ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第3章

第38話 衝突危機の回避1

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 ボフトスは、振り抜こうとしていた大剣を、全身の筋肉を総動員して急制動をかける。

ギィン……

 しかし、間に合わず、ダイザの鉄盾を軽く叩いてしまう。
 ダイザは、ボフトスの大剣を弾かずに、勢いを吸収しつつ受け止める。

「お嬢!」

 ボフトスは、リターナを呼び、ダイザからは目を離さず、まだ斬りかかる体勢を維持する。

「剣を引きな! 敵ではない!」

 追いついてきたリターナは、ボフトスに命令し、ダイザの後ろに続くアロンやジル、バージの姿を確認する。
 ボフトスは、目の前の人物が敵ではないという確信が持てず、困惑した表情を浮かべる。
 ダイザは、手を上げてボフトスに静止を求め、急いで近づいてくるリターナを待つ。

「ボフトス! クイ! 手出しは無用だよ!」

 リターナは、ボフトスとクイの肩に手を置き、剣をしまうように顎をしゃくる。
 そして、ダイザの前に出て、突然片膝をつき、抜き身の剣を地面に置く。

「宗主様。ご無礼をお許しください」

「宗主!?」

「えっ!」

 ボフトスとクイは、お互いに顔を見合わせ、見たこともない宗主の登場に心底驚く。
 アロンやジルも、リターナの態度と言葉に驚く。
 ダイザは、やれやれと安堵のため息をつく。
 そして、背後にいるアロンやジルを見やり、「無事に済みそうだ」と言って笑う。
 リターナは、頭を垂れたまま、微動だにしない。

「お嬢! まことですかい!?」

「リターナ様! この男が宗主?」

 ボフトスとクイは、未だに信じられないのか、剣を下げたまま立ち尽くし、ひざまずくリターナへ問いかける。

「あたしが嘘を言うと思うのかい? 無礼な振る舞いをするんじゃないよ!」

 頭を下げたままのリターナは、怒りの表情を浮かべ、ボフトスとクイを睨み上げる。
 その顔を見て、青くなったボフトスは、すぐさまダイザへ跪き、クイは呆然として立ち尽くす。

「クイ!」

「は、はい……」

 リターナから叱責されたクイは、力なく地に両膝をつき平伏する。
 アロンとジルは、目の前の光景に、呆気に取られる。
 だが、バージは、にやにやと笑い、ダイザの肩をぽんと叩く。

「うまく収めたようだな」

「なんとかな……」

 ダイザは、肩をすくめて答え、鉄盾を消し、自身に掛けていた防御魔法も解く。
 バージも、発動していた防御魔法を消し、アロンやジルにも魔法を解くように目で促す。
 二人は、訳が分からないながらも、バージの指示に従い、魔法を解き、成り行きを注意深く見守る。

「久しぶりだな、リターナ。35年ぶりか?」

「はい。ご無沙汰致しております」

「そう、かしこまらなくてもいい。普段のリターナに戻ってくれ」

 ダイザは、リターナの態度に苦笑しながらも、リターナを気遣い、立ち上がるように促す。
 リターナは、ダイザと目を合わせ、にやっと笑うと、土がついた膝をぱんぱんと払ってから立ち上がる。
 リターナの所作は、ボフトスとクイに見せつけるためのものである。
 リターナは、ダイザが宗主としての礼などはなから求めていないことを熟知している。

「すまなかったな」

 いつもの口調に戻ったリターナは、ダイザの肩や腕をしげしげと眺め、ボフトスによる傷がないことを確認する。

「はははっ。心配ない」

 ダイザは、陽気に笑い、ボフトスとクイにも立ち上がるように言う。

「申し訳ねえでやす。お怪我はありやせんか?」

「ないない。気にしなくてもいい」

 ボフトスは、神妙な面持ちでダイザに謝るが、ダイザは、ボフトスを思い遣り、軽く笑い飛ばす。
 矢で射抜かれたクイも、遺恨に思わず、恐縮して頭を下げている。
 バージは、にやにやしながら、アロンとジルの背中をぽんぽんと叩き、「よく見ておけよ」と面白がるように二人にささやく。
 アロンとジルは、宗主について何も知らされていないため、要領を得ない顔で、「う、うん……」と頷く。
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