上には上がいて俺は頂点ではなかった(チート能力を持って異世界転生した俺の感想)

国光

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第1章「リネスの暴風」

第10話「白黒(モノクローム)の少女」

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 騎士団の詰所で慣れない事務仕事をしていると、思わぬ来訪者が現れた。

「エクステル卿?」

 何故かエクステルが再び俺の前に現れた。

「やあ、ラキエス卿」

 エクステルの後ろを見ると、そこにいたクロウスが『俺にはわからない』とのジェスチャーをしてくる。

 一体何の用だろうか。オルベリアみたいにいきなり現れるのは止めて欲しい。まあオルベリアじゃないからいいか。

 そんなことを考えているとエクステルの右手に精霊が集まっていくのが見えた。

 なんか物騒な事を考えているのではないか。

「ラキエス卿。一つ手合わせ願えるかな。ヨハン副団長より闘技場の使用許可は頂いている」

 物騒な提案だ。しかも用意が良い。

 普通は闘技場の許可なんて下りないが、子爵家の権力を感じた。

 さすが貴族だ。

「でも模擬戦ならここでも━━」

「魔術有りの真剣勝負だ」

 俺の言葉はあっさり遮られた。

「真剣勝負か」

 もしかしたらと思ったが、やはりエクステルは魔術有りの戦いをするつもりで闘技場の使用許可を取ったのだろう。

 正直やりたくないのだが。父親の言葉が脳裏に浮かぶ。

『いいか。ルクト。男として生まれた以上、喧嘩を売られたら決して逃げるな。全て叩き潰してやれ』

 小さい頃に育ての父親より言われた言葉である。

 様々な立場があって自分勝手な振る舞いはできないはずの大貴族の言葉とは思えないが、間違いなく王国宰相であるオルバートさん直々のお言葉である。

 ゴタゴタは御免だが、喧嘩を売られた以上逃げるわけにはいかない。叩きつぶしてやらないと。

 例外としてオルベリアが相手なら逃げる。他は逃げない。それが俺の信念だ。

「いいでしょう。魔術有りの真剣勝負。受けましょう」

 俺はその喧嘩を買った。

          *

 闘技場と聞けば巨大な場所を想像するだろうが、騎士団詰所の傍にある闘技場は名ばかりで随分と錆びれた施設だ。

 それでも観客席には百名以上が入れるし、観客席側の魔術に対する防御処置も完全である。中では騎士隊一つが展開できるくらいには広い。

 そんな中贅沢にも施設の中には俺とエクステルの二人だけである。

「準備はいいかな?」

「いつでもどうぞ」

 エクステルが魔術を発動させる。

 魔術戦が始まった。

          *

 決着はあっさりとついた。

「強いな」

 俺の目の前にはエクステルが大の字で倒れている。

 エクステルが発動させる水の精霊魔術を風で全て防ぎ、大技を放とうとしたエクステルを吹き飛ばした。発動しようとしていたマナの塊ごと吹き飛ばしたためマナ不足も相まって動けなくなってしまったようだ。

「大丈夫ですか?」

 俺はエクステルに手を差し出す。

「すまないな」

 一瞬弾かれるかと思ったが、エクステルは素直に俺の手を掴んだ。

「貴殿の実力は知っていた。この前のロトワールとの戦の時に単騎で突撃していく貴殿を見ていた。同じ精霊魔術師だと言うのに、私の実力など貴殿の足元にも及ばない」

 なんか凄く評価されている。

「それは過大評価です。でも、そう思うのならどうしてこんなことを?」

 わざわざ戦いを挑んできた理由が気になる。

「その事実を認められない自分がいた。でもたった今その部分は打ち砕かれたけどね」

 エクステルはどこか清々しい表情をしていた。

「もっとも貴殿が「ローティ」であると知った時に力の差は歴然だとあきらめるべきだったな」

 エクステルから出たある人物の名前。

 ローティ。

 ラキエス隊の隊長補佐である騎士の名前だ。

 そしてローティとは俺の生み出してしまった架空の騎士である。

「ラキエス卿。一つ聞いてもいいかな?」

「どうぞ」

 俺もエクステルに何故隊のメンバーと副団長しか知らないローティの事を知っているか聞きたかったが先に問いを聞く事にした。

「貴殿はどうして北星騎士団にいる。君なら王都の流星騎士団に入れたのではないか?」

 エクステルの言う通り、確かに昔、六つの騎士団の中で最強と言われる流星騎士団への入団を勧められたことがある。だが、ある事情で断わった。

「私は故郷を護るために騎士になりました。だから故郷を護るために北星騎士団に入団した。それだけです」

 格好つけて凄い嘘をついた。

「そうだったのか。自分が恥ずかしいな」

 そんな俺の言葉を聞いてエクステルは感動していた。

 その様子を見ると、嘘をついた心がチクチク痛む。

 俺が心を痛めている間にエクステルは立ち上がった。

「ラキエス卿。今後も今回のように魔術の修行に付き合ってくれるか?」

 真剣勝負だったのにさらりと修行に変わっている。こういう切り替えの早さは出来る人間の証だ。

 できれば勘弁してほしいが、敵視されて喧嘩を売られるよりはずっといい。

「私でよろしければいつでもお相手しますよ。エクステル卿」

 ここはこういう答え方しかない。

「僕の事はライルでいい。友人は皆そう呼ぶ」

 いつの間に友人になっていた。しかも自分の言い方も変わっている。こういうマイペースなところはやっぱり貴族だな。

「わかりました。ライル。私の事もルクトと呼んでください」

「ああ、よろしく頼む。ルクト」

 エクステル改めライルと握手をした。

 友好の挨拶。と思ったら、手が痛んだ。ライルに手を強く掴まれていた。

「いずれ貴殿を超えて見せる」

 抱える爆弾の数が増えたような気分だった。

 頭が痛くなる。

『……………』

 頭に何かが響いた。目の前のライルの件じゃない。

『……………』

 再び響く。

「どうした。ルクト」

「いや」

 この感覚を知っている。

 クリスタル探索に行った時のように。

 呼び声が聞こえた気がした。

          *

「ちょっと体調を崩したのでしばらくの間休みます」

 俺はラキエス隊の重要メンバーを集めてそう宣言した。

 ラキエス隊は総勢八十名。五人か六人で一つの班が形成される。十五の班があり各般の長の中でも重要な六人の班長を集めた。

 ラキエス隊副隊長兼テロン班ファン・テロン班長六十歳。隊の最年長騎士。
 同隊リーロ班ジャスティン・リーロ班長二十八歳。戦闘狂。
 同隊オルクス班ビル・オルクス班長三十一歳。強面。
 同隊アム班マッカー・アム班長二十七歳。ジャスティンの相棒。
 同隊バハナ班トール・バハナ班長四十歳。参謀役。
 同隊ビザン班ラクーム・ビザン班長十六歳。王立学校の後輩。

 そして六人に加えてラキエス隊副隊長のクロウス・クランを入れて七人に対して話をしている。

「どうかしたのですか?隊長」

 ラキエス隊最年長のファン副隊長が心配そうに尋ねてくる。

「ちょっと気になることがあって、デイローグ山に行きたい」

「ならばまた出陣ですか?」

 血気盛んなジャスティンが今にも出陣しそうな勢いで尋ねる。

「いや、団長から許可が出なかった。だから一人で行ってくる。ただ一つ問題がある」

「なんの問題ですか?」

 ビルが心配そうに尋ねて来る。強面だが気のきく人だ。

「実はな。休暇を使い切ってしまったんだ」

 気まずい沈黙が流れる。

 クロウス。何か言ってくれ。なんか場がもたない。

「わかりました」

 一番若いラクームが声を上げる。

「ルクト隊長は風邪をひいて隊舎で寝ていると言うことにしましょう。いいですね。みなさん」

 他の班長達も同意してくれた。若干渋々とだが。

「ありがとう」

「すぐ戻って来いよ」

 クロウスが冷めた目で俺を見ている。

「ああ」

 こうして俺はみんなの協力の下デイローグ山に出かけた。

          *

 デイローグ山でのクリスタル探索から数日後。

 俺は隊のメンバーもクロウスもライルも置いて一人で再び訪れた。

 あの呼び声が気になった。

『……………』

 何を言っているかわからないが声は今も聞こえ続ける。

 オルベリアは拒絶されたかもしれないと言っていたが、もしそうなら俺はまだ拒絶されていないようだ。

 どうしてかは知らないが、そこにあるのはクリスタルでないことは理解できた。

『……………』

 だからそこに行く意味はきっとないのだろうとは思わない。声は今も聞こえ続ける。

 それでも俺は仮病を使ってまで山道を進んでいった。

 どう進んだかは憶えていない。

『……………』

 声は大きくなっている。そしてその中心であろう場所に到達した。

 辿り着いたその場所に、クリスタルはなかったが、代わりにとんでもないものを発見してしまった。

「まさか」

 一人の少女が横たわっていた。

 白。

 長い黒髪。そして黒い服を着ていたにも関わらず、真っ白な肌を見てそんな感想が出てきた。

 少女に駆け寄る。

「おい。大丈夫か?」

 雪のように白い肌をしていた。

 アーシェよりも小さい。

 十歳くらいの少女だ。

 着ていたのは黒いワンピース。この付近では見ない服装だ。

 少女が目を覚ました。

「大丈夫か?」

 話しかけるが無反応だ。

「……だい……じょう……」

 少女は喋ろうとしていたが声が聞こえにくい。

 顔を正面から覗き込む。

 黒曜石のような綺麗な黒い瞳。

 見ていて目が痛くなるような白と黒。

 二つの色だけが存在するようだった。

「名前を教えてくれるかい?」

「……な……まえ?」

 自分の名前もわからないのか。少女は首をかしげた。

 ふと少女の首元にペンダントのような何かがついているのに気付いた。

 どこかで見たことあるような模様が刻まれていた。

 遠くの国の軍人がつける習慣があるというが、それに似たようなものなら名前が書いてあるはずだ。

「見せてもらってもいいかな?」

 少女はゆっくりとうなずいた。

 こちらの言葉はわかるようで、意思の疎通は出来ているようだ。

 手に取って見る。名前が彫られていた。

「ミアリ」

 書かれていたのはその単語。ファミリーネームは入っていなかった。

「君の名前はミアリかい?」

 少女は少し考えてから再びうなずいた。

「ミアリ」

 ミアリは自分の名前を喋った。

「俺はルクトだ。ルクト」

「ルクト」

 ミアリは俺の名前を呼んだ。

「よろしく。ミアリ」

「……よろしく。ルクト」

 ミアリも俺の名前を呼ぶ。

 自分の状況は全く分かってないようだが、名前でミアリと呼び始めてから段々とミアリも喋れるようになってきた。

 その後も話をしたが、ミアリの両親や何故ここにいたかの理由は全く分からなかった。

 倒れていたものの、擦り傷があったくらいで大きな傷はない。

 漆黒の瞳を見る。

 綺麗だが、生気の無い目だ。

 だが身寄りのない戦争孤児のような絶望を知る目ではない。

 ただ深く、闇を歩いてきたような目つき。

 深淵の闇に囚われていたのだろうか。そんな考えが脳裏に浮かぶ。

 そして風の精霊達の様子がおかしい。

 ミアリと出会ってから、慌てふためいているような変な様子だ。

 この子は何かがおかしい。

 この時俺が思ったことは多分理屈じゃない。

 だた。この子を放ってはおけない。

 そんなことを思ってしまった。

 残念ながらこの世界にも孤児は存在する。豊かなリネス王国でもそれは同じだ。

 本来なら孤児院に預けるとか捜索願を出すところなんだろうが、そんな考えはすぐに消え去った。

「ミアリ。うちに来るか?」

 ミアリに尋ねる。

 言って気付く。質問が大雑把過ぎたかもしれない。

「うち?」

 予想通りミアリもわかっていなかった。

「俺の家だ。ミアリが何か思い出すまでそこにいるといい。どうかな?」

 今度はしゃがみ込んでミアリと目線を合わせて語りかけた。

「うちにいけばルクトといっしょにいれる?」

 ミアリが躊躇いがちにそう尋ねる。

「ああ」

「いく。ルクトといっしょがいい」

 その言葉を聞いて決心がついた。

「おいで。ミアリ」

「うん」

 ミアリと手を繋いで歩き出す。

 実家へ帰る決意をしながら道を進んでいった。
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