ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第3章

第12話 国都での異変3

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 モールは、ふと、バキュリデスのことを思い出す。
 バキュリデスとは、ベルテオームが誇る名工ベアトリスが鍛え上げた八名剣の1つである。
 バキュリデスは、闇属性を宿し、剣身は真っ黒く、暗黒剣と称され、類まれなる魔剣である。

「オンジよ。バキュリデスのことを知っておるか?」

「はい。これも、数年前にルシタニアの資料館から盗まれております。今でも、その行方が分かっておりません」

「ベドが持っておった。奴めは、バキュリデスの衝撃波を操り、この村の結界を破壊しよった。お陰で、飛竜の侵入を許し、ナジキたちの潜入を防げんかった」

 モールは、少しだけ忌々しそうに言い放つ。
 ドルマも、不愉快そうに眉をひそめるが、村の結界を過信していた非は認めている。
 しかし、ベドが所持していた宝剣は、慮外のものである。

「そのバキュリデスは、今、どこにあるのですか?」

「ベドが持っておる」

「紅寿様が、始末したのでは?」

 オンジは、モールの実力をよく知っている。
 セルノやベド程度では、全く歯が立たないはずである。

「いや……。セルノとベドは、取り逃がした。少女を人質に取られたこともあるが、奴らのまとう気配がな……、闇落ちした者とは違っておったからじゃ」

「だから、逃がしたのですか?」

 オンジは、モールの真意を問う。
 モールは、首を横に振りながら答える。

「わしが遅れをとったのは事実じゃよ。それは、素直に認めよう。じゃが、奴らの背後には、おそらく貴族か、高位のものがおるとみた。それを聞き出さんうちは、手が出せんともな」

 モールは、ランジェを救い出し、上空を旋回するセルノたちを見た。
 そこで、絶対防御の魔法を解き、焼き払うことも可能であった。
 だが、モールは、敢えてそれをしなかった。
 黒幕やその後のことを考えてしまったからである。

「それで、躊躇ためらわれましたか?」

「まぁの」

「なるほど……。それでか……」

 ドルマも、モールが敵を取り逃がしたことに疑問を感じていた。
 だが、その理由を聞き、今はそれで良かったのかもしれんと思い直す。
 モールは、ドルマに少々済まなさそうに言う。

「この村が、再び襲われることになるかもしれん。じゃが、わしは、むしろそれは好都合じゃと考えておる」

「覚えたのか?」

 ドルマは、モールが魔力波長を覚えることに長けており、敵の位置を早期に察知できることを知っている。

「当然じゃ。奴らがこの島に侵入した途端、わしの魔力感知に引っ掛かりよるわい」

 ドルマは、安心したのか、表情を僅かに緩める。
 モールの言葉を聞いたオンジが、問いかける。

「追われますか?」

「あとでな。今は、ダイザたちが先じゃな」

 モールは、ドルマの方をもう一度見て、襲撃前に村を出たダイザのことを心配する。

「分かっておる」

 ドルマも、モールと同じ思いでいる。
 そのために、ブーキたちに腹ごしらえをして貰ったのである。
 ブーキたちも、ダイザの名が出て、緊張したように表情を引き締める。

「ドルマ様。宗主様に何かあったのですか?」

 ブーキは、ヤグラムの一族の長であるダイザの身を案じる。
 ダイザは、ヤグラムの息子バイデンの直孫であり、サイバジ族やエンゼイ族などの一族を束ねる宗主である。
 また、ダイザは、ヤグラムの近衛兵団であった皇衛兵が忠誠を誓う存在でもある。

「ダイザたちは、巡察官のジョティルが持ってきた国主の要請を受け、襲撃前に村を出ておる」

 ドルマは、そのときのいきさつをブーキたちに説明する。
 そして、ダイザに同行している者たちが、息子のアロンとジル、この村のテムとその息子キント、甥のバージであることを告げる。

「今頃は、島を出た辺りかの」

 ドルマは、ダイザたちの出発から経過した日数を数え上げ、ダイザたちの現在位置を推測する。

「モールよ。お主はどう思う?」

「ダイザたちも襲われている可能性はある……と見るが、こればかりは確認してみなければ、よう分からん」

「そうじゃの……」

 ドルマも、もどかしい顔つきをして、そっとため息をつく。
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