ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第2章

第74話 エルフ族の魔法2

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 トウジンは、穏やかにしていても、常に人をおごそかにさせる雰囲気をかもし出している。
 それは、トウジンが持つ魔力波長に由来するものだが、年を重ねた龍族特有の威圧感として現れている。

「チールは、長く生きたものが持つ落ち着いた雰囲気を纏っておった。じゃが、それが少々不自然での。人と交わりながらも、どこか人を忌避し、心の壁を設けておった」

 エルフ族は、ベルテオーム族に狩られてきたことから、人族そのものを憎み嫌っている。
 チールもまた、ほかのエルフ族と同じように人を忌み嫌っていたが、一人娘を探し出すため、本心を隠して人に紛れ込んでいた。

「わしは、ある依頼を遂行するときに、そのチールと行動をともにするようになった。そして、旅を重ねていくうちにお互いが打ち解け合い、チールの心を開かせることに成功したんじゃ」

 モールが受けた依頼は、闇ギルドの組織に誘拐された少女たちを救出するというものであった。
 一方、チールは、一人娘の手掛かりを探しており、さらわれた少女たちの中に、ウィユがいないかどうかを確かめようとしていた。
 モールは、組織の行方を追っているときにチールと出会い、一度剣を交えるも、お互いが敵ではないことを悟った。
 そして、それ以降は、共通の敵を追うためにチールと手を組み、行動をともにした。

「チールは、結局、そこでは一人娘の情報を手に入れられなかった。じゃが、わしという友を手に入れたんじゃ」

「友達になったの?」

「そうじゃよ。それで、わしは、チールにお願いして、『エナジェティクウォーター』を教えて貰ったんじゃ」

 チールは、事件解決後、モールと別れ、また一人娘を捜し出す旅に戻った。
 それからのことは、チールと再会できなかったモールにも分からない。
 一人娘を無事に見つけられたのか、未だに捜し求めているのか、消息は不明である。

「この魔法はの、エルフ族に伝わる古い魔法で、世界樹せかいじゅという木の力を借りる魔法じゃ」

「世界樹?」

「この世界で最初に育った木と言われておる木のことじゃな。世界樹は、森の英樹えいじゅとも呼ばれ、生命力に満ち溢れた木じゃよ。……見たことはないがな……」

 世界樹は、原始の森の最奥部にあると言われている木で、その葉や樹液などは、人の自然治癒力を高める効果があると言われている。
 特に、世界樹から採取された水は、英精水えいせいすいと呼ばれ、奇跡を起こす薬水やくすいとして古い文献に載せられている。

「へぇ~」

「『エナジェティクウォーター』は、その世界樹の英気を分けて貰い、命を活性化させる英精水を生み出す魔法じゃよ」

「もしかして、すごい魔法なの?」

「すごいも、すごい、ものすごい魔法じゃよ。何せ、幻のエルフ族の魔法じゃからな」

 モールにしては、珍しく興奮を現し、エルフ族の魔法のすごさを説明する。
 それを聞いたフレイも、目を輝かせて、話に聞き入る。

「へぇ~、いいな~。僕にも教えてくれる?」

「よかろう。じゃが、魔法が成功するとは限らんぞ?」

「うん、それでもいいよ。やってみたい」

 すっかり魔力酔いから回復したフレイは、両手を握り締め、鼻息を荒くして答える。

「では、術式詠唱を覚えるのじゃ。いきなり、詠唱破棄は無理じゃからの」

「うん」

 モールは、目の前にフレイを座らせ、チールから教えられた術式詠唱を説明する。

「『エナジェティクウォーター』の術式詠唱は、『世界の始まりを知る大樹よ。森の民の友である我に、遠大なる英気の源泉を分け与え、我が前に樹精の奇跡を現せ』じゃ」

「な、長い……。覚えられるかなぁ……?」

「術式詠唱による魔法は、正確に唱えんと発動せんぞ。言葉自体に魔力波長を整える作用があるでな」

「うん……。頑張る……」

 フレイは、何度も『エナジェティクウォーター』の術式詠唱を口ずさみ、少しずつその文言を覚えていく。

「あと、もう一つ、気をつけねばならんことある」

 モールは、『エナジェティックウォーター』を発動させる上で、欠かせないことを告げる。

「何?」

「術式詠唱の中に、『森の民の友である我に』という言葉が入っておるじゃろ?」

「うん」

「これは、エルフ族と親交を持つという意味があり、エルフ族に特有の魔力波長を別に示さねばならん」

 『エナジェティックウォーター』は、エルフ族だけが発動できる魔法であり、それ以外のものが唱える場合には、エルフ族の魔力波長を乗せなければならない。

「詠唱中に?」

「そうじゃ。じゃから、魔法を発動させるときには、己とエルフ族の二つの魔力波長を導かねばならん。わしも、これにはずいぶんと苦労させられたもんじゃ」

「僕には、できないよ」

 フレイは、あっさりと答える。

「そうじゃろうな。じゃから、わしが手伝ってやる。フレイが、術式詠唱を唱えとるときに、エルフ族の魔力波長を重ねてやろう」

「そんなことができるの?」

「わしなら、お手のものじゃ」

「へぇ~」

 フレイは、モールを尊敬の目差しで見つめる。

「はははっ。伊達に年を食ってはおらんわい。……では、準備はいいか?」

「うん」

 モールは、フレイにそう言って、突然立ち上がり、奥の部屋に行ってしまう。

(また……。何かし忘れたのかな……?)

 フレイは、少し戸惑うも、幾分、モールの行動に慣れ始めてきており、それほど驚かずに成り行きを見守る。
 しばらくして、モールは、大きめの平底のかめを持って戻ってくる。

「すまん、すまん。せっかく英精水を生み出すんじゃから、これに溜めておこうと思いついての」

「うん……」

 フレイは、何も言わないで突然行動するモールを、少し呆れたように見る。
 その視線に気がついたモールは、フレイに聞き返す。

「何じゃ?」

「何でもないよ。それで、どうすれば、いいの?」

 フレイは、少し大人の対応を身につけて、モールを促す。

「うむ。フレイは、手を差し出すんじゃ。わしが、そこにエルフ族の魔力波長を流すでな」

「うん」
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