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おまけ1
「それでしたら、お2人でご旅行に行かれるのはどうでしょうか?」
ヨシュアの補佐を務めている男にそう言われ、暇を持て余し揃いも揃って困っていた俺とヨシュアは、揃って目をパチクリと瞬かせる。春にさしかかり始めた晩冬の、暖かな午後の事だった。旅行? 旅行だって? これまでにも魔物を倒す為にあちこち駆けずりまわって移動した事はある。だが、あれは討伐の為の遠征なので観光を目的とした旅行とはまた違う。そういえば俺もヨシュアもこれまで争いの為に旅は沢山してきたが、自身が楽しむ事を目的とした旅行は、一度も行った事がないのかもしれない。生命維持に必要な食事や睡眠時間すら惜しんであれだけ一生懸命働いてきたのだから、それもまあ仕方がないのだけれど。
そもそも先程の補佐の発言は、魔物の王を斃し祖国での革命も成った事により磐石な平穏が訪れ、諸々の後始末に追われていた俺とヨシュアの身辺も一通り落ち着いた事に端を発する。俺達2人は数々の功績を称えられ、一生食うに困らないどころか望めば充分贅沢に暮らせるだけの名誉やら報償やらを与えられた。やるべき事も特になくなり、むしろこれまで働き詰めだったのだからその分後は好きに暮らすがいいと、半ば投げやりにも思える放任じみた隠居の勧めを周囲からいただく始末。普通の人間ならようやく与えられた死ぬまで続く休暇に喜んでまったりのんびり楽しく過ごすものなのかもしれないが……。これに俺とヨシュアは困ってしまった。
だって考えてもみろ、俺達のこれまでの生き方を。何分2人共暇さえあればそこに予定をギュウギュウに詰め込み、暇がなければ用事の隙間に別の用事を無理矢理詰め込むような生活を長年続けてきた、言わばワーカーホリックなのだ。ある日いきなり『もう働かなくてもいいよ!』と言われても、働く事しか知らないのに生きる術を丸ごと取り上げられたような気分になってしまう。ようやく手に入れた余暇に対する嬉しさより先に時間を持て余して困り果て、どうしたものかと困惑する気持ちが来るのだ。さりとて仕事をしようにも平和になったこの国では、討伐ばかりやってきてほぼそれしかできる事がない俺達には、もうやれる事もほぼないし……。と、手持ち無沙汰で2人して朝から晩まで広い王城を無意味にウロウロ散歩していたら、呆れた補佐の男に『そんなに暇なら旅行をしてはどうか?』と言われたのが先程までの経緯である。
「お2人共人生を捧げて今の平和を築き上げたのです。折角なら、自分の目でその成果を見てみてはいかがですか? 流通が活発になって行路もだいぶ整備が進んでいますし、その結果移動もしやすくなっているそうです。平和になった事で世間でも旅行が流行り始めているらしいですし、いい機会じゃありませんか」
「旅行って言ったって……あるのは戦いの知識ばかりで自国の事すら詳しくないんだ。どこに行って何を見るか、全く決められる気がしないな」
「別に風の向くまま気の向くまま、好きな場所に行って好きなものを見ればいいんですよ。景勝地を見つけたらそこに長く逗留していいし、口に合う食事を出す地域を見つけたらそこで食べ歩きをしてもいい。海に行くのも山に行くのも、都会に行くのも田舎に行くのも、全て思いのままです。折角晴れて自由の身になれたんですし、時間もたっぷりある訳ですから、あちこち転々としつつノンビリやりたい事をやりたいだけやればいいんです」
まあ確かにこのまま王城を散歩するなんて言って、並んで話しながら徘徊するだけで終わるには、俺達の余生は長過ぎる。それに、一度は英雄だなんだと讃えられた人間の行く末がそれなんてあまりにも夢がなさ過ぎるし、暇なのはいいがそれも度が過ぎると最早拷問に近いし……。何より、補佐の男に続けて言われた『どうせなら旅先で、これからの人生を賭けて打ち込める趣味でも探してきたらどうですか?』という言葉が決め手となった。確かに、こうして1つの場所に留まってボーッとやる事がないと嘆くより、そっちの方が余っ程生産的だと思う。隣を見るとどうやらヨシュアもその気になっている様子。やらない理由がない。こうして、俺達は広く世界を巡る旅行をする事にした。
それから俺達は色々な土地を回って、多くのものを目にし沢山の発見を重ね、それまでは想像もしなかったような様々な驚きを経験した。俺とヨシュアはこれまでの生活形態のお陰で旅暮らしそのものにはかなり慣れているし、周囲は旅程も期間も決まっていないこの旅にとても理解がありサポートも万全。揃って腕っ節も立っていておまけに時間も自由も資金だってタップリある。それでも旅に関して多少の不安はあった。『思ったよりも新しい経験に感動できなかったり、やりたい事が何も見つからなかったらどうしよう?』とか。まあ、結局その心配は杞憂に終わった訳だが。
「なあ、ヨシュア! あれ見てみなよ! 討伐の為に昔ここの近くへ立ち寄った事はあるが、まさかこんなにも美しい瀑布があるとは知らなかった! 滝の前に立っているだけで、こんなにも自然の雄大さを感じられる!」
「イーライ。このドライフルーツ、とても美味しいぞ。君も好きな味だと思う。ここらの名産で他では生えない珍しい果物を使っているらしい。王都に居る家族や世話になった知人達に、沢山買って送ろう」
「すっごい迫力だなぁ……。俺、祭りなんて生まれて初めて見た。おい、見てみろよ。あの踊り子達の衣装。刺繍の金糸がキラキラ煌めいて、まるで陽の光を纏って踊っているみたいだ。一糸乱れぬ身のこなしも、変わった曲調の祭囃子も、何もかもに圧倒される……」
「木工細工が有名な町だと聞いていたけど、これ程までとは。ほらご覧よ、この神話のワンシーンを表現した木彫りの置物。この本物さながらな精巧さ、神も人も魔物もまるで生きているみたいだ」
「ここは規模こそ小さな町だけど、住人が皆とても親切で居心地がいいな。 俺達正体を知らないからただの一般的な旅人にしか見えないから、有名人に対するリップサービス抜きでとても良くしてくれる。ここまでの旅の疲れを癒す為にも、ここで少しゆっくりしていくか?」
命の取り合いを終わらせて始めて、ようやく落ち着いた状態で改めて見て回ったこの世界は、とても美しく素晴らしいものだった。見るもの聞くもの感じるもの、それら全てが1つ残らず余す事なく輝いて見える。そのどんな瞬間も隣に愛する人が居てくれて、感動や喜び等全てを共有してくれるのなら、尚更。
「クー・シーの子供って、こんなに可愛いのか。いや、大人も大人で可愛い。大きい犬ってだけで垂涎物なのに、賢くて可愛くて性格もいいと来たもんだ。この旅を終えたら、1匹くらい家族に迎えてみたいな……」
地方にあるクー・シー……まあ、要はとても大きな犬の妖精の飼育施設を見学し、そこで行われていたクー・シーとの触れ合い体験中、ヨシュアがそんな事をポツリと呟く。どうやらクー・シーの事が余っ程お気に召したらしい。そしてそれは俺も同じ事。産まれてまだ数週間。生後1ヶ月にもなっていないというのに、既に膝に乗せるのも苦労するような大きさをしているクー・シーの子供を優しく撫でるのを、いつまで経っても止められずにいる。長い毛足が特徴的なクー・シーの子供達は、とても懐っこい上に世話がよく行き届いていて、触り心地抜群だ。
「確か、クー・シーは賢くて飼いやすいけど成長するとかなり大きくなるから、引き取るのには審査が要るんだったよな? もしもの時に制御できるかとか、終生面倒を見続けられる環境や覚悟を用意できるかとか」
「まあ、この子達は大人になったら牛並みの大きさになるもんな……。その大きさになってから飼えなくなりましたなんて放り出すのは絶対許されないし、なんの制限もなくただ可愛いからってだけで考え無しに欲しがる輩に渡さない為にも、必要な措置なんだろう。だが、私達ならどの条件も余裕でクリアできる。将来的に飼う事を、真剣に検討してみないか?」
「うーん、それってかなり魅力的な提案……。後でここの職員に詳しい話をちょっと聞いてみるか」
まあ後々職員に話を聞くのは決定としても、今はクー・シーとの触れ合い体験は制限時間一杯まで楽しもう。言わずとも2人で目を合わせただけで、そんな考えは共有できた。将来クー・シーを迎える事を想定した詳細な話を聞くのは、確かにとても大切だ。大切だがそれはそれとして、目の前でしっぽをブンブン振りながら笑顔でこちらに甘えてくるフワフワの大きな子犬というのは、余りにも魅力的過ぎる。それこそ、許されるだけ沢山相手をしていたいと思う程度には。
「それにしても、この旅に出てからこっち、やりたい事や将来の計画が沢山できたな。俺はまさか、自分の中にこれ程沢山の欲求があるだなんて思いもしなかったよ」
「ああ、私も同じさ。昔の君は役目を果たしていつか死ぬ事だけを、私は世界平和を目指す事だけを考えて生きていた。立場上私的な欲求を持つなんてとてもじゃないが許されなくて、目の前の魔物を殺す事だけを考えて毎日を我武者羅に生きていたっけ。あの頃頭を支配していたのは、戦い方や果たすべき役目の事だけだったな」
「昔の自分達に今のこの穏やかな生活や希望に溢れた未来の話をしても、そんなの絶対自分達には関係のないものだと、到底信じなかったろうな」
ヨシュアの言葉に確かにそうだろう、と緩く頷く。こうしてヨシュアと遠い先の話をして未来の計画を立てる幸せを、最近ようやく素直に味わう事ができるようになってきていた。長年文字通り明日をも知れぬ身だったので、昔は将来設計なんて翌日の朝食の献立予想すらもしなかったのに。明日訪れる場所ではどんな楽しい事が待っているだろう。まだ見ぬ新しい出会いはあるのかな? それとも、想像すらできないような珍しいものが見られるかな? 未来に思いを馳せるだけでそういった期待感が胸一杯に溢れ、とても幸せな気持ちになれた。
勧められるがまま何の気なしに始めた旅行だが、あの時アドバイスを聞いておいて本当に良かったと心から思う。そうでなければこれだけ尽きる事なく次から次に浮かんでくるやりたい事を、自分でも一切知らないまま生きていた事だろう。明るい未来への展望を持てて、今こんなにも毎日が輝いているのだから、それがなかったかもしれないもしもの人生なんて想像だけでゾッとする。
こうしてヨシュアと旅行していると、やりたい事が頭の中にどんどん浮かんでくる。一度は面倒だからとただそれだけの理由で生きる事すら諦めた自分に、これ程まで欲求があるとは思わなかった。以前なら自分なんかが何か願いを持ってそれを叶えようとするなんて、とても罪深い事のように考えていたかもしれないが、今は決してそう思えない。むしろ、そういった欲求が生きる活力になってくれる為、歓迎すべきものなのだと遅まきながら理解し始めていた。
「なあ、ヨシュア。どうせならさ。これからは将来クー・シーを飼う事を想定して、その子を連れて行って遊ばせてやれるような場所とか、見せたい景色に食べさせたい食事を探しながら旅行しよう。将来本当にクー・シーを飼うにせよ飼わないにせよ、そうやって自分達以外の事を思いながらする旅行は、また違った視点を持ててきっと楽しいと思うんだ」
「ああ、それはいい考えだ! どうせならクー・シーの為だけでなく、私達を快く送り出してくれた皆んなに教えてあげたり、連れて行ってあげたりする事も考えてみようじゃないか。いつかしたい恩返しのモチベーションにもなるし、何よりいい土産話ができる」
「フフッ……それも楽しそうだな。その計画を思うと、今から先の事が楽しみで仕方がないよ」
自分の事でいっぱいいっぱいだった俺がいつの間にか、こうして他人の事を考え慮る余裕を持つ事ができるようになって、更には周囲と仲良く過ごすいつかの未来を夢みて幸せを覚える日が来ようとは。死と絶望に塗れていたかつてを思うとあの殺伐とした戦場から、本当に遠い所まで来れたのだと思う。今あるこの喜びや幸せは、きっとあのままでは決して手に入れられなかった。こうして大きな妖精の子犬をモフモフする機会だって、一生訪れなかったろう。
ふと、思うところあって隣で子犬に顔面をベロベロ舐められ笑うしかなくなっているヨシュアを見る。よくよく考えてみれば、今ある俺の幸せは全て彼のお陰だ。ヨシュアが俺を思いやってくれた事で、俺は自分を大切にする事を覚えた。俺も価値ある一人前の人間だと根気よく教えてくれた事で、自尊心を育めた。沢山愛情を与え心からの優しさを捧げてくれた事で、疲弊して無感情だった俺は感情を発露させる事ができた。ヨシュアが俺を助けてくれていなければ、俺は幸せを幸せと思うことすらできなかったろう。ヨシュアが根気よく築き上げたもの達の上に、今の俺は成り立っている。
自分は幼い頃からそれなりに苦労ばかりしてきた方だと思う。だがその苦労も、ヨシュアの助力で帳消しどころか幸せのお釣りまで来ているような状況だろう。彼との出会いは、きっと俺の人生にとってこれ以上なんてない一番の幸運だ。今のところ俺は彼に与えられてばかりで何も返せていない。優しいヨシュアの事だから『イーライが幸せそうにしているだけで十分なんだから、気にせず過ごしてくれ』と言うだろうが、それでも俺は少しでもいいから彼になにか返したい。
ヨシュアから受けた大恩は、これからの人生全部かけたって到底返し切れるとは思えない。だからこそ、諦める事なくコツコツ俺もヨシュアを幸せにしていきたいと思う。それこそ、これから先にある俺の一生をかけてでも。俺の人生はヨシュアに長らえさせてもらったようなものだ。どうせならヨシュアの為に使いたい。ヨシュアにも幸せを感じてもらいたいというのは俺にとって一番の願いでもあるのだし、俺の望みなら彼も嫌だとは言わないだろう。彼と一緒に幸せになりたいという事でもあるのだから、尚更だ。
ヨシュアがそうしてくれたように、必ず俺も彼を幸せにしよう。それは恩返しとしての側面も当然あるが、何より俺自身の願いとして、改めてそう決意する。この命や今ある時間はヨシュアがくれたようなもの。俺はそれらをヨシュアの為に1番使いたい。俺にとってヨシュアが幸せでいてくれる事が1番幸せなのだが、彼だって俺が幸せでいる事が自分にとって1番の幸せだと言っていたのだし、きっと反対はしないだろう。これから2人で、死ぬまでの長い時間を使って、必ず幸せになっていこう。そんな柔らかい決意を胸に、俺は確かな幸せを胸に隣のヨシュアへ優しく微笑みかけるのだった。
ヨシュアの補佐を務めている男にそう言われ、暇を持て余し揃いも揃って困っていた俺とヨシュアは、揃って目をパチクリと瞬かせる。春にさしかかり始めた晩冬の、暖かな午後の事だった。旅行? 旅行だって? これまでにも魔物を倒す為にあちこち駆けずりまわって移動した事はある。だが、あれは討伐の為の遠征なので観光を目的とした旅行とはまた違う。そういえば俺もヨシュアもこれまで争いの為に旅は沢山してきたが、自身が楽しむ事を目的とした旅行は、一度も行った事がないのかもしれない。生命維持に必要な食事や睡眠時間すら惜しんであれだけ一生懸命働いてきたのだから、それもまあ仕方がないのだけれど。
そもそも先程の補佐の発言は、魔物の王を斃し祖国での革命も成った事により磐石な平穏が訪れ、諸々の後始末に追われていた俺とヨシュアの身辺も一通り落ち着いた事に端を発する。俺達2人は数々の功績を称えられ、一生食うに困らないどころか望めば充分贅沢に暮らせるだけの名誉やら報償やらを与えられた。やるべき事も特になくなり、むしろこれまで働き詰めだったのだからその分後は好きに暮らすがいいと、半ば投げやりにも思える放任じみた隠居の勧めを周囲からいただく始末。普通の人間ならようやく与えられた死ぬまで続く休暇に喜んでまったりのんびり楽しく過ごすものなのかもしれないが……。これに俺とヨシュアは困ってしまった。
だって考えてもみろ、俺達のこれまでの生き方を。何分2人共暇さえあればそこに予定をギュウギュウに詰め込み、暇がなければ用事の隙間に別の用事を無理矢理詰め込むような生活を長年続けてきた、言わばワーカーホリックなのだ。ある日いきなり『もう働かなくてもいいよ!』と言われても、働く事しか知らないのに生きる術を丸ごと取り上げられたような気分になってしまう。ようやく手に入れた余暇に対する嬉しさより先に時間を持て余して困り果て、どうしたものかと困惑する気持ちが来るのだ。さりとて仕事をしようにも平和になったこの国では、討伐ばかりやってきてほぼそれしかできる事がない俺達には、もうやれる事もほぼないし……。と、手持ち無沙汰で2人して朝から晩まで広い王城を無意味にウロウロ散歩していたら、呆れた補佐の男に『そんなに暇なら旅行をしてはどうか?』と言われたのが先程までの経緯である。
「お2人共人生を捧げて今の平和を築き上げたのです。折角なら、自分の目でその成果を見てみてはいかがですか? 流通が活発になって行路もだいぶ整備が進んでいますし、その結果移動もしやすくなっているそうです。平和になった事で世間でも旅行が流行り始めているらしいですし、いい機会じゃありませんか」
「旅行って言ったって……あるのは戦いの知識ばかりで自国の事すら詳しくないんだ。どこに行って何を見るか、全く決められる気がしないな」
「別に風の向くまま気の向くまま、好きな場所に行って好きなものを見ればいいんですよ。景勝地を見つけたらそこに長く逗留していいし、口に合う食事を出す地域を見つけたらそこで食べ歩きをしてもいい。海に行くのも山に行くのも、都会に行くのも田舎に行くのも、全て思いのままです。折角晴れて自由の身になれたんですし、時間もたっぷりある訳ですから、あちこち転々としつつノンビリやりたい事をやりたいだけやればいいんです」
まあ確かにこのまま王城を散歩するなんて言って、並んで話しながら徘徊するだけで終わるには、俺達の余生は長過ぎる。それに、一度は英雄だなんだと讃えられた人間の行く末がそれなんてあまりにも夢がなさ過ぎるし、暇なのはいいがそれも度が過ぎると最早拷問に近いし……。何より、補佐の男に続けて言われた『どうせなら旅先で、これからの人生を賭けて打ち込める趣味でも探してきたらどうですか?』という言葉が決め手となった。確かに、こうして1つの場所に留まってボーッとやる事がないと嘆くより、そっちの方が余っ程生産的だと思う。隣を見るとどうやらヨシュアもその気になっている様子。やらない理由がない。こうして、俺達は広く世界を巡る旅行をする事にした。
それから俺達は色々な土地を回って、多くのものを目にし沢山の発見を重ね、それまでは想像もしなかったような様々な驚きを経験した。俺とヨシュアはこれまでの生活形態のお陰で旅暮らしそのものにはかなり慣れているし、周囲は旅程も期間も決まっていないこの旅にとても理解がありサポートも万全。揃って腕っ節も立っていておまけに時間も自由も資金だってタップリある。それでも旅に関して多少の不安はあった。『思ったよりも新しい経験に感動できなかったり、やりたい事が何も見つからなかったらどうしよう?』とか。まあ、結局その心配は杞憂に終わった訳だが。
「なあ、ヨシュア! あれ見てみなよ! 討伐の為に昔ここの近くへ立ち寄った事はあるが、まさかこんなにも美しい瀑布があるとは知らなかった! 滝の前に立っているだけで、こんなにも自然の雄大さを感じられる!」
「イーライ。このドライフルーツ、とても美味しいぞ。君も好きな味だと思う。ここらの名産で他では生えない珍しい果物を使っているらしい。王都に居る家族や世話になった知人達に、沢山買って送ろう」
「すっごい迫力だなぁ……。俺、祭りなんて生まれて初めて見た。おい、見てみろよ。あの踊り子達の衣装。刺繍の金糸がキラキラ煌めいて、まるで陽の光を纏って踊っているみたいだ。一糸乱れぬ身のこなしも、変わった曲調の祭囃子も、何もかもに圧倒される……」
「木工細工が有名な町だと聞いていたけど、これ程までとは。ほらご覧よ、この神話のワンシーンを表現した木彫りの置物。この本物さながらな精巧さ、神も人も魔物もまるで生きているみたいだ」
「ここは規模こそ小さな町だけど、住人が皆とても親切で居心地がいいな。 俺達正体を知らないからただの一般的な旅人にしか見えないから、有名人に対するリップサービス抜きでとても良くしてくれる。ここまでの旅の疲れを癒す為にも、ここで少しゆっくりしていくか?」
命の取り合いを終わらせて始めて、ようやく落ち着いた状態で改めて見て回ったこの世界は、とても美しく素晴らしいものだった。見るもの聞くもの感じるもの、それら全てが1つ残らず余す事なく輝いて見える。そのどんな瞬間も隣に愛する人が居てくれて、感動や喜び等全てを共有してくれるのなら、尚更。
「クー・シーの子供って、こんなに可愛いのか。いや、大人も大人で可愛い。大きい犬ってだけで垂涎物なのに、賢くて可愛くて性格もいいと来たもんだ。この旅を終えたら、1匹くらい家族に迎えてみたいな……」
地方にあるクー・シー……まあ、要はとても大きな犬の妖精の飼育施設を見学し、そこで行われていたクー・シーとの触れ合い体験中、ヨシュアがそんな事をポツリと呟く。どうやらクー・シーの事が余っ程お気に召したらしい。そしてそれは俺も同じ事。産まれてまだ数週間。生後1ヶ月にもなっていないというのに、既に膝に乗せるのも苦労するような大きさをしているクー・シーの子供を優しく撫でるのを、いつまで経っても止められずにいる。長い毛足が特徴的なクー・シーの子供達は、とても懐っこい上に世話がよく行き届いていて、触り心地抜群だ。
「確か、クー・シーは賢くて飼いやすいけど成長するとかなり大きくなるから、引き取るのには審査が要るんだったよな? もしもの時に制御できるかとか、終生面倒を見続けられる環境や覚悟を用意できるかとか」
「まあ、この子達は大人になったら牛並みの大きさになるもんな……。その大きさになってから飼えなくなりましたなんて放り出すのは絶対許されないし、なんの制限もなくただ可愛いからってだけで考え無しに欲しがる輩に渡さない為にも、必要な措置なんだろう。だが、私達ならどの条件も余裕でクリアできる。将来的に飼う事を、真剣に検討してみないか?」
「うーん、それってかなり魅力的な提案……。後でここの職員に詳しい話をちょっと聞いてみるか」
まあ後々職員に話を聞くのは決定としても、今はクー・シーとの触れ合い体験は制限時間一杯まで楽しもう。言わずとも2人で目を合わせただけで、そんな考えは共有できた。将来クー・シーを迎える事を想定した詳細な話を聞くのは、確かにとても大切だ。大切だがそれはそれとして、目の前でしっぽをブンブン振りながら笑顔でこちらに甘えてくるフワフワの大きな子犬というのは、余りにも魅力的過ぎる。それこそ、許されるだけ沢山相手をしていたいと思う程度には。
「それにしても、この旅に出てからこっち、やりたい事や将来の計画が沢山できたな。俺はまさか、自分の中にこれ程沢山の欲求があるだなんて思いもしなかったよ」
「ああ、私も同じさ。昔の君は役目を果たしていつか死ぬ事だけを、私は世界平和を目指す事だけを考えて生きていた。立場上私的な欲求を持つなんてとてもじゃないが許されなくて、目の前の魔物を殺す事だけを考えて毎日を我武者羅に生きていたっけ。あの頃頭を支配していたのは、戦い方や果たすべき役目の事だけだったな」
「昔の自分達に今のこの穏やかな生活や希望に溢れた未来の話をしても、そんなの絶対自分達には関係のないものだと、到底信じなかったろうな」
ヨシュアの言葉に確かにそうだろう、と緩く頷く。こうしてヨシュアと遠い先の話をして未来の計画を立てる幸せを、最近ようやく素直に味わう事ができるようになってきていた。長年文字通り明日をも知れぬ身だったので、昔は将来設計なんて翌日の朝食の献立予想すらもしなかったのに。明日訪れる場所ではどんな楽しい事が待っているだろう。まだ見ぬ新しい出会いはあるのかな? それとも、想像すらできないような珍しいものが見られるかな? 未来に思いを馳せるだけでそういった期待感が胸一杯に溢れ、とても幸せな気持ちになれた。
勧められるがまま何の気なしに始めた旅行だが、あの時アドバイスを聞いておいて本当に良かったと心から思う。そうでなければこれだけ尽きる事なく次から次に浮かんでくるやりたい事を、自分でも一切知らないまま生きていた事だろう。明るい未来への展望を持てて、今こんなにも毎日が輝いているのだから、それがなかったかもしれないもしもの人生なんて想像だけでゾッとする。
こうしてヨシュアと旅行していると、やりたい事が頭の中にどんどん浮かんでくる。一度は面倒だからとただそれだけの理由で生きる事すら諦めた自分に、これ程まで欲求があるとは思わなかった。以前なら自分なんかが何か願いを持ってそれを叶えようとするなんて、とても罪深い事のように考えていたかもしれないが、今は決してそう思えない。むしろ、そういった欲求が生きる活力になってくれる為、歓迎すべきものなのだと遅まきながら理解し始めていた。
「なあ、ヨシュア。どうせならさ。これからは将来クー・シーを飼う事を想定して、その子を連れて行って遊ばせてやれるような場所とか、見せたい景色に食べさせたい食事を探しながら旅行しよう。将来本当にクー・シーを飼うにせよ飼わないにせよ、そうやって自分達以外の事を思いながらする旅行は、また違った視点を持ててきっと楽しいと思うんだ」
「ああ、それはいい考えだ! どうせならクー・シーの為だけでなく、私達を快く送り出してくれた皆んなに教えてあげたり、連れて行ってあげたりする事も考えてみようじゃないか。いつかしたい恩返しのモチベーションにもなるし、何よりいい土産話ができる」
「フフッ……それも楽しそうだな。その計画を思うと、今から先の事が楽しみで仕方がないよ」
自分の事でいっぱいいっぱいだった俺がいつの間にか、こうして他人の事を考え慮る余裕を持つ事ができるようになって、更には周囲と仲良く過ごすいつかの未来を夢みて幸せを覚える日が来ようとは。死と絶望に塗れていたかつてを思うとあの殺伐とした戦場から、本当に遠い所まで来れたのだと思う。今あるこの喜びや幸せは、きっとあのままでは決して手に入れられなかった。こうして大きな妖精の子犬をモフモフする機会だって、一生訪れなかったろう。
ふと、思うところあって隣で子犬に顔面をベロベロ舐められ笑うしかなくなっているヨシュアを見る。よくよく考えてみれば、今ある俺の幸せは全て彼のお陰だ。ヨシュアが俺を思いやってくれた事で、俺は自分を大切にする事を覚えた。俺も価値ある一人前の人間だと根気よく教えてくれた事で、自尊心を育めた。沢山愛情を与え心からの優しさを捧げてくれた事で、疲弊して無感情だった俺は感情を発露させる事ができた。ヨシュアが俺を助けてくれていなければ、俺は幸せを幸せと思うことすらできなかったろう。ヨシュアが根気よく築き上げたもの達の上に、今の俺は成り立っている。
自分は幼い頃からそれなりに苦労ばかりしてきた方だと思う。だがその苦労も、ヨシュアの助力で帳消しどころか幸せのお釣りまで来ているような状況だろう。彼との出会いは、きっと俺の人生にとってこれ以上なんてない一番の幸運だ。今のところ俺は彼に与えられてばかりで何も返せていない。優しいヨシュアの事だから『イーライが幸せそうにしているだけで十分なんだから、気にせず過ごしてくれ』と言うだろうが、それでも俺は少しでもいいから彼になにか返したい。
ヨシュアから受けた大恩は、これからの人生全部かけたって到底返し切れるとは思えない。だからこそ、諦める事なくコツコツ俺もヨシュアを幸せにしていきたいと思う。それこそ、これから先にある俺の一生をかけてでも。俺の人生はヨシュアに長らえさせてもらったようなものだ。どうせならヨシュアの為に使いたい。ヨシュアにも幸せを感じてもらいたいというのは俺にとって一番の願いでもあるのだし、俺の望みなら彼も嫌だとは言わないだろう。彼と一緒に幸せになりたいという事でもあるのだから、尚更だ。
ヨシュアがそうしてくれたように、必ず俺も彼を幸せにしよう。それは恩返しとしての側面も当然あるが、何より俺自身の願いとして、改めてそう決意する。この命や今ある時間はヨシュアがくれたようなもの。俺はそれらをヨシュアの為に1番使いたい。俺にとってヨシュアが幸せでいてくれる事が1番幸せなのだが、彼だって俺が幸せでいる事が自分にとって1番の幸せだと言っていたのだし、きっと反対はしないだろう。これから2人で、死ぬまでの長い時間を使って、必ず幸せになっていこう。そんな柔らかい決意を胸に、俺は確かな幸せを胸に隣のヨシュアへ優しく微笑みかけるのだった。
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見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
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