ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第1章

第3話 湖への道

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 テラ湖周辺の凍土林では、頻繁な霧の発生により、湿気を好む植物群落に富んでいる。
 その中で生育するジャゴケは、毒性を持たず、少し苦味があるものの貴重な栄養源として重宝されている。

「すごいね、こんなにたくさん生えてる。しかも、どれも大きい」

「あぁ。ジャゴケか……。我は、食わないな」

「ボーには、この苦味の良さが分からないんだよ。お母さんへの良いお土産になるよ」

 フレイは、濡れた岩肌にびっしりとこびりついているジャゴケを、荷物袋から取り出した採掘棒さいくつぼうでこそぎ落とす。
 フレイの様子をそれとなく眺めていたボーは、ぼそりと呟く。

「我は、チシマザサの新芽がいい」

「でも、この辺りには生えていないんでしょ?」

 フレイの言葉を聞いて、ボーは辺りを注意深く見渡す。

「そうだな……。この辺りでは見ないが、地熱水が湧く辺りまで行くと、たくさん見かけるぞ」

「じゃぁ、今日はそこまで行く?」

「いや、よそう……。今日は、早く戻ったほうがいい」

「分かった。じゃぁ、チシマザサは、また今度だね」

 麻袋にたくさんのジャゴケを詰め込んで、満足そうなフレイが言う。

「さぁ、終わったなら、先を急ぐぞ」

「うん」

 ボーは、フレイを促して、先に歩き出す。
 それを見たフレイは、荷物袋の中に採掘棒と麻袋を押し込んで背負い、急いで追いかける。



「湖に着いたね~」

「あぁ」

 フレイとボーは、広大なテラ湖の周囲を見渡し、いつもと変わらない景色に安心する。

「特に、変わったところはないよね?」

「そう……だな」

 ボーは、周囲を警戒して見渡すが、特に異変を感じることはない。

「じゃぁ、早いところ輝石を探して持って帰ろう」

 そう言うと、フレイは、輝石がたくさん採れる湖岸へと降りていく。
 ボーは、フレイの行動を眺め見たあと、湖の中心付近に浮かぶ浮遊岩ふゆうがんに意識を向ける。

(異常は……なしか?)

 朝から気になっている予感の正体は、未だにはっきりとはしない。
 だが、あるとすれば、ボーには、あの浮遊岩に巣くうぬしぐらいしか心当たりがない。
 ボーが、周囲を警戒していると、少し崖を降りた辺りからフレイが声をかけてくる。

「ボー! 今日はね、龍のおじさんはいないよ」

 フレイがいう龍のおじさんとは、浮遊岩をねぐらとしている雪龍種のトウジンのことである。
 トウジンは、東方大陸の生まれではあるが、いつしかこのディスガルドの地へ住み着き、時折、帰郷する生活を送っている。
 なお、中央大陸でよく見られるのは竜種であり、龍種はほとんど見られない。
 古き文献には、竜種は、蜥蜴から進化した生き物で、龍種は大蛇から進化した生き物として紹介されている。
 また、竜種は、人を餌として認識するが、龍種は人と共生することもあり、人に近しい存在である。

「何で、分かる?」

「だって、龍のおじさんは、先月故郷に帰ったもの。あと、半年は留守にしているはずだよ」

「誰に聞いた?」

「村長。龍のおじさんが、村長に告げて、留守を頼むってお願いをされたって言ってた」

「そうか。なら、龍爺りゅうじいとは、顔を合わせなくても済むな」

 ふんっと、ボーは、少し煩わしげに鼻息を荒くする。

「ボーは、龍のおじさんが苦手だからね」

 フレイは、崖を降りてきたボーに答えながら、輝石を探す。

「龍爺が、いつまでも、我を子ども扱いするからだ」

「そうだね。ボーも、お父さんになったのに、僕と同じで、未だに小僧・・呼ばわりだものね。」

 ボーには、すでに三匹の子ども、ヤー、フイ、ビーがいる。

よわい500を越えたあやつを基準にされては敵わん」

 ふんっと、ボーは大きな鼻息を出したあと、ふと耳を澄ます。
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