Love looks not with the eyes, but with the mind

我利我利亡者

文字の大きさ
6 / 22

6

しおりを挟む
 俺の目に光が戻り、伸ばした手を振り払われたあの日以来、主人は変わってしまった。
 話しかけても返ってくるのは空返事ばかりだし、診察の時に触診で触れてくるのも最低限。前は夜になると2人で温かい飲み物を持って居間に集まり眠るまでの間話をしたり、主人が世話をしている外の薬草畑に連れていってもらって水やりの手伝いをしていたりしていたというのに、それも『忙しいから』とか、『今は別に必要ない』とか、断られるようになった。主人は昼間も2人で過ごす時間を嫌うように、暇さえあれば1人で屋敷の側にある薬草畑に出ずっぱりだ。
 主人の治療の甲斐あって俺の目はどんどんと回復していったが、それと反比例するかのように主人の態度は益々ぎこちなくなり、主人と俺が接する時間は減っていく。
 俺、何かやらかしてしまったんだろうか?
 そう思って主人の態度がおかしくなったあの日のことを思い返してみても、悲しいことに特に思い当たるフシがない。
 手を振り払われたのは態度がおかしくなってからだし、主人が手袋をしていることを指摘してからなんだか雲行きがおかしくなったような気もするが、だからといってそれがどうだというのだろう。別にその事を揶揄したわけでも、非難したわけでもない。いくら頭を捻ってみても、何故主人が手袋をしていることを指摘したことが今の居心地の悪い状態につながっているのかサッパリだ。
 無い頭を絞って考えてみても無駄だ、こうなったら主人に直接聞いてしまおう。そう思って主人に『最近少し様子が変わったように感じるのですが、どうかいたしましたか? 私の言動が何か気に触ったのなら謝ります』というようなこと言ってみても、主人からは『いいから、お前は治療に専念して大人しくしていろ』といったようなことを言われるばかり。あまりしつこく聞いて主人の機嫌を今以上に損ねるのも嫌なのでそれ以上深くは追求できなかった。
 日々良くなる目の状態も喜ばしいはずが、主人との仲がぎこちないまま容赦なく彼と別れるタイムリミットが迫ってきて、急かされているようで、素直に喜べない始末。これといった打開策も思いつかないまま、時間だけが無為に過ぎていくばかり。
 そうしてしばらくたった頃。俺の目はだいぶ回復してきていて、最近では光だけでなく、僅かに周りの色までもが感知できるまでになっていた。
 主人とのことが心配で俺の心には暗雲が立ち込めていたが、だからといってこのことが少しも嬉しくない訳ではない。
 日を追うごとに光と色を取り戻していく視界は、主人との別れを予期させることとは別に、確かに俺の気持ちを上向かせてくれていた。
 このところ毎日の魔法治療は、以前の薬物治療や手術よりも俺の体にあっていたらしく、今のところ深刻な副作用はみられない。辛いはずの治療は、むしろ少なくなった主人との貴重な触れ合いとして楽しみになっているほどだ。
 自分でもどうしてここまで必死になって主人との繋がりを失いたくないと思っているのかは分からない。今まで係わってきた人柄から察するに、主人は俺との関係が悪かろうが治療の手は抜かないだろうということは分かっていたし、治療が終わるまでこの屋敷を追い出されることはないだろうというのも確かだ。
 逆に仲良くなってからも食事が豪華になったり、部屋のグレードが上がったりと待遇が改善したこともなかった(今でも十分すぎるくらいだけれど)。
 きっと、元々人との親密さで態度を変えるようなことをしない、芯の通った人なのだろう。
 自分の処遇がどうでもいいのなら、尚更主人との仲に固執する理由はない。一体俺はどうしたいのだろう?
 いくら一生懸命話しかけてもおざなりな言葉しか返ってこない時、あからさまに俺に触れようとしないあの温かい手に気がついてしまった時、入室と同時に避けるように入れ替わりで部屋を出ていかれた時、ふと胸を過るもの。
 胸を締め付けられるような、苦しくなるようなこの感情。
 何故だろうか。その感情には、気がついてはいけないような気がした。
「もうだいぶ良くなってきたな。この分だとそう遠くないうちに全快するだろう」
「ありがとうございます。それもこれも全てご主人のお陰です」
 主人の献身的な治療の甲斐あってか、俺の目はもうだいぶ見えるようになってきていて、最近では普通に明るいところでものの色や形を判別するだけでなく、薄ぼんやりとだが暗闇の中でも行動ができるくらいの視界を確保できるまでになっている。なんと喜ばしいことか。だが、そんな大事なことが頭の隅で霞んでしまうほど、俺には主人のことばかりが気になってしまう。
 ああ、今日もあの手は必要最低限しか俺に触れてくれなかった。もう以前のようにさりげなく髪を撫でたり、労わるように指の腹で目元に触れてもらえることはないのだろうか。
「そうそう、今日からまた薬を使い始めるからな」
「えっ、薬って、またあの気持ちが悪くなるやつですか……?」
「安心しろ。目の周りの傷に塗るただの塗布薬だ。それで具合が悪くなることはまずないだろう。ただ、薬を染み込ませたガーゼを目に当てて上から包帯を巻くから、暫くの間また以前のような暗闇生活に逆戻りだ。不満だとは思うが、それもこれも良くなるためだ。我慢しろよ」
「不満だなんて、そんな。こうして多少なりとも視力が戻ってきただけでも以前と比べたら夢の様なことなんですから、ほんの少しの我慢なんて屁でもありませんよ」
 そう言って大人しく頭に包帯を巻かれ、取り戻したばかりの視界が塞がっていくのを受け入れる。再び世界が暗闇に包まれた時、不安は感じなかった。視界の塞がれた生活には慣れていたし、主人への信頼感もあったからだ。
 だからこそ、次いで主人が言った言葉にとても衝撃を受けた。
「……あー、言い難いことなんだが」
「はい?」
「目が治ったら、すぐにこの屋敷を出ていって欲しいんだ」
「っ!」
 なんという事だ。ついに、この時が来てしまったか。あまりのことに、思わず息が詰まる。
 俺は慌てて焦りに縺れる舌を叱咤し、なんとか言葉を紡ぎ出した。
「そうですね……思えば私はあなたにお世話になりっぱなしで、ご迷惑をかけてばかりなのに、なにもお返しできずにいました。元々ご主人は静かな生活をお望みだったのに、私は五月蝿く話してばかりでしたし、お嫌になってしまうのも無理ないことでしょうね」
「いや、別に、そういうことでは……」
「フフッ、気を使って頂かなくても結構ですよ。全て自分で思った事実なんですから」
 そうなんだよ。自分で言ってて悲しくなってくるが、今言ったのは何もかも本当のことなんだ。
 俺はある日突然現れた無駄飯食らいのイレギュラー、主人の静かで快適な生活の邪魔者でしかない。
 今でこそ学術的興味と1度治療を始めた責任感からかこの屋敷に置いてもらえているが、それもこの目の治療が済めば全部おしまいなのだ。
 そういえば、俺は主人の出自や詳しい生業、名前ですら知らない。改めて考えてみれば、思ったよりも主人と俺との繋がりは希薄で危ういものだった。
 もうこの際、今の患者と医者という関係に終わりが来てしまうのは仕方がない。そこは清く認めよう。
 だが、このまま主人との関わりを断ってしまうのは、あまりにも惜しい。
 今や俺はそれ程までに主人を慕っていたし、もっと深く主人と分かり合いたいとも思っていた。なにより、この目に光を取り戻してくれた、多大なる恩義にも報いたい。
 2人きりで過ごし言葉を交わす日々の中で、俺の自惚れでなければ主人の方も多少なりとも俺に好感を持つようになってくれているだろう、という思いもあった。
 だから、続けた言葉もある程度の勝算があって口にしたのだ。
「ご主人……目の治療が終わっても、また訪ねてきてもいいですか? 今度は、客人としてではなく、あなたの友人として」
 俺の顔に包帯を巻きつけていた手が、ピタリと止まる。
 俺はその手の上に自分の手を添えてしまいたくなるのを、ぐっと堪えた。
 自分の真剣な気持ちを少しでも分かってもらいたくて、ガーゼと包帯で隠れて見えないはずの目を真っ直ぐ主人がいるであろう場所に向ける。
 これは賭けだ。
 以前こそ主人からの好意を感じとっていたが、だからといって最近はめっきり2人の仲は冷え切っていたし、人嫌いだと言う彼が、偶の客人としてでも俺を歓迎してくれるかどうかは分からない。
 それでも、俺はこの勝負に賭けてみたかった。今のまま何もせず、おめおめと主人との関係が切れてしまうがままに任せるのは嫌だ。少しでも可能性があるのなら、そこに可能性を見いだしてみたかった。
 俺の問いかけに、主人は答えない。
 自然と俺も口を開くのははばかられ、研究室の中を外から漏れてくる葉擦れの音だけが支配する。
「……お前はただの研究対象だ。それ以上でも、以下でもない。研究の協力には感謝するが、治療が終わったらもう用はない。二度とここには来るな」
 暫くの沈黙の後、そう冷たく言い放たれた。
 同時に、止まっていた主人の手の動きも再開し、包帯の最後の一巻きと固定を手早く施して離れていく。僅かに頬を掠めた医療用手袋越しの体温が、今はとても虚しい。
 思えばいつもそうだった。主人と触れ合うのはいつもこの手袋越しだ。主人に直接触れさせてもらえたことは、偶発的に髪の毛に触れてしまったあの時を除いてしまえば、1度もない。
「お前の目の治療は順調だ。このままいけば、あと10日もしないうちに殆ど以前と同じように見えるようになるだろう。今のうちに荷物を纏めていつでも出ていけるように準備しておけ」
 ガチャガチャと診察器具を片付ける音がする。どうやら今日の診察はもう終わりらしい。自分で仕掛けた賭けに負け、この屋敷を出ていき主人と別れるまでのタイムリミットを切られ、呆然とする俺に、主人は更に無慈悲な一言を付け加える。
「お前にこの軟膏を渡しておく。明日からはこの部屋には来ずに、自分でこれを患部に塗れ。その軟膏には私の魔法を込めてあるから、それだけで治療は十分なはずだ」
「えっ、ちょっと待ってください! それじゃあ、もうご主人は私を診てくださらないのですか!?」
「もう私が手を施す段階は終わった。あとは魔法で促進されたお前の体の治癒力に期待するしかない。魔法を送り込むだけならさっき言った軟膏で事足りる。私の細かい調節が必要な重要な時期は過ぎたんだ。それに、私もこれからの季節、薬草の収穫や世話、屋敷の管理に毎日の生活を維持する為に忙しくなる。今までセーブしていた仕事や他の研究も再開したい。いつまでもお前にばかりかかずらっている訳にもいかないんだ」
 そんな、それじゃあ唯一の心の拠り所だった診察という触れ合いもなくなるのか。
 ただでさえ最近は邪険にされ始めているようで、診察だけが主人との確かな触れ合いだったのに、それすら無くなるとは!
 これはどうしたことか。なんとか以前のような良好な関係を取り戻そうという俺の意に反して、主人との距離はどんどんと遠ざかっていくばかりだ。視界だけでなく、心まで暗闇に取り残された気分になってくる。
「さてと、今日の診察は終わったし、伝えるべきことも伝えた。さっき言った軟膏はこれだ。目が見えないからって、なくしたり落としたりしたら承知しないからな。さあ、さっさと与えた部屋にもどれ」
 そうして主人は愕然とする俺を気にした風もなく、押し付けるようにして俺の手に大きく重たい軟膏の瓶を握らせ、早く診察室から出て行けと言わんばかりに肩を押す。
「ああ、そうだ。くれぐれも目の包帯は外すなよ。その軟膏は光に弱いんだ。ちょっとの光ですぐさま感光してしまう。新しく薬を塗布して包帯をつけかえる時は、よくよく用心してなるだけ光の射さない暗闇の中でしろ。そうだな、夜中にカーテンを引いてからするのがいい。分かったな。いいか、ちゃんと私の言うことを守れよ。本当にちょっとの光でもだめだからな。感光すると、その薬は毒に変わる。目に入ったら失明間違いなしだ。せっかく見えるようになった目がまた潰れても、今度は治してやらないからな」
「ちょ、ごしゅ、じ……」
 口にした言葉を最後まで言い終えるのを待たずに、にべもなく部屋の外に押し出され、背後で素っ気なくバタンと扉が閉じられる。
 おまけに中からガチャンと鍵をかけられる音までした。重たく響いたそれが、まるで俺を全力で拒絶しているかのようで、底なしに惨めな気持ちにさせてくる。
 ……どうやら俺ってば、とことん主人に嫌われちまったみたいだな。
 あー、なんだか涙が出そうだ。
 俺は1人寂しく廊下に立ち、ガックリと項垂れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

隊長さんとボク

ばたかっぷ
BL
ボクの名前はエナ。 エドリアーリアナ国の守護神獣だけど、斑色の毛並みのボクはいつもひとりぼっち。 そんなボクの前に現れたのは優しい隊長さんだった――。 王候騎士団隊長さんが大好きな小動物が頑張る、なんちゃってファンタジーです。 きゅ~きゅ~鳴くもふもふな小動物とそのもふもふを愛でる隊長さんで構成されています。 えろ皆無らぶ成分も極小ですσ(^◇^;)本格ファンタジーをお求めの方は回れ右でお願いします~m(_ _)m

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています

水凪しおん
BL
東の山々に抱かれた獣人たちの国、彩峰の郷。最強と謳われる銀狼一族の若き当主・涯狼(ガイロウ)は、古き呪いにより発情の度に理性を失う宿命を背負い、「鬼神」と恐れられ孤独の中に生きていた。 一方、都で没落した家の息子・陽向(ヒナタ)は、借金の形として涯狼の元へ「花嫁」として差し出される。死を覚悟して郷を訪れた陽向を待っていたのは、噂とはかけ離れた、不器用で優しい一匹の狼だった。 前世の知識と、植物の力を引き出す不思議な才能を持つ陽向。彼が作る温かな料理と癒やしの香りは、涯狼の頑なな心を少しずつ溶かしていく。しかし、二人の穏やかな日々は、古き慣習に囚われた者たちの思惑によって引き裂かれようとしていた。 これは、孤独な狼と心優しき花嫁が、運命を乗り越え、愛の力で奇跡を起こす、温かくも切ない和風ファンタジー・ラブストーリー。

悠と榎本

暁エネル
BL
中学校の入学式で 衝撃を受けた このドキドキは何なのか そいつの事を 無意識に探してしまう 見ているだけで 良かったものの 2年生になり まさかの同じクラスに 俺は どうしたら・・・

処理中です...