ロシュフォール物語

正輝 知

文字の大きさ
上 下
8 / 492
凍雪国編第1章

第5話 氷嵐鳥の襲来

しおりを挟む
 フレイが立ち上がりかけたとき、浮遊岩の方から甲高いガァーという鳴き声が響き渡る。

「今のって……」

「あぁ。おそらくだが、氷嵐鳥ひょうらんちょうだな」

「だよね……」

 フレイとボーは、顔を見合わせ、浮遊岩の辺りを注意深く観察して、様子を探る。
 氷嵐鳥は、ディスガルドでは北半島の山岳部でよく見られる怪鳥である。
 翼を広げれば、馬ほどの大きさがあり、その身に宿した魔力で氷や風を操り、敵を攻撃する。

「氷嵐鳥は、この辺にいないはずなのに……」

「いつもは、龍爺がいるからな。怖くて近づけないはずだ」

「つまり……、龍のおじさんがいなくなったから、この辺りまで餌を探しにきたということ?」

「その可能性はある。だが、もしそうなら、もたもたしていられない。フレイ、我の背に乗れ」

 春先のこの時期は、どの魔獣も繁殖期に入り、気が立っている。
 特に、氷嵐鳥は、気性が獰猛で、獲物と認識した敵を執拗に狙い続ける。
 ボーは、腰を落として背中を低くし、フレイを促す。

「うん」

 ボーの背中に飛び乗ったフレイは、ボーの首に腕を回して、足で体を固定する。

「いいよ。行って」

「離れるぞ」

 ボーは、極力足音を立てないように走り出し、100mほど先にある姿を隠せそうな凍土林を目指す。
 湖に、またひとつガァーと甲高い鳴き声が響き渡る。



 それからしばらくして、浮遊岩の陰から氷嵐鳥の姿が現れる。

「見つかった?」

「分からない。だが、こちらは風上にいる」

 氷嵐鳥は、浮遊岩の上空を旋回している。

「だったら、凍土林へ入れば、逃げ切れる?」

「見つかれば、無理だ」

「戦うしかない?」

「おそらく、そうなるだろう。フレイ、魔力を練り上げておけ」

「うん」

 フレイは、速度を上げるボーにしがみついたまま、己の内に宿る魔力に意識を集中する。



 凍土林まであと少しというところで、ガァァーーと、ひときわ大きな鳴き声が響き渡る。
 フレイが慌てて後ろを振り返ると、こちらに向かってくる氷嵐鳥の姿が目に入る。

「完全に見つかったよ!」

「みたいだな!」

 ボーは、凍土林の中に見つけた獣道を全速力でひた走る。

「ボー! 追いつかれるよ!」

 氷嵐鳥の姿がどんどん大きくなり、バサバサという羽音まで聞こえてくる。

「ここでは、戦えん! フレイ、頼む!」

「うん!」

 フレイは、ボーにしがみついたまま、体内に宿る魔力を手に集め、火へと変化させていく。

「ボー、発動できるよ!」

「奴がもっと近づいてから、放て!」

「分かった!」

 フレイは、ボーに振り落とされないようにしながら、後ろを振り返る。

「追いつかれる!」

「いいぞ! やれ!」

fire javelinファイヤージャベリン

 上空から迫ってくる氷嵐鳥を目掛け、フレイの右手から火の槍が飛んでいく。
 ガァーと鳴いた氷嵐鳥は、右翼を閉じて器用に半回転し、迫りくる火槍をひらりとかわす。

「外れた!」

「馬鹿者! しっかりと狙え!」

「だって、結構速いんだよ!」

「日頃の練習不足だ!」

「真面目に練習しているよ!」

 フレイとボーが言い合いをしているうちに、氷嵐鳥は、鉤爪を立てて、フレイを引き裂こうと急降下してくる。

「わわわっ!」

 フレイがボーの首を左に曲げ、ボーの進路を無理矢理変える。

「こら! 我の首を曲げるな! 転ぶだろう!」

「だったら、ボーもよく見てよ!」

「見てる! というか、気配で分かる!」

 初撃をかわされた氷嵐鳥は、一度上空へと舞い上がり、旋回する。
 氷嵐鳥は、逃げ走るフレイたちの後ろから追いすがり、大きく息を吸い込む。
しおりを挟む

処理中です...