ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第4章

第109話 レイドックの条件2

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 レイドックたちは、テムが奥の空間に足を踏み入れる前から建物の前で待ち構えていた。
 レイドックの隣には、娘のモイスが立っており、眠そうな目の周りには擦った跡が残っている。
 そのレイドックとモイスを取り囲むように、騎兵隊たちや魔道技術者たちが身構えており、皆が魔防具を身に着け、できうる限りの備えを施している。
 レイドックの執事は、レイドックの背後を守るかのように静かに後ろに控えている。
 夜の安息を中断されたレイドックたちは、最初気が立っていたが、モイスから侵入者が昼間に来た人たちだと聞かされ、一転して緊張と恐怖に襲われた。
 しかし、侵入者を放置できるわけもなく、レイドックの指示で出迎える態勢を急遽整えたのである。
 そんなところへ、テムが片手を上げて、笑いながら近づいてきた。

「昼振りだな」

 テムが上げた手には、斧が握られており、レイドックたちはそれを見て、一様に顔を引きつらせる。
 だが、テムは陽気さを崩さず、レイドックたちの警戒をよそに、レティとマラニが乗る馬を引いて、ゆっくりとレイドックたちへ歩み寄る。
 その後ろからは、ダイザたちが続き、馬に乗るファイナが何度も頭を下げている。

「まさか、夜にやって来るとはな」

「はははっ。安眠を邪魔して、すまん」

「今度は、何用だ?」

 レイドックは、前に立つ騎兵隊たちの構えを解かせてから、穏やかな口調を作ってテムに問う。
 テムの手には斧が握られていたが、その斧は戦うためではないと、レイドックは判断したのである。

「人命救助を頼みたい」

 テムは、レティとファイナに抱えられたマラニとサルクを指し示す。
 二人の意識は一向に戻らぬままで、浅い呼吸を繰り返している。
 レイドックは、二人の衰弱振りを見て、テムの言葉に嘘はないと見て取る。
 サルクを後ろから抱きかかえているファイナは、レイドックに対して、申し訳なさそうに頭を下げ続けている。
 一方、マラニの後ろにいるレティは、本当に受け入れてもらえるのかという不安を覗かせている。

「ふむ……。私としては、その子たちを助けてやりたい。……だが、その前に聞かせて貰おう。その子たちは、奴隷だな?」

 レイドックは、二人の首に残る首枷の痕と、手の甲に押された奴隷紋を指差す。
 しかし、その問いは当然あるものと考えていたテムは、隠すことなく頷き、事情を手短に話す。
 レイドックは、テムからレティたちがキルビナ人だと聞かされても、レティたちへの偏見を見せず、暫し黙考した後に答える。

「……分かった。その子たちを受け入れよう」

「おぉ。話が分かるな。それでこそ、俺が見込んだ男だ。はははっ」

 テムは、レティとファイナを見上げて、「喜べ」と大いに破顔する。
 テムとレイドックの会話を聞いていたレティとファイナは、不安が和らぎ、ファイナはうれし涙を流し始める。

「しかしだ……」

「ん?」

 レイドックは、レティたちの様子をしばらく眺めていたが、無条件の受け入れではないことをテムたちに話し始める。

「その者たちは、ここへ滞在させるわけにはいかん。受け入れるのは、その子たちだけだ」

 レイドックは、馬に乗るレティとファイナを指差し、厳しい表情でテムに告げる。
 レイドックとしては、ゴイメールの命運が変わりつつある中で、身元の不確かな者を受け入れるわけにはいかない。
 だが、テムは、そのことも予想していたのか、特に気分を害すこともなく、レイドックの言葉に頷く。

「それで、十分だ。俺たちも、この者たちも、ここへは長居をしない」

 テムは、後ろのダイザを振り返って、1つ頷く。
 テムは、チヌルへ潜入するための口実作りを始めるぞと目配せをしたのである。
 ダイザにもそのことは伝わり、ダイザは、少し前へ進んでテムの隣に並びかけ、そっとテムの手に透輝石を忍ばせる。
 テムは、背中の収納袋から、先ほど凍土林の中で採取したシマツナソが詰まった麻袋を取り出し、レイドックたちへそれを見せる。

「ただ、その子たちを頼む前に、これを食べさせたい。いいか?」

「それは、何だ?」

「シマツナソの若葉だ。栄養価が高く、その子たちの回復が早まると思って、さっき採ってきた」

「そうか。そういうことなら、こちらでそれを食べさせよう」

 レイドックは、騎兵隊たちが制止するのを目配せで止めてからテムへ近づき、テムの手から麻袋を受け取る。
 そのときテムは、レイドックへミショウ村から持ってきた透輝石を1つ手渡す。

「これは、何だ!?」

 仕事柄、魔力を秘めたものに接してきたレイドックは、テムから渡されたものが魔石であることを瞬時に悟る。
 しかし、その尋常でない魔力波長の強さから、一体何を渡されたのかと思い、恐る恐る手を開き、純粋な透輝石を見て心底驚愕したのである。

「その子たちの療養費だと思ってくれればいい。あとは、突然尋ねてきた迷惑料だな」

「う、受け取れない!」

 レイドックは、テムから渡された透輝石の価値を理解している。

「そうは言っても、俺たちには、それしか対価を支払うものがない」

 テムは、レイドックの手を再び握り締めさせ、その手をぽんぽんと叩く。
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