ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第82話 国都西の工房2

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 国都の西、およそ2km離れた場所に、小山が幾つか点在する岩礁地帯が広がっている。
 そこは、国都から見れば、ただの岩場にしか見えなかったが、奥行きがあり、小山の中には洞穴の口が開いているものもある。
 ダイザとテムが追う職人男は、岩場を縫うように造られた人工的な小道を進み、比較的小さな洞穴の中へと入っていく。
 ただ、男が入った洞穴は、入口が小さくとも、奥に行くにつれて道幅は広くなり、最深部は国都の居城がすっぽりと入るほどの空間が広がっている。
 また、その最深部の天井には、所々の岩盤に亀裂が入っており、その亀裂が外までつながっていて、天然の換気口となっている。
 洞穴の入口付近は、明かりが一切なく、薄暗い。
 だが、男は、躊躇ためらうことなく進み続け、曲がりくねった道を抜ける頃に、奥から漏れてきた光でようやく男の足元が確認できる。
 光は、主に最深部に造られた建物から発している。
 しかし、そこへ行く道の壁にも、光を出す魔道具が幾つか嵌め込まれ、男の行く手を明るく示している。
 男は、最深部の空間に出る手前に造られた小屋の前に立ち、中へ声をかける。

「俺だ。戻ったぞ」

 すると、小屋の中から、若い男の声が返ってくる。

「レイドック様。お帰りなさい。少々、お待ちください」

「おぅ」

 その声にレイドックと呼ばれた職人男が答えると、洞穴の出口に張られた結界が立ち消える。
 どうやら、小屋の中にいる若い男は、見張りであり、結界の番人であるように思われる。

「お通りください。万事、異常はありません」

「分かった」

 レイドックは、そう短く答え、結界が消えた場所を通り過ぎ、奥の建物へと向かう。
 その途中、レイドックの背後で再び結界が張られ、元の状態に戻る。
 レイドックは、一つ満足そうに頷いたあと、建物の玄関脇に設置してある鐘を鳴らす。

カァーン

 最深部の空間に甲高い鐘の音が響き渡り、建物内から慌ただしい物音が聞こえてくる。
 その物音は一つではなく、複数聞こえ、中に幾人かの者たちがいたことが分かる。

「レイドック様!」

「お戻りか!?」

 バタバタと足音がしたかと思うと、勢いよく玄関扉が開けられ、中から小さな女の子が飛び出し、レイドックに抱きつく。
 その後ろからは、執事らしい初老の男が顔を見せ、ゴイメールの騎兵隊の鎧兜を身に着けた二人の男女と技師らしい若者が三人続いて現れる。

「お帰りなさい! 父様!」

「おぅ。帰ってきたぞ」

 レイドックは、愛娘の頭をぽんぽんと軽く叩き、激しい出迎えに答える。

「いかがでした?」

「若君は?」

 騎兵隊の男女が、勢い込んで尋ねる。
 声を発した騎兵隊の男は、肩に隊長章を着けており、この男が隊を率いている者だとが分かる。
 一方、同じく口を開いた騎兵隊の女は、赤い花をあしらった副隊長章を肩に着けている。
 レイドックは、二人の質問に渋い顔をして見せる。

「失敗だ。横槍が入って、北へ逃げられてしまった」

「横槍? ゾラス隊長は、どうしたのです?」

 騎兵隊の女が、驚いた表情をして、レイドックへ聞く。

「ゾラスは、ヤナリスに処刑された。隊の者も、全員な」

 レイドックは、丘の中腹から遠眼鏡を使い、ゴイメールの騎兵隊が倒されるところを見ていた。
 また、一緒に連れて行った傭兵たちが、役に立たず、皆逃げ去っていく様も目撃している。

「全滅ですか!? それで、若君は無事なのですか?」

 レイドックの説明を聞いた皆が驚き、目を大きく見開く。
 レイドックは、愛娘を執事の方へ押しやり、騎兵たちに向かって重々しく頷く。

「誰一人、助からなかった。ヤナリスは、口封じをしたらしい。ただ、若君は、ヤナリスのそばから離れず、自分の意思でついて行ったように見えた」

「何てこと……」

「アキュサ様は、もう戻って来ないの?」

 今度は、執事に抱きついたレイドックの愛娘が、今にも泣きそうな顔で父に尋ねる。

「モイス。まだ、確かなことは分からない。だが、我々は、諦めたりはしない」

 レイドックは、目に力を込めて、愛娘モイスに答え、皆を見渡していく。
 この洞穴を隠れ家に利用しているのは、ゴイメールの族人である。
 レイドックは、ゴイメール族長の弟であり、ここに連れてきた隊長たちは、レイドック直属の兵である。

「しかし……。ロマキへ連れて行かれては、手出しができません」

 騎兵隊の隊長が、眉を曇らせて言う。

「分かっている。連れ戻すのには、時間がかかる。だから、国主の方を先に何とかするしかない」

「やはり、チヌルに便乗するのですか? 国主を殺すのですよ?」

「そうなる。これで我らも、逆賊だな」

 憂いを深くしたレイドックは、国主暗殺を企てるチヌルに加担するしか、方法が思いつかない。
 各族長や将軍から人質を要求し、脅迫するようなやり方には、これ以上、ゴイメールは従えない。
 それは、ゴイメール族長と族人の総意である。
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