煉獄の森~EZAM~

結城朔夜

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第六幕:記憶の扉

vision:ⅩⅩⅩ 現の夢~塗り替えられた記憶の残像~

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信じていた
いつか家族と一緒に
また笑い合える日が来ることを

信じていた
友人たちと他愛も無い会話で
また一緒に笑い合えることを

だけど………
今はもう何もかもが信じられない
それらは全て夢幻へと消え去って

私の中に残されたのは
『孤独』と『絶望』だけだった………

――――――――――

友人たちの心無い言葉に傷つき、親戚からも支援の手を断たれて。
私はこれから、どう生きていけば良いの?
そんな不安と焦燥に駆られて、目の前が真っ暗になった。

泣き続けている私の背中をさすってくれて「大丈夫、大丈夫」と看護師が声を掛けてくれていた。
その温もりに甘えそうになるけど、同時に【仕事だから優しくしているだけ】と、どこか冷め切った感情もあって。
素直に優しさを受け入れられなくなっていた。

(もう誰も、何もかもが信じられない………)

家族との団らんも、友人たちとの楽しかった日々も、全てが嘘に塗れて行くようで。
私の中で、何かが音を立てて崩れていく感覚がした。

ひとしきり泣いて、涙が涸れるほど泣き続けて。
少しずつ、冷静さを取り戻しはじめた私は、ゆっくりと顔を上げた。

「少し落ち着いた?」
「………はい」
「何があったのかは聞かないけど、あまり思い詰めたら駄目よ。まだ完全に気持ちの整理もついてないのだろうし、焦らなくていいからね」
「………有り難うございます」

そうして暫くしてから、看護師は「他の患者さんの様子を診に行くね」と言って病室を後にした。

泣き腫らした目が痛くて、私は一度顔を洗ってからベッドに戻りぼんやりと棚に目を向けると、スマホにLINEの通知を知らせるランプが灯っているのに気づいて。

「………」

一瞬だけ画面を見るのを拒んだが、一度深呼吸してから画面を確認すると、従叔父からだった。
どうやら母の姉妹に連絡を付けてくれたらしく、そのやりとりの内容が書かれていた。
母の姉妹、つまりは私の叔母に当たる人が2人いたのだが、私から直接連絡を取ったことが無く、連絡先も聞いていなかったため、従叔父が連絡を取ってくれたのだった。

その内容は、【2人とも旦那さんが具合悪く、お孫さんの面倒も見なければならないため、やはり千紗都ちゃんを引き取るのは難しいと言われた】とのこと。
結果的に、親戚内で私を引き取ってくれる人がいなくなったと言うことだった。
私は「連絡有り難うございます」と返信して、その後伯父にも連絡した。

結果的に身請け人が見つからないとのことで児童福祉相談所へ連絡してもらい、児童養護施設への入居が決まったのだった。

そしてその日の夜。
私は再び夢を見ていた。

***
目の前には、大きなスクリーンがあって、今までの記憶の映像を映し出していた。

小さい頃の誕生日に、近隣にあるデパートのレストランでケーキを食べたり、休みの日には父親が運転する車で出かけて、川遊びをしたり海に連れて行ってもらったり。
今となっては、もう戻ることの出来ない過去。

「………」

スクリーンの前に佇み、無言でその映像を見ていた。
次第にその映像から色が褪せていき、皆の笑う声音も遠のいていく。
やがて砂嵐の様なノイズに変わっていき、ザーッという音が響き渡っていた。
そしてそのノイズ音がどこか雨を連想させて。

ゆっくりと瞬きをすると、別の映像が映し出されていた。

「ごめ………い………」

雨音に掻き消されるように、誰かの声が聞こえる。
激しく降る雨の中で、誰かが呟いている。
そしてその声音が少しずつ聞こえるようになって。
小さな人影も見えると、それが幼い頃の私だと気付いて。

「ごめんなさい………」

降りしきる雨に打たれながら、幼い私が泣きながら謝っている姿が見えた。

(………これは、いつの記憶だったっけ?)

私は心の中でそう思いながら、スクリーンに映る幼い私を見つめていた。
幼い私は家の玄関の前でずっと独りで雨に打たれながら泣いている。
周りに人の気配があるけれど、誰一人として声を掛ける様子はない。

「ごめんなさい………赦してください………」

幼い私は泣きながら何かに謝っている。

ーーー誰に、何を赦してもらいたいの?
ーーーどうして………誰も応えないの?

ふと、これは自分の記憶なのかと疑問に思い記憶を辿らせてみるが、なぜかどうしても思い出せない。

考えてみれば、昔から時々記憶が途切れることがたまにあって。
けれど私生活には何の支障もなかったため、深く考えはしなかったが、よくよく考えれば少しおかしい。
私自身の記憶にはないのに、どこかで見聞きしたような感覚があって。
そう考えて、この映像ももしかしたらその記憶にない部分を映し出しているのかもしれないと思って、映像を見続けていると。

『大丈夫………私が、そばに居るから』

泣いている幼い私に、一人の少女が手を差し伸べた。
そして幼い私を抱きしめて、そっと涙を拭った。

『………千紗都は何も悪くない。*****の機嫌が悪かっただけ………。だから、もう泣かないで』

少女はそう言いながら、背中をポンポンと優しく叩いている。
幼い私は鼻を啜りながら「………本当に?」小さく呟くと、少女は微笑みながら『うん。だからもう、泣かなくて良いんだよ』と返して。
少女は幼い私が泣き止むまで、ずっと手を握って寄り添っていた。

やがて、幼い私は泣き疲れて踞るようにうつらうつらとしていると、家の中から母親が出てきて「もう大丈夫よ、中に入りなさい」と声を掛けた。
眠い目を擦りながら、幼い私は母に手を引かれて家の中へと入っていく。
ふと気付くと少女の姿はいつの間にか消えていて。
パタン、と玄関の扉の閉じる音が響くと、再び砂嵐のようなノイズだけの映像になり、やがて電源が落ちたようにプツンッと映像が消えた。

直後、フィルムの捲かれる音がした方を向くと、映写機が置かれていて。
映し出していた映像のフィルムがなくなったためか、カラカラと音を立てて空回る音が響いて、やがて止まった。
その後、隣にもう1台映写機が置かれているのに気付いて。
その映写機に近づくと、勝手に電源が入りフィルムが捲かれ、再びスクリーンに映像が映し出される。

その映像は、友人たちと一緒に自然公園へ遊んで居た頃の記憶だった。

互いに写真を撮ったり、露店で買ったアイスを食べたり。
アスレチックの遊具で遊んだりして、楽しそうに笑っていた。

その時に撮った写真は、美術の時間に風景画を描くときに使っていたなと思い出して。
美術担当の教師から、参考にしたい絵の具の塗り方として評価してもらった。
楽しかった時間が、映し出されていて。

皆の笑い声が、響いていた。

けれど、その映像もまた次第に色褪せてノイズが入っていく。
そして再び、記憶にない映像が映し出された。

友人たちが楽しそうに談笑している。
その中に私も混じっているが、どこかぎこちない笑みを浮かべている。
皆の話が楽しくて笑っているわけではなく、皆が笑っているから自分も笑っている「フリ」をしている感じがした。

「………?」

何故かわからないがそんな違和感を抱きながらも、私はその映像の続きを見ていた。

そして場面が変わり、今度は友人たちの姿を離れた場所から見ている私の姿が映し出された。
その表情は何も感じさせず、まるで能面のような感情がない表情だった。

そんな私に気付いた友人が何か小声で話していると、一瞬だけ振り向いてそのままその場を離れていった。

「………」

その後ろ姿を無言のまま目だけで追いかけて、友人たちの姿が見えなくなると窓の外へと視線を向けていた。
窓に映る自分の顔を曇った瞳で見つめて、そして目を伏せた。
そして再び目を開けると、独り言を言うように小さな声でこう呟いた。

「………友達なんか、イラナイ………」

そう聞こえた瞬間、再び砂嵐のようなノイズだけになり、そしてまた映像がプツンッと切れて。
カラカラとフィルムが空回る音がして、やがて止まった。

すると目の前にあったはずのスクリーンが薄らと消えていくと、映写機もいつの間にか無くなっていて。
周りを見渡すが暗闇の中に独り取り残され、前も後ろもわからない状態でいると。

ふいに、ひどい耳鳴りと頭痛に襲われて。
一瞬目を瞑り、ゆっくりと開くと、周りの光景が変化しているのに気付いた。

それはまるで、フィルムを巻き戻したかのように、昨日までの出来事が目の前に拡がっていた。

例の火事になった光景、友人たちが影で嘲笑っている光景、そして伯父の「申し訳ない………」という声が聞こえて。
そして皆が私に背を向けて、どこかへと去って行く姿が見えた。

ーーー待って、皆っ!

そう呼び止めたいのにうまく声が出せず、腕を伸ばしてもその指先は虚空に掻き、やがてその後ろ姿は見えなくなった。
たった独り暗闇の中に取り残された私は、その場に茫然と立ち尽くしていた。

ーーーどうして?
ーーーどうして、誰も私のことを助けてくれないの?
ーーーこんなにも苦しくて、つらくて、寂しいのに………

ーーーどうして………?

そんな想いが渦を巻いて。
頬を蔦う涙を拭うこともせず、息をすることすら忘れて。
足元から暗闇の中へ沈んでいくような感覚がした。

そして、いつかあの少女が告げた言葉が、頭の中に響いた。

『人間ナンテ皆、汚イ人形。
必要ナ時ダケ利用シテ、要ラナクナッタラ棄テル』

『ダカラ、アタシハ………』

***

その瞬間私は目を覚まし、汗だくになりながら荒い息をしていた。

一体、なぜ今になってその記憶が呼び覚まされたのか?
彼女は一体、誰なのか?
そしてその日を境に、私は頭の中で声が響くようになっていった。
まるで夢の中の少女が、思い出せとでも言わんばかりに。
しかしそれを誰かに話したところで、何の解決にもならないのは分かっていたので、誰にも話すことはなかった。
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