行動パターン、討伐依頼と応答速度。すべてを繋げて、意味のある線に変えていく。
「魔界貴族……か」
今までの冒険者時代には一度も聞いた事がいなかった存在。人語を喋り魔界の貴族を自称する存在。古い文献に載っていたそんなものを普段なら信じられないが、今の状況ではそう言った存在がいるとすると逆に魔獣達の統率の意味が理解できた。
魔界貴族の存在を含め、頭の中で数字が踊る。経路、時間、戦力、損耗率。それらを一つずつ整理していく。
無駄は省く。動ける戦力を最も必要とされる場所に。救援が必要な隊には即座に補給と後方支援を回す。
これは、冒険者たちを生かすための算数だ。
「……すごい、リオン。まるで、戦場を見てきたみたい」
いつの間にか、エリナが隣で地図を広げていた。俺の計画に、感嘆の声を漏らしている。
「見てきたんだよ。十年分、ずっとな」
元A級パーティの一員として。けれど、戦う剣ではなく、支える手として。
――今、その積み重ねがようやく意味を持ち始めている。
「これが、俺のやり方だ。命を預かる以上、合理的に、正確にやる。ギルドは絶対に守る」
俺の言葉に、エリナはまっすぐな目で頷いた。
彼女の視線に、迷いはない。その姿に支えられ、俺もまた立ち続けられる。
……危機の中にあって、俺の居場所は確かにここにある。
そう思えた瞬間、胸の奥に宿った炎が、より強く燃え始めた気がした。
*
ギルドという組織が、ひとつの意思で動き出す――それは簡単なことじゃない。
冒険者は基本的に個人主義だし、職員たちも現場の混乱に引きずられやすい。
命を預ける場面で、誰かの指示に従うには、絶対的な「納得」が必要だ。
俺はそれを知っている。だから、押しつけじゃなく、理屈と信頼で動かす。
「東部の討伐隊、撤退させるんですか? でも、まだ拠点は──」
「維持は無理だ。そこは切る。代わりに、西の拠点へ移動させて防衛に充てる。前線を張る意味はない。重要なのは生存率と回復力だ。無理をさせるな」
冒険者たちは最初こそ反発したが、詳細なデータと見通しを示すと、徐々に顔つきが変わっていった。
前に出るだけが戦いじゃない。退いて守ることも、立派な戦略だ。
数値は冷たい。でも、命を守るために必要な「現実」でもある。
「北部方面の部隊。魔導薬の在庫が限界です。流通が止まっています」
「ならば、予備倉庫を開ける許可を。鍵の所在は覚えている。あとは――」
「搬送人員は?」
「俺が行く」
一瞬、皆の目がこちらを向いた。俺自身が出向くという判断に、驚いたのだろう。
「危険よ。リオン!」
エリナがすかさず制止の声を上げる。その気持ちはありがたい。だが――
「分かっている。でも、判断に迷いが出るなら、まず俺が動く。現場の空気は現場でしか掴めない。必要なら戦う覚悟もある」
俺はもう、ただの裏方じゃない。ギルドを守るために、前に出る覚悟はできている。
エリナは少し黙ってから、小さくうなずいた。
「……わかった。なら、私も行くわ」
「待機を頼む。エリナが中枢にいないと、現場は崩れる。ここは君の居場所だ」
そう言うと、彼女は唇を噛んで、それでも「わかった」と返してくれた。信じてくれている。その事実が、なにより力になる。
――そして、現場。
北部方面は想像以上に逼迫していた。負傷者、在庫不足、魔獣の包囲。まさに崩壊寸前だった。だが俺は冷静に状況を把握し、必要な物資を配り、搬送ルートを切り替えた。
「指示、ありがとうな……あんたがいなきゃ、もう何人か死んでた」
血まみれの冒険者にそう言われ、俺は首を横に振った。
「違う。あんたたちが踏ん張ってくれたから、間に合ったんだ」
組織は人だ。個々の判断が、全体を動かす。その全体に「方向」を与えるのが、俺の仕事。
迷わないこと、恐れないこと。正しく冷静に、そして誰より本気で、目の前の命に向き合うこと。
俺の判断が正しいかなんて、終わってみなきゃ分からない。
けれど、誰かの命がかかっているなら、何度でも決断する。
ギルドは、守るべき場所なんだ。
俺の居場所であり、仲間の帰る場所でもあるから。
*
北部方面の危機を乗り越えて、ギルド本部に戻ったとき、俺はようやく深く息をついた。
報告書の山が待っているのは分かっていたけど、今は少しだけ、肩の力を抜いてもいいと思えた。
すでに、各地の混乱は収束し始めていた。俺の指示で動いた搬送ルートも、新しい防衛線も、機能している。
魔界貴族を自称していた人型の魔獣。俺は現場を見ていないが、遭遇した冒険者の話だと劣勢になるとみて撤退したそうだ。最初のA級数名で組んだ討伐隊は壊滅させられかけたものの、周辺のギルドから集めた精鋭たちで結成したA級十数名の討伐隊は魔界貴族を追い詰めたのだと言う。実際に戦った冒険社に聞くと「あれは今まで遭遇したことないレベルだった。A級の魔獣を遥かに凌駕していた」と言っていた。それでも、最上級のA級人海戦術には勝てなかったらしく、撤退していった。結局その正体は掴めないままだった。
決して完璧じゃない。それでも、危機は乗り切った。
「アルディスさん、今少しいいですか?」
控え室の扉を叩いて入ってきたのは、上席幹部のひとりだった。
「は、はい。どうしました」
俺は慌てて返事をする。バルド以外の幹部にはあまり会う機会がないので緊張する。
だが相手の方が少し緊張した顔で、俺の前に座ると、彼は資料の束を置いた。
「これは、今回の対応における、各支部の評価報告です」
それは、俺が提出した対応策と、現場の反応、成果、全てが網羅された詳細な記録だった。
俺が一つひとつ読んでいくと、目に留まる言葉がある。
『リオン・アルディスの判断により、損害を最小限に抑えた』
『あの人がいたから、今もここにいられる』
『ただの職員じゃない。俺たちを導いた、本物のリーダーだ』
胸の奥に、じわりと熱いものがこみ上げてくる。
自分が選び、動き、命を預かって下した判断。それが、誰かの救いになっていた。
「アルディスさん……今回の件で、あなたの働きは、当ギルド全体はもちろん周辺のギルド内にも知られることとなりました」
幹部の言葉が、さらに続く。
「ギルドマスターとも協議しました。あなたを正式に、幹部として迎えたいと考えています。……昇進の件、引き受けていただけますか?」
一瞬だけ、言葉が出なかった。
ただの裏方だった俺が、追放され、ギルドの一職員から始めて――そして今、組織の中核に立つ場所にまで来た。
俺の努力は、ようやく形になった。誰かの声になった。
思い出す。かつて「お荷物」と呼ばれた俺を、唯一、見捨てなかった人の存在を。
「……ありがとうございます」
俺はゆっくりと顔を上げた。
「昇進の件。ありがたく引き受けます。けれど、俺は変わりません。これからも、支える者として在り続けます」
幹部は微笑み、深く頷いた。
そのあと、控え室を出ると、廊下の向こうから駆けてくる人影が見えた。
「リオン!」
エリナだ。
エリナの顔が見えたのは一瞬。次の瞬間には抱きつかれていた。
「エ、エリナ」
物凄い衝撃だったがなんとか受け止める。
「あ、ごめんなさい」
そう言ってエリナはゆっくりと俺から離れる。
再び俺はエリナの顔を見る。
その表情は、いつもと違った。少し涙ぐんでいて、でも笑っていた。
「リオンさん。昇進、おめでとうございます……!」
「聞いていたのか?」
「いいえ、父から聞いたの。父も言っていたけど、リオンなら当然だって思っていたわ」
彼女の言葉が、まっすぐ胸に響く。
昔の俺なら、素直に受け取れなかったかもしれない。でも、今は違う。
ここまで来るまでの道のりを、彼女はずっと、そばで見ていてくれた。
「ありがとう、エリナ。……君がいてくれたから、俺はここまで来られた」
言葉にすると、少し照れくさい。でも、それが真実だ。
俺とエリナは互いに見つめ合う。
「ゴホン」
背後からわざと咳き込むような声が聞こえた。
幹部の人が会議室から出てきたのだ。
そもそも今二人がいたのはギルドの廊下だ。人目が多い。
何事も無かったかのように歩いてその場をあとにしようとした。
すると、すれ違った若い冒険者たちが、こちらに一礼する。
「お疲れさまでした、リオンさん!」
「次の作戦も、よろしくお願いします!」
重なる声。失ったものもあるけれど、今の俺は、確かに多くの声に支えられている。
静かに思う。
報われない努力なんて、本当はないのかもしれない。
ただ、形になるまでに、時間がかかるだけだ。
俺の時間は、ようやく実を結び始めた。
*
その日、俺は少しだけ早く目を覚ました。
いつものように資料を確認し、出勤の準備を整え、ギルド本部の扉をくぐる。
変わらない朝――のはずだったが、今日は違った。
執務室の前に立ったとき、扉の向こうから声が聞こえた。
「リオン・アルディス、入ってくれ」
重く、しかしどこか温かい声。バルド・ランフォード、ギルドマスター。
俺は深く息を吸ってから、静かに扉を開けた。
「失礼します」
中にはバルドさんと、数名の幹部が揃っていた。
まるで式典のような空気が漂っている。
「これまでの働き、確かに見届けた。お前は既に多くを成し遂げた。だが、これからは――もっと多くのものを背負う立場となる」
バルドさんは立ち上がり、俺の前に歩み寄ると、ひとつの徽章を差し出した。
それは、ギルド幹部にのみ授与される証。
「リオン・アルディス、これより貴殿をギルド幹部として正式に任命する」
徽章を両手で受け取った瞬間、胸の奥に熱が走った。
この手で築いてきたものが、ようやく形となって報われた気がした。
「……身に余る光栄です。ですが、俺はこれまでと変わらず、ギルドの礎であり続けたいと思っています」
言葉にすると、バルドさんは笑って頷いた。
「それでいい。お前のような者が、中枢に立つべきなのだ」
式が終わった後、執務室を出ると、廊下でエリナが待っていた。
制服姿の彼女は、今日も変わらず清々しく、美しかった。
「お疲れ様、リオン。……本当に、おめでとう」
「ありがとう。……エリナがいてくれたから、ここまで来られたよ」
そう伝えると、彼女は少し目を潤ませながら笑った。
「ううん、私はただ信じていただけ。あなたが、自分を信じて歩いてくれたから」
その言葉に、胸が熱くなる。
失ってきたものもあったけれど、今、隣にいるこの人がいてくれることが、何よりの救いだった。
ふと、ギルドのロビーに目を向けると、新人たちが今日も依頼を受けに集まっている。
あの頃の自分も、あんな風にここにいた。未熟で、でも必死だった。
これからは、そんな若者たちを導く立場になる。
裏方としてだけじゃない。責任ある立場として。
でも、それは怖くない。今の俺なら、歩いていける。
「さあ、新しい一日が始まる。やるべきことは山ほどあるからな」
体中からやる気が満ちている。高揚感に包まれていた。
「頑張ってね。幹部さん」
からかうわけでもなく、でも気さくな感じでエリナは俺に微笑みかけた。
「ああ、見ていてくれ。でも頑張ってじゃ無くて頑張ろうだろう?」
「ええ、私も受付嬢として、あなたに負けないように頑張らなくちゃ」
並んで歩くその足取りは、軽やかだった。
これは、終わりではない。新たな物語の始まり。
支えることに誇りを持った俺が、自らの手で築く、未来の第一歩だ。
「また一つ、討伐隊が戻ってきました。被害甚大です。……副隊長が、戦死を」
受付嬢の一人が震える声で報告する。言葉の端々に疲労と恐怖がにじんでいた。
ギルドに襲いかかっているのは、かつてない規模の脅威――周辺地域に突如現れた魔獣の群れ。それも、指揮系統を持つ個体が確認されているとの報告があった。
無秩序な襲撃ではない。こちらの動きを読んだ上で、意図的に拠点を分断し、補給路を断ち、戦力を分散させる。
ギルドでは各パーティへの依頼ではなく、近隣ギルド含めた全体の連合パーティを結成した。討伐隊と呼ばれたその連合パーティにはA級冒険者も何人もいたのに任務を果たせずに戻って来ることになってしまった。
――これは、ただの脅威じゃない。戦争だ。
会議室ではギルドマスターが眉間に深く皺を寄せていた。
「このままでは、ギルドそのものが機能を失う。……リオン。お前に指揮を一任する。情報整理、戦力運用、資源の再配分……すべてだ。お前の力を全て本件に注いでほしい」
静かに、頷いた。
こんな大役を俺なんかに。とはもう言わない。
ギルドマスターは俺に大任を与えてくれた。俺はただその期待にこたえたい。
この件はやるべきことは山ほどある。だが、混乱に身を任せるほど愚かじゃない。
こういう時こそ、冷静さと合理性が求められる。
「俺に出来る限りの事をします」
そう言って俺は会議室を出た。
*
「まず、情報を再整理します。現地からの報告書はすべて集約。出撃済みの隊の進行ルート、被害状況、補給ラインの状態、それぞれ地図にまとめてください。エリナ、協力をお願いできるか?」
「うん、もちろん!」
みんなに分担を伝える中、俺の言葉にエリナはすぐに立ち上がり、指示を周囲へ飛ばす。彼女の声が広がるにつれ、職員たちの動きが次第に整っていく。
俺は資料室に駆け込んだ。
過去十年の記録、周辺の地形変化、魔獣の行動パターン、討伐依頼と応答速度。すべてを繋げて、意味のある線に変えていく。
「魔界貴族……か」
今までの冒険者時代には一度も聞いた事がいなかった存在。人語を喋り魔界の貴族を自称する存在。古い文献に載っていたそんなものを普段なら信じられないが、今の状況ではそう言った存在がいるとすると逆に魔獣達の統率の意味が理解できた。
魔界貴族の存在を含め、頭の中で数字が踊る。経路、時間、戦力、損耗率。それらを一つずつ整理していく。
無駄は省く。動ける戦力を最も必要とされる場所に。救援が必要な隊には即座に補給と後方支援を回す。
これは、冒険者たちを生かすための算数だ。
「……すごい、リオン。まるで、戦場を見てきたみたい」
いつの間にか、エリナが隣で地図を広げていた。俺の計画に、感嘆の声を漏らしている。
「見てきたんだよ。十年分、ずっとな」
元A級パーティの一員として。けれど、戦う剣ではなく、支える手として。
――今、その積み重ねがようやく意味を持ち始めている。
「これが、俺のやり方だ。命を預かる以上、合理的に、正確にやる。ギルドは絶対に守る」
俺の言葉に、エリナはまっすぐな目で頷いた。
彼女の視線に、迷いはない。その姿に支えられ、俺もまた立ち続けられる。
……危機の中にあって、俺の居場所は確かにここにある。
そう思えた瞬間、胸の奥に宿った炎が、より強く燃え始めた気がした。
*
ギルドという組織が、ひとつの意思で動き出す――それは簡単なことじゃない。
冒険者は基本的に個人主義だし、職員たちも現場の混乱に引きずられやすい。
命を預ける場面で、誰かの指示に従うには、絶対的な「納得」が必要だ。
俺はそれを知っている。だから、押しつけじゃなく、理屈と信頼で動かす。
「東部の討伐隊、撤退させるんですか? でも、まだ拠点は──」
「維持は無理だ。そこは切る。代わりに、西の拠点へ移動させて防衛に充てる。前線を張る意味はない。重要なのは生存率と回復力だ。無理をさせるな」
冒険者たちは最初こそ反発したが、詳細なデータと見通しを示すと、徐々に顔つきが変わっていった。
前に出るだけが戦いじゃない。退いて守ることも、立派な戦略だ。
数値は冷たい。でも、命を守るために必要な「現実」でもある。
「北部方面の部隊。魔導薬の在庫が限界です。流通が止まっています」
「ならば、予備倉庫を開ける許可を。鍵の所在は覚えている。あとは――」
「搬送人員は?」
「俺が行く」
一瞬、皆の目がこちらを向いた。俺自身が出向くという判断に、驚いたのだろう。
「危険よ。リオン!」
エリナがすかさず制止の声を上げる。その気持ちはありがたい。だが――
「分かっている。でも、判断に迷いが出るなら、まず俺が動く。現場の空気は現場でしか掴めない。必要なら戦う覚悟もある」
俺はもう、ただの裏方じゃない。ギルドを守るために、前に出る覚悟はできている。
エリナは少し黙ってから、小さくうなずいた。
「……わかった。なら、私も行くわ」
「待機を頼む。エリナが中枢にいないと、現場は崩れる。ここは君の居場所だ」
そう言うと、彼女は唇を噛んで、それでも「わかった」と返してくれた。信じてくれている。その事実が、なにより力になる。
――そして、現場。
北部方面は想像以上に逼迫していた。負傷者、在庫不足、魔獣の包囲。まさに崩壊寸前だった。だが俺は冷静に状況を把握し、必要な物資を配り、搬送ルートを切り替えた。
「指示、ありがとうな……あんたがいなきゃ、もう何人か死んでた」
血まみれの冒険者にそう言われ、俺は首を横に振った。
「違う。あんたたちが踏ん張ってくれたから、間に合ったんだ」
組織は人だ。個々の判断が、全体を動かす。その全体に「方向」を与えるのが、俺の仕事。
迷わないこと、恐れないこと。正しく冷静に、そして誰より本気で、目の前の命に向き合うこと。
俺の判断が正しいかなんて、終わってみなきゃ分からない。
けれど、誰かの命がかかっているなら、何度でも決断する。
ギルドは、守るべき場所なんだ。
俺の居場所であり、仲間の帰る場所でもあるから。
*
北部方面の危機を乗り越えて、ギルド本部に戻ったとき、俺はようやく深く息をついた。
報告書の山が待っているのは分かっていたけど、今は少しだけ、肩の力を抜いてもいいと思えた。
すでに、各地の混乱は収束し始めていた。俺の指示で動いた搬送ルートも、新しい防衛線も、機能している。
魔界貴族を自称していた人型の魔獣。俺は現場を見ていないが、遭遇した冒険者の話だと劣勢になるとみて撤退したそうだ。最初のA級数名で組んだ討伐隊は壊滅させられかけたものの、周辺のギルドから集めた精鋭たちで結成したA級十数名の討伐隊は魔界貴族を追い詰めたのだと言う。実際に戦った冒険社に聞くと「あれは今まで遭遇したことないレベルだった。A級の魔獣を遥かに凌駕していた」と言っていた。それでも、最上級のA級人海戦術には勝てなかったらしく、撤退していった。結局その正体は掴めないままだった。
決して完璧じゃない。それでも、危機は乗り切った。
「アルディスさん、今少しいいですか?」
控え室の扉を叩いて入ってきたのは、上席幹部のひとりだった。
「は、はい。どうしました」
俺は慌てて返事をする。バルド以外の幹部にはあまり会う機会がないので緊張する。
だが相手の方が少し緊張した顔で、俺の前に座ると、彼は資料の束を置いた。
「これは、今回の対応における、各支部の評価報告です」
それは、俺が提出した対応策と、現場の反応、成果、全てが網羅された詳細な記録だった。
俺が一つひとつ読んでいくと、目に留まる言葉がある。
『リオン・アルディスの判断により、損害を最小限に抑えた』
『あの人がいたから、今もここにいられる』
『ただの職員じゃない。俺たちを導いた、本物のリーダーだ』
胸の奥に、じわりと熱いものがこみ上げてくる。
自分が選び、動き、命を預かって下した判断。それが、誰かの救いになっていた。
「アルディスさん……今回の件で、あなたの働きは、当ギルド全体はもちろん周辺のギルド内にも知られることとなりました」
幹部の言葉が、さらに続く。
「ギルドマスターとも協議しました。あなたを正式に、幹部として迎えたいと考えています。……昇進の件、引き受けていただけますか?」
一瞬だけ、言葉が出なかった。
ただの裏方だった俺が、追放され、ギルドの一職員から始めて――そして今、組織の中核に立つ場所にまで来た。
俺の努力は、ようやく形になった。誰かの声になった。
思い出す。かつて「お荷物」と呼ばれた俺を、唯一、見捨てなかった人の存在を。
「……ありがとうございます」
俺はゆっくりと顔を上げた。
「昇進の件。ありがたく引き受けます。けれど、俺は変わりません。これからも、支える者として在り続けます」
幹部は微笑み、深く頷いた。
そのあと、控え室を出ると、廊下の向こうから駆けてくる人影が見えた。
「リオン!」
エリナだ。
エリナの顔が見えたのは一瞬。次の瞬間には抱きつかれていた。
「エ、エリナ」
物凄い衝撃だったがなんとか受け止める。
「あ、ごめんなさい」
そう言ってエリナはゆっくりと俺から離れる。
再び俺はエリナの顔を見る。
その表情は、いつもと違った。少し涙ぐんでいて、でも笑っていた。
「リオンさん。昇進、おめでとうございます……!」
「聞いていたのか?」
「いいえ、父から聞いたの。父も言っていたけど、リオンなら当然だって思っていたわ」
彼女の言葉が、まっすぐ胸に響く。
昔の俺なら、素直に受け取れなかったかもしれない。でも、今は違う。
ここまで来るまでの道のりを、彼女はずっと、そばで見ていてくれた。
「ありがとう、エリナ。……君がいてくれたから、俺はここまで来られた」
言葉にすると、少し照れくさい。でも、それが真実だ。
俺とエリナは互いに見つめ合う。
「ゴホン」
背後からわざと咳き込むような声が聞こえた。
幹部の人が会議室から出てきたのだ。
そもそも今二人がいたのはギルドの廊下だ。人目が多い。
何事も無かったかのように歩いてその場をあとにしようとした。
すると、すれ違った若い冒険者たちが、こちらに一礼する。
「お疲れさまでした、リオンさん!」
「次の作戦も、よろしくお願いします!」
重なる声。失ったものもあるけれど、今の俺は、確かに多くの声に支えられている。
静かに思う。
報われない努力なんて、本当はないのかもしれない。
ただ、形になるまでに、時間がかかるだけだ。
俺の時間は、ようやく実を結び始めた。
*
その日、俺は少しだけ早く目を覚ました。
いつものように資料を確認し、出勤の準備を整え、ギルド本部の扉をくぐる。
変わらない朝――のはずだったが、今日は違った。
執務室の前に立ったとき、扉の向こうから声が聞こえた。
「リオン・アルディス、入ってくれ」
重く、しかしどこか温かい声。バルド・ランフォード、ギルドマスター。
俺は深く息を吸ってから、静かに扉を開けた。
「失礼します」
中にはバルドさんと、数名の幹部が揃っていた。
まるで式典のような空気が漂っている。
「これまでの働き、確かに見届けた。お前は既に多くを成し遂げた。だが、これからは――もっと多くのものを背負う立場となる」
バルドさんは立ち上がり、俺の前に歩み寄ると、ひとつの徽章を差し出した。
それは、ギルド幹部にのみ授与される証。
「リオン・アルディス、これより貴殿をギルド幹部として正式に任命する」
徽章を両手で受け取った瞬間、胸の奥に熱が走った。
この手で築いてきたものが、ようやく形となって報われた気がした。
「……身に余る光栄です。ですが、俺はこれまでと変わらず、ギルドの礎であり続けたいと思っています」
言葉にすると、バルドさんは笑って頷いた。
「それでいい。お前のような者が、中枢に立つべきなのだ」
式が終わった後、執務室を出ると、廊下でエリナが待っていた。
制服姿の彼女は、今日も変わらず清々しく、美しかった。
「お疲れ様、リオン。……本当に、おめでとう」
「ありがとう。……エリナがいてくれたから、ここまで来られたよ」
そう伝えると、彼女は少し目を潤ませながら笑った。
「ううん、私はただ信じていただけ。あなたが、自分を信じて歩いてくれたから」
その言葉に、胸が熱くなる。
失ってきたものもあったけれど、今、隣にいるこの人がいてくれることが、何よりの救いだった。
ふと、ギルドのロビーに目を向けると、新人たちが今日も依頼を受けに集まっている。
あの頃の自分も、あんな風にここにいた。未熟で、でも必死だった。
これからは、そんな若者たちを導く立場になる。
裏方としてだけじゃない。責任ある立場として。
でも、それは怖くない。今の俺なら、歩いていける。
「さあ、新しい一日が始まる。やるべきことは山ほどあるからな」
体中からやる気が満ちている。高揚感に包まれていた。
「頑張ってね。幹部さん」
からかうわけでもなく、でも気さくな感じでエリナは俺に微笑みかけた。
「ああ、見ていてくれ。でも頑張ってじゃ無くて頑張ろうだろう?」
「ええ、私も受付嬢として、あなたに負けないように頑張らなくちゃ」
並んで歩くその足取りは、軽やかだった。
これは、終わりではない。新たな物語の始まり。
支えることに誇りを持った俺が、自らの手で築く、未来の第一歩だ。
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《「小説家になろう」にも投稿しています》
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
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ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。
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突如、所属している冒険者パーティー[ゴバスト]を解雇されたサポーターのマルコ。しかし普通のサポート職以上の働きをしていたマルコが離脱した後のパーティーは凋落の一途を辿る。そしてその影響はギルドにまでおよび……
いわゆる追放物の短編作品です。
起承転結にまとめることを意識しましたが、上手く『ざまぁ』出来たか分かりません。どちらかと言えば、『覆水盆に返らず』の方がしっくりくるかも……
サクッと読んで頂ければ幸いです。
※思っていた以上の方に読んで頂けたので、感謝を込めて当初の予定を越える文量で後日談を追記しました。ただ大団円で終わってますので、『ざまぁ』を求めている人は見ない方が良いかもしれません。
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