ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第84話 洞穴内の対峙1

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 ダイザとテムは、潜んでいた岩場から小道へと移動し、物見遊山のごとくあちこちを眺めつつ、目的の洞穴へと近づく。
 そして、一度は洞穴前を通り過ぎ、小山を少し離れたところで引き返す。
 ダイザとテムは、しばし洞穴前で佇んだあと、改めて洞穴内を探る。
 二人がわざと回りくどい行動をしたのは、レイドックたちの油断を誘うためである。
 ダイザとテムは、洞穴前をゆっくりと通り過ぎたときに、レイドックたちがどう動くかを観察していた。
 気配と魔力に敏感なダイザは、洞穴内で様子見の雰囲気が漂ったことを感じ取り、戦いは避けられるとの感触を得た。
 そのことをテムに伝えたところ、テムは、少し物足りなさを見せたが、それも良しとして頷いたのである。
 それから、テムは、自然体を装いつつ、洞穴内へ足を踏み入れた。

「テムさん」

「ん?」

 後ろから話しかけられたテムは、洞穴内へ足を踏み入れてから、三歩目で足を止め、振り返る。

「結界が強化されました」

 ダイザは、一瞬でも楽観的な観測を抱いてしまったことに後悔を覚え、言葉に深刻さを乗せる。

「はははっ。隠れている向こうが警戒するのも、当然だな」

 テムは、特に気にした様子もなく、再び奥へ進み出す。
 洞穴内の空気は、入り口から奥へと流れており、ダイザやテムたちの気配は、奥へ伝わりやすくなっている。
 先に進むテムは、真っ暗闇でも足元が見えるのか、足取りに不安を見せない。
 それは、テムの後ろを進むダイザも同様である。
 二人は、もともとミショウ村での生活で、夜目が利くようになっている。
 また、それに加えて、己の魔力波長を洞穴内の壁に反響させ、辺りの地形を把握しながら歩みを進めているのである。
 ただ、それらのことは、二人を待ち受けるレイドックたちからしてみれば、脅威として受け止めざるを得ない。



 レイドックは、見張りの若者を急いで結界内へ引き込み、建物内へ避難させる。
 また、他の者には、魔道具で守りを固めさせ、戦いに備えるように指示を出す。
 しかし、魔力感知ができる娘モイスだけは、自身とともに建物の外へ連れ出し、ダイザとテムの様子を探り続ける。

「モイス。侵入者は、二人だけだな?」

「そうよ、父様。二人は、明かりも灯さずに、こっちへ来るみたい」

 モイスは、侵入して来る二人に言い知れぬ恐怖を感じている。
 レイドックにひしっとしがみついたモイスは、顔だけを結界の外へ向け、近づいて来るダイザとテムに集中し続ける。
 一方、レイドックとモイスの背後にある建物内では、執事と騎兵隊たちが慌ただしく戦いの準備を進め、各自が防具に身を包み、体を保護する魔道具を着けていく。
 そして、レイドックの指示があるまで待機し、侵入者への備えを固める。
 ただ、レイドックとモイスは、武器や防具を一切身に着けてはおらず、侵入者の動向を見極めようとしている。

「心配ない。まだ、敵と決まった訳ではない」

 レイドックは、モイスの背中を擦り、安心感を与えようとする。
 しかし、モイスは、首を横に振り、レイドックの言葉を否定する。

「父様。これから来る二人は、普通の人ではないの」

 モイスは、涙を浮かべ、じっとレイドックを見上げる。

「たぶん、戦ったらおしまい。私たちは、誰も生きていられないわ」

 モイスの歳は若い。
 だが、モイスはこれまで、ゴイメール族長の来客を数多く応接しており、人を見る目を養っている。
 そのモイスが、身を震わせて、警告を発しているのである。
 レイドックも、モイスの言葉を聞き、冷水を浴びたように背筋が冷え込んでいく。

「それほど……か?」

 レイドックは、険しい表情をして、結界の外を睨む。
 レイドックとて、日頃から騎兵隊と鍛練をし、腕にはそれなりの自信がある。
 だが、モイスは、そんなレイドックや騎兵隊らが立ち向かる相手ではないと告げているのである。

「はい、父様。私は、これほどの気力や魔力に接したことがありません。戦っては、駄目です」

「そうか……」

 レイドックは、娘の忠告を素直に受け入れる。
 これから、国主相手に事を起こさねばならぬときである。
 無理を通して、その前に命を落としてしまっては、ゴイメールの立場は何も変わらない。
 レイドック自身も、そのことがよく分かっているため、モイスの言葉に頷いたのである。
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