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第1章「リネスの暴風」

第05話「精霊魔術師」

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 オルベリアが戦場を離れてから数刻。クロウスの興奮も収まってきたが、戦闘はまだ始まっていなかった。正直もう待ち飽きている。

「一体いつになったら攻めてくるんだろうな?」

 クロウスも大分焦れているようだ。

「来ないんじゃないか?」

 俺はそう答えた。来る気がないならさっさと帰って欲しい。さっきみたいなゴタゴタは嫌だがずっとこうしているのも退屈だ。

「来なかったら戦果が上げられないじゃないか。なあ、ルクト」

「俺は別にいい」

 戦わずに済むならそれに越したことはない。

「ルクト」

「なんだ?」

「いつもと違うな。お前どうしてそんなに疲れきっているんだ?」

 それはもちろん。さっきのオルベリア襲来による疲労だ。

「色々あったからな。今日はもう疲れた」

 早く隊舎に戻って眠りたい。

「戦好きのお前がそう言うとはよっぽどだな」

「別に戦が好きってわけじゃない」

 俺は平和主義者だ。平成の生まれだからな。

「そうか?俺はお前ってもっと好戦的な奴だと思ってたよ」

「どこがだ?」

 酷い勘違いだ。俺は常に平和を求めている。

「初陣の時いきなり一人で突撃したし、その次も隊長が止めたのを無視して突撃したし、あまつさえ隊長が実力行使で止めようとしたのを簡単に振り払って突撃したし」

「そこまでは……そういえば、そうだな」

 一瞬否定しようとしたが、残念ながら間違いなく事実だ。

 思い返してみると、戦闘の度に一人で突撃した記憶しかない。

「今はお前が隊長なんだから、隊をほったらかして一人で突撃なんてするなよ」

「しないよ。多分な」

 そう。多分だ。約束はしないでおこう。

 守れない様な約束はしないほうがいいというのが宰相閣下からの教えだ。

「ルクト。なんか向こうが騒がしいぞ」

 俺はピクリと肩が震えた。

「何だ。またオルベリアか?」

 もう勘弁して欲しい。

「あの光」

 クロウスが自然発生しない精霊魔術特有の光を指差した。

「精霊魔術?」

 精霊魔術が発動しているのが見えた。

 遠目だが魔獣が精霊魔術に滅ぼされている。

 この地域は魔獣の発生が多い。そしてそれが今回左翼に騎士隊が二つ出陣している理由だ。

「せっかく敵がいないんだ。うちの隊ももう少し偵察を出させるか」

「了解」

 俺の指示にクロウスがてきぱきと指示を出していく。

「ラキエス卿」

「はい?」

 珍しい呼び方をされて俺は振り返った。

 隊のみんなは俺を「隊長」と呼ぶ。騎士でない兵士たちもそうだ。ベテラン勢には「ルクト」とか「坊主」とか言われたりもするが、「ラキエス卿」なんて誰にも呼ばれたことはない。

 振り返った先には、赤く輝く派手な鎧を身に纏ったいかにも貴族な雰囲気を漂わせる男がいた。

 年齢は俺やクロウスと同じくらいか。

 自分の名前を名乗る気はなさそうだ。「私を知っているだろう」的なオーラを出しているが初対面だし全く知らない人だ。

「ライル・エクステル騎士隊長。エクステル子爵家の長男で次期当主」

 いつの間にか横に戻っていたクロウスがこっそりと教えてくれた。

 こいつの情報網は結構役に立つ。

「何か御用ですか。エクステル卿」

「大した用ではない。最年少騎士隊長殿のお姿を一度見ておきたかっただけだ」

 大した用じゃないなら来なければ良いのに。と思いながらも口には出さなかった。

 別に喧嘩を売られたわけでもないしこちらから事を荒立てることもない。

「ラキエス卿。戦場の怖さも知らずに運よく戦果を重ねただけの君に一言忠告をしておこう」

 いきなり喧嘩腰だった。

「我がエクステル家は代々水の精霊の加護を受けている」

 聞いてもいないのにエクステルは喋り続けている。

 エクステルが右手を開く。

 青い光を放たれると同時に右手の上に水の球体が浮かび上がった。先程見た光と同じだ。魔獣を倒したのはこの男だったか。

「騎士として、そして水の精霊を使役する魔術師として戦場を駆け抜ける。君のような無謀な突撃とは違い戦況を左右するほどの力だ」

 自分の能力の自慢はいいけど俺の戦闘見たことないくせに勝手なことを言ってくれるな。

 面倒なので言い返したりはしなかった。

「私は騎士になる時も自らの力で試練を突破した。何をどうやったかは知らないが公爵家に取り入って騎士になった貴殿とは違う」

 それに関しては本当に耳が痛い。

「わかったら騎士隊長という過分な地位を守るために励むと良い」

 本当にわかりやすく上から目線だ。

「先程こちらから騒ぎ声が聞こえたが、部下の教育くらい隊長としてしっかりしておくことだ」

「それは失礼しました」

 その件はオルベリア襲来のせいで俺のせいではない。だが身内の行動のせいなので素直に謝っておいた。

 俺が頭を下げたのを見てエクステルは満足そうに笑みを浮かべた。

「とは言え、同年代の騎士隊長同士。わからないことがあれば私に聞くと良い」

「ありがとうございます。エクステル卿。至らぬ点が多々あるとは思いますが、是非ともご教授いただきたい」

「ああ。もちろんだ」

 エクステルは水の球体を消して俺に右手を差し出した。

「よろしく頼む。ラキエス卿」

 俺も右手を差し出して握手をした。

「よろしくお願いします。エクステル卿」

 すると突然俺の右手を握るエクステルの握力が強くなった。

「いいことを教えてやろう。前回と違い今回はロトワール軍が攻め込んでくる。その時にお手並みを拝見させていただこう。最年少騎士隊長殿」

 エクステルは優雅な動作で自らの持ち場へ戻っていった。

「なんだ。今の」

 都市の裏道でチンピラにからまれたみたいだった。

 チンピラなら殴ればいいが殴れない分タチが悪い。

「クロウス。俺、あの男に何かしたのか?心当たりがないんだが」

 駄目元で何か知っていないかクロウスに尋ねる。

「お前に心当たりはないだろうな」

「知っているのか?」

 なにか心当たりがありそうだった。

「まあ、予想で良ければ」

「教えてくれ。俺は何をした?」

 本当に俺が悪いなら謝るが、逆恨みなら止めて欲しい。

「直接ではないけど間接的にかな」

「間接的?」

 意味がわからない。

「お前が騎士隊長になるまで、あいつが最年少の騎士隊長だったんだよ」

「なるほど」

 つまり、俺がエクステルから最年少騎士隊長の座を奪ったということか。

 そんな小さなことで敵視されていたのか。そういえば【最年少騎士隊長殿】って二回くらい言われた気がする。

 逆恨みだな。謝る必要はなさそうだ。

「エクステル隊はどれくらいいるんだ?」

「二百人くらいって聞いたけど」

「二百か。うちの倍以上だな」

 一口に騎士隊といっても数が決まっているわけではない。

 数は大小バラバラである。多いと数百、少ないと五十人程度と言う隊もある。

 ラキエス隊は総勢八十名。

 向こうは約二百名。

 エクステル隊の方が数は上なのだから気にすることないと思うが。

「それに魔術師であることを強調しておきたかったんだろう」

「魔術師か」

 魔術師。

 マナを操り神秘の力を使う者のことを指す。

 この世界では魔法の事を総じて魔術と呼ぶ。

 魔術師は「神秘の力を使う者」と一括りにされているが、大まかに分けると五種類に分けられる。
 神託魔術師。通称オラクル。
 創世主より与えられし特別な力を操る魔術師。

 精霊魔術師。通称スピリット。
 精霊達に自らのマナを与えて魔術を発動させる魔術師。

 刻印魔術師。通称ルーン。
 自らの肉体に魔術発動用の刻印を刻んで魔術を発動させる魔術師。

 宝石魔術師。通称ジュエル。
 魔道具と呼ばれる魔術発動媒体により魔術を発動させる魔術師。

 血統魔術師。通称ブラッド。
 魔術師の子孫で自らの血を媒体に魔術を発動させる魔術師。

 さっきのエクステルは自己紹介の通り水の精霊を操る精霊魔術師。

 俺もエクステルと同じように右手を広げてマナを放出する。

 風の精霊達が集まっていた。

 さっきのエクステルより強めに発動しているので、より幻影的な光景だがクロウスも周りの騎士達も慣れているため特に驚かない。

 さっきのオルベリア襲来時の慌てていたくせに。まあ慣れられても困るが。

「相変わらず凄いな。お前のも見せてやれば良かったのに」

「味方と争ってどうする?」

 マナの放出を止めた。風の精霊達が去っていく。

「まあ下手に争って背中から刺されたなんてことあっても困るしな」

「怖い事を言うなよ」

 百歩譲って敵視されているのはいいとしても、敵対されるなんてことは絶対にやめてほしい。

「それより、ロトワールが攻めてくるそうだ。気を引き締めておけ」

「急にどうした?」

 クロウスが首をかしげる

「エクステルに言われた。今回は戦闘になるそうだ」

「マジか?」

「ああ」

 どこから情報を聞いたか知らないが、エクステルのあの言い方は嘘ではなさそうだった。

「隊長」

 騎士の一人が駆けこんできた。

「どうした?」

「ロトワール軍が動き出しました。真っ直ぐこちらに向かってくるそうです」

 エクステルの言葉は本当だった。

「わかった。クロウス。ラキエス隊出陣するぞ」

「了解。ようやくだな。腕が鳴るぜ」

「俺はもう疲れきっているんだけどな」

 オルベリア襲撃に精神をやられ、残った気力にエクステルが止めを刺していったような感じだ。

 まだ戦闘前だって言うのになんでこんなに疲労感に襲われているのだろう。

 馬に跨る。相棒は俺と違ってやる気に満ちていた。

「準備はいいか。ベル」

 ベルの頭を撫でると好戦的な鳴き声が返ってきた。

「ルクト。敵が見えたぞ」

 クロウスの視線の先を見る。

 敵が突撃してくるのが見えた。

 俺は先程よりも大量のマナを放って風の精霊達を集める。

 精霊魔術師は魔術発動のために自らのマナを精霊に捧げて精霊の力を借りる。

 俺の場合は風の精霊達にマナを捧げて風の力を貸してもらう。

 俺は風の力を自らとベルの全身に纏った。

「行くぞ」

「おい、待て。どこに行く?」

 馬に跨ったクロウスが俺に問いかける。

「うちの隊が先陣の役目だろう」

 そして俺はベルに走り出すよう指示を出す。

「そうだけど。まだ連隊長の指示が」

「待ってたら出遅れる」

 クロウスを置き去りにして、俺は敵陣へ走り出した。

「おい待てルクト。一人で行くな。隊はどうする」

「お前に任せたぞ」

 後ろの味方の中から一際大きい声が聞こえたが無視して走り続ける。

 風の精霊達に力を借りて足に風を纏ったベルの速度は普通の騎馬よりもはるかに早い。

 あっという間に敵の姿を捕えた。

 向こうも俺の存在に気付く。

 統制がとれていない。

 いきなり単身で突っ込んでくる敵に戸惑っているようだ。

 これならやれる。

「矢を放て」

 敵側から声が聞こえると共に数十の矢が飛んでくるのが見えた。

 矢が間近に迫る。

 俺は風の力を体の正面に集中させる。

 大量の矢が襲いかかってくる。

 しかし、俺にもベルにも刺さった矢は一本も無い。風の力で全ての矢を弾き飛ばした。

「槍隊。前へ」

 敵が兵を入れ替える前に敵陣に辿り着いた。

 目の前にいた弓兵と槍兵に斬りかかりそのまま混乱した敵陣に入る。

 斬りかかる敵兵の剣を受け止め。返す剣で斬り倒す。

 気がつくと敵兵の渦を抜けていた。

 派手な天幕が見える。

 どうやら敵は本陣を大分前に出していたようでいつの間にか本陣まで届いていたようだ。

「やばい。一人で来過ぎたか」

 回りを見渡すと味方が誰ひとりいなかった。

「敵将はどいつだ?」

 呟きながら辺りを見回した途端、矢が飛んできた。

 俺は剣で弾く。

 矢の飛んできた方向を見る。

 指揮官らしき一人の人物が立っていた。

「ルクト・ラキエスか?」

「……ああ」

 名前をいきなり呼ばれて少し驚いた。

「単身で来るとは。噂通りの無鉄砲だな。リネスの暴風」

 噂になっていたんだ。二つ名も知られているみたいだしどんな内容なのか興味がわいたがそんな浮ついた気持ちはすぐに消えた。

 目の前に現れた人物。

 今まで戦った敵とは違う雰囲気を持っていた。

「アンタが大将か?」

「そうだ。よくここまで来たものだな」

 どうやら運よく敵本陣まで届いたみたいだった。

 周りにいた兵を制して男は前に出てくると剣を抜いた。腕に自信があるのだろう。

 俺もベルから下りる。

「ロトワール皇国軍右軍大将ラルフ・ジグバールだ」

「リネス王国北星騎士団騎士隊長。ルクト・ラキエス」

 名は知られていたが、それでも名乗るのが礼儀だ。

 俺とジグバールが対峙する。

 俺は剣を強く握りしめた。

 風の力を剣に集める。剣に白い輝きが増す。

「何だ?その力。魔術と違うのか?」

 どうやら俺の魔術を別の何かと勘違いしているようだ。

 ジグバールの顔に困惑の表情が浮かぶ。好都合だ。混乱している内に終わらせよう。

「行くぞ」

 俺はジグバールに斬りかかる。

 将だけあって何度か剣を受け止められるが、四度目の斬撃で俺の剣がジグバールの右の肩を切り裂いた。

「ぐう」

 ジグバールが苦痛に顔をゆがめる。

「おのれ」

 ジグバールが左手をかざすと同時に左手が黒く輝いた。

 この感覚に覚えがある。

 オルベリアに殺されかけたあの時と同じ感覚。

「魔術か」

 俺はとっさに横に跳んだ。

 俺のいた場所に黒い何かが放たれた。

「何だと」

 避けられた事が意外だったのか。

 ジグバールは硬直している。

 俺はその隙を逃さずにジグバールの首をはねた。ジグバールの体が崩れ落ちる。

「ふう」

 何をされたかわからないが喰らったらマズイ攻撃だった。そしてそれについて考えている余裕はない。

 敵将を倒したがここは敵陣だ。囲まれていることに変わりはない。

「総大将の仇を取れ」

 十数人のロトワール兵が俺に向けて剣を構える。

 俺も迎え撃つために再び剣を構えた時。

 味方の軍勢が本陣まで辿り着いた。

「ルクト!」

「クロウス。よくここまで来れたな」

「混乱に乗じてきた。本陣まではさすがに無理かと思ったんだが、ここも混乱が凄いな」

「大将が戦死したからな」

 俺はジグバールの体を指さす。

 クロウスも気付いたようだ。

「よし。皆に伝えろ。ルクト騎士隊長が敵の総大将を討ちとったと」

「はっ」

 数人の騎士がそれを聞いて離れて行く。

「ルクト。一度離れるぞ」

「わかった」

 俺は再びベルに跨ってクロウスと共にその場を離れた。

 しばらくすると兵達から歓声が上がった。

 皆に敵将ジグバールの戦死が伝わったようだ。

 残党狩りを逃れるように、ロトワール兵達はすぐに撤退していった。
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