炎帝の真実

国光

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炎帝の真実

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 男たちの嘆きと怒りに満ちた声が響き渡っていた。

「忌々しい。赤髪の小僧め」
 男の一人が円卓を叩く。
「落ち着け。カーラーン卿」
「これが落ち着いていられるか!」
 カーラーンと呼ばれた男は勢いのまま席を立ちあがった。
「私はあの小僧を王などと認めない。卿らもそれで良いのか」
「……それは」
 全員が押し黙ってしまった。
「ただ、たった一人残った王族の伴侶なのだ」
「そうとも。他にふさわしき方はおるまい」
「王家の血を途絶えさせるわけにもいかないだろう」
 数人がとって付けた様な反対意見を述べる。
「たった一人?奴が全員殺したのではないか。遠方で育てられていた姫様を奪い取り、あまつさえ姫様の名を使ってほかの王族を滅ぼすとは」
 怒りに身を任せたカーラーンが拳を撃ちつける。
「炎帝などと呼ばれているが、やっているのは大虐殺ではないか。王族だけでない。国の中枢たる大臣や貴族。逆らうものは全て滅ぼされた」
 カーラーンの言うように、今その場に集まった大臣たちはほとんどが新参者であった。
 彼らの前任者たちは、すでに冥府へと旅立っていた。二人を除いて。
「おまけに姫様はすでに、あの悪魔の」
「やめよ」
 一人の高齢ながらも威厳のある老人が怒鳴るように声を上げる。
「ゼピス卿」
「陛下を小僧などと呼ぶな。姫様もすでに皇后様であられる」
「しかし」
「カーラーン卿。言いたいことがあるなら陛下の眼前で述べると良い」
 ゼピスの発言にカーラーンは黙る。
 カーラーンはこういった場では文句を言っても皇帝には逆らわずにいた。だからこそ国に必要な人材である宰相ゼピスと共に生き残っている。
「最後に残った王家の血を絶やすわけにはいかない。あの悪魔の血が流れているのだとしても、我らにとっては使えるべき次代の王なのだ」
 その言葉を最後に男たちは口を閉ざし、その場を静寂が包んだ。
 その場に一人の女性が現れて静寂を破る。
「最高評議会の皆さま。皇帝陛下がお待ちです」
「皆、行くとしよう。ルフィウスの件も伝えねばならない」

          *

 謁見の間には最高評議会の議員二十名が集められた。
「表を上げよ」
 ゼピスと共に皆が顔を上げた。
「陛下。ルフィウスの反乱ですが」
「未だに鎮圧で来ていないそうだな」
「ですが、軍を編成しています。三万の軍勢で包囲し」
「十万だ」
「はっ」
 議員の一人が間抜けな声を上げた。構わずに皇帝は口を開く。
「十万の兵を集めてルフィウスに攻めこめ」
「ルフィウスの兵はおよそ八千。三万でも十分すぎるほどの」
「何度も言わせるな」
 たった一言でその場が静まる。
「一人たりとも逃がすな」
 皇帝のその言葉を聞いて、ゼピスが息を整えながら口を開いた。
「陛下。恐れながら申し━━」
「私が出陣しても良いぞ」
「……失礼しました。十万の兵を率い、ルフィウスに攻め込みます」

 赤髪の恐るべき皇帝。
 炎帝とも暴君とも狂王とも呼ばれる人ならざる人物。
 それがこの国の最高権力者である。

          *

「全く、ひどい言われようだな」
 赤髪の青年は困惑していた。
 名をカイン・ヴェルザー・セラム。
 若干十七歳にして玉座を奪い取ったセラム王国改めセラム帝国の現皇帝である。
 大臣たちの言う悪魔であり炎帝。暴君として名高い人物と同一人物なのか疑わしい姿だった。
「でもさすが宰相。ちゃんと皆を押さえてくれたみたいだ」
 彼は最高評議会の会場を覗き見していた。
 彼が持つ唯一の人より秀でた魔法である。
 炎帝と呼ばれていても炎魔法など戦闘で役に立つレベルの火が起こせない。蝋燭をともすくらいの火しか起こせないのだった。
「何を見ているの?」
 若き皇帝に声をかける一人の見麗しい少女。
 名をマリーメイヤ・セラム。
 カインに利用された囚われの王女である。
 十五歳の少女ながら、血の繋がった肉親を全て滅ぼされて家族を滅ぼした相手の子を宿す悲劇の少女。のはずであるが、とてもそのようには見えない。
「大臣たちの会話だよ。わかっていたけど結構ひどい言われようでさ」
「言わせておけばいいじゃない。始末した連中と違って彼らには反乱を起こす度胸なんてない。影で何を言おうと私たちとこの子のために働いてくれればいいわ」
 マリーメイヤはお腹をなでる。
 わずかなお腹の膨らみ。そこには二人の子が宿っていた。
「笑いが止まらないわ」
 昔を懐かしむような目を向ける。
「平民だった母と生まれた私を王都から追放した憎い連中。私はいつか母を下賤と言い私たち親子を追放したあの連中を滅ぼしてやると誓った」
 マリーメイヤはカインの頬をなでる。
「それが達成できたのはあなたのおかげ」
「それをやったのは全て君だろう。ひょっとして全ての罪を俺に着せようとしているのか?今更そんなことしなくても既に悪名は国内外に響いているぞ」
「そんなことじゃないわ。あなたが私を見つけてくれたおかげ」
 かつてカインは地方の警備員だった。
 カインは自らの能力で地下に封じられていたマリーメイヤを発見した。
「母は死ぬ間際まであの牢獄で私に謝っていた。私が母でごめんなさいと。死ぬ間際まで苦しんでいた」
 牢獄で発見したマリーメイヤの母の遺体を見つけた時のことをカインは思い出していた。幼き少女は、母の死体とともに過ごしていたのだ。
「悪魔の子。それでいいじゃない。穢れた血の流れる我が子が、我が子孫がこの国の頂点に君臨する。これほど愉快なことはないわ」
 マリーメイヤはお腹をなでる。
「可愛い可愛い私の悪魔。元気に生まれてきなさい。男の子なら次の王として我が血を未来へ伝えよ。女の子なら良き伴侶に恵まれ我が血を未来へ繋げよ」
 狂気に満ちたその笑みを見て、それでも美しいと思える自分もまた狂っているのかもしれない。カインはそう思った。
 カインに救出されて外に出てからのマリーメイヤの行動は素早かった。
 自らの名の元に兵を集めて反乱を起こした。
 あくまでもカインの膝に座り、自分は利用されている体である。
 カインは悪名を広めるとともに一気に王道をのぼりつめたのだった。
 そして王都を制圧。王族を皆殺しにして逆らう大臣、貴族たちも全て処刑した。
 カインはその様子を間近で見ていて、マリーメイヤの魔法の恐ろしさを感じていた。
 一瞬であたりを火の海に変える圧倒的な破壊力。
 カインを炎帝と呼ばれるようになる所以も大魔法。
 だがそれ以上に彼女の知謀はすさまじかった。
 内乱はわずか一年で終結した。
 暴君と称されながらも、民はかつてより暮らしやすい環境で日々を送っている。
「ごめんなさい。カイン」
「何を謝る」
「あなたの名前は、歴史上最悪の悪逆非道な王として残るわ。たとえこの後の政治がしっかりしていても」
「別にいいよ。もとはといえば」
 カインは昔を思い出す。
 囚われのお姫様と出会った時のことを。
『私を助けてくれてありがとう。何かお礼をさせて』
『じゃあ、僕の王様にして』
 カインの冗談を聞いた少女は少し驚いた表情をして。
『わかったわ』
 ニヤリと笑った。
 その僅か一年後。少年は夢をかなえた。
 ここでカインの弁護をする人物がいたとすれば、その人物はこう答えるだろう。
 カインにとって王とは、巨大な帝国の皇帝ではなく、小さな村の長のことであった。カインの知る村の長は、村人を従えて好きなように生きる王のようなもので、カインはそれをうらやましく思っていた。
 妖精のような少女から願いを聞かれてふと口にしてしまっただけで実際にそんな大それたことはみじんも考えてはいなかった。
 マリーメイヤはそれをわかっていてカインを皇帝にした。
 自らの復讐のために。
 そして絶望の中にあった自分を救ってくれた王子に世界を上げるために。
 この後、セラム帝国は近隣諸国を制圧して領地を拡大していった。
 統治は侵略国家とは思えないほど穏やかであり、領民たちは皇帝を名君と称えた。
 この二人の会話こそが、歴史に暴君として名を遺した皇帝とその皇帝に利用された哀れな姫君の知られざる真実である。
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